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3話 帰郷

 


「セシル!なんでこんな所にいるのさ?見つけるのに苦労したぞ!」


 ソラが近づいてくる。彼女は小柄だが、不思議な魅力があった。目が離せないし、逆らえないような雰囲気がある。


『ソラは異世界最強のドラゴンよ。長命で強大なチカラがある彼女は、人の形になっていてもその強さは隠せない。いつもはもっと早く迎えにきてくれるんだけど…』


「迎え?」


「そうだよ、セシル。お前は生まれてすぐに異世界へと続く穴に落ちたんだ。普通なら、ボクにはすぐに見つけることができるのに、こんなところにいるなんて!」


()()()()?この時代にいるってことと関係があるのか?」


「おっ、今度のセシルは頭がいいみたいだね!世界はね。過去から未来へと流れる川みたいなものなんだよ。んで。異世界は、隣り合った川の流れ。同じ年代であれば、簡単に行ける。すぐ横に飛ぶだけだから。でもお前が落ちたのは、異世界の、しかも未来!だから、探すのに時間がかかったんだよ」


『それで迎えが遅かったのね。異世界最強ドラゴンでもできないことがあったなんて…』


「時間がかかっただけだぞ!ボクにできないことは無い!」


 ソラは、タイジュの心の中の存在であるセシルに返事をした。


(オレの心を読んでる?)


「ふぅん。タイジュとセシルね。今度のセシルは、厄介なことになってるようだね!面白い!」


 ソラは心底楽しそうに笑う。


(ソラは実在したんだな…)


『だから言ったじゃない。タイジュが信じないのが悪いわ』


「ふむふむ。二重人格みたいになってるのは、この世界に適応するためだな…。なるほどね」

 ソラは、タイジュのことをそう分析する。

「まぁ、困ってないようだから、そのままでも問題ないね。じゃ、帰るとしようか。ここには長くは居られないから」


「帰る?どこへ?」


「エレメンテに決まっている。お前はこの世界の人間じゃない。やるべきことがあるだろ?」


「やるべきこと…。───まさか、世界を救う?」


「お前がやらないなら、確実にエレメンテは滅ぶぞ!いいのか?」


(異世界が滅ぶっていう話は、本当だったのか…)


『そうよ。エレメンテに帰って、救う方法を考えないと、あの世界は滅んでしまう。分かってるでしょ?』


(そうだな…。あの記憶が本当なら、自分が何とかするしかない。でも、父さんや母さん、タクミに何て言えば…)


『それは大丈夫よ。ソラは記憶操作できるから…』


(オレは最初から居なかったことにできるってことか…。───いつか家を出ようと思っていた。だから覚悟は出来ている。でも…)


「少し待ってほしい。家族に別れを言いたいんだ」


 タイジュの懇願にセシルは即答する。


「わかった。少し待ってやる」


 タイジュはソラに礼を言うと、家まで戻る。歩きながら、タイジュは思案する。


(オレの妄想が本当のことだったなんて…。───ここでの暮らしには満足してるし、ずっとそれが続くんだと思っていたのに…)


 突然の出来事に驚いているが、それ以上に何だか納得している自分がいた。ソラを見て懐かしいと思うし、帰るぞと言われると、そうすることが正しいことのように感じる。でもタイジュは、今すぐ異世界に帰るという覚悟ができないでいた。


 家に着くと、母親が出迎えてくれる。


「タイジュ、おかえり。お手伝いありがとね。お夜食、食べる?」


「いや、いいよ。もう遅いし。風呂に入って寝る。いつもありがとう」


 思わず礼を言ったタイジュに、母親は微笑む。


「ふふっ。いいのよ。いつもメンドーだって言いながらも手伝ってくれてるんだもの。でも、もう16歳になるんだから、他に本気になれるものを見つけたら、そっちを優先してね」


 いつもは何も言わない母親だが、タイジュのことをよく理解していた。


(母さんは、オレが手を抜いてることを分かってるのかもしれない。でもいつも見守ってくれている。───他に本気になれるもの、か。メンドクセーけど、やらないといけないんだろうな…)


 異世界を救うために異世界に帰る。タイジュは自分のするべきことをついに自覚したのだった。


 入浴を終えたタイジュは、自分の部屋を片付ける。父親も帰ってきたようだ。


『いいの?直接、別れを言わなくて』


(いいんだよ。いざとなったら、言葉が出てこなかった…。でも本当に感謝してるんだよ。オレの家族は良い人ばかりだ…)


『そうね。エレメンテの人々も、こんな家族を持てたとしたら、どんなにいいか…』


 エレメンテは平和な世界ではない。戦争や流行り病で、家族の誰かを亡くすことが普通である。日本のような幸せな生活をしている家族は少ないのだ。セシルは幸せな家族をうらやましく思っていて、この榊家はセシルにとって理想の家族だった。


(父さん、母さん。オレを育ててくれてありがとう。父さんと母さんの子供で良かった。タクミもありがとう。でもこれからはまず自分で考えるようにな。お前はオレなんかより、賢いんだから。───オレ、異世界に帰るよ。さよなら)


 タイジュは涙をぬぐうと、こっそり家を出て、道場の桜の樹のところへ向かった。



 ◇◆◇◆◇



「別れは終わったか?」


 桜の後ろから、ソラが現れる。


「あぁ。待ってくれてありがとう。エレメンテに帰る覚悟もできたよ」


「そうか…。じゃ、お前に関するこの世界の情報をすべて抹消するぞ」


 ソラはすぐに実行しようとするが、セシルがそれを止める。


『ソラ、ちょっと待って!まだ別れを言えてないの。なんとかしてあげてほしい。あなたならできるでしょ?』


 ソラは少し首を傾げると、すぐに口を開く。


「記憶を消す前に、お前の意識とつないでやるよ。お前の家族はお前を忘れてしまうけど、何かは残る。それでもいい?」


「あぁ。ありがとう…」


(父さん、母さん、タクミ。オレの家族でいてくれてありがとう。オレは忘れないから…)


 タクミはありったけの思いをこめる。この思いが家族に伝わるといいなと願いながら…。


(家族に会えなくなるのは寂しい。だけど、オレにはやるべきことがある…)


 ソラは、タイジュの別れがすんだことを察すると、「じゃ、すべて抹消するぞ。戸籍も、お前の部屋も、そして記憶もすべて」と言う。


「あぁ、よろしく頼む」


 タイジュの返事と同時にソラの姿が輝く。何かの術を行使しているようだ。 


『忘却の術よ。ソラが使う術は完璧。タイジュがこの世界に存在したという痕跡すら残らない』


 発光がおさまると、ソラがこちらを見て笑う。あっという間に終了したようだ。


「はい、完了っと。じゃ、戻るぞ!」 


 オレは最後に桜の樹を見上げる。そして覚悟を決めて返事をした。


「ああ。迎えに来てくれてありがとな。ソラ!」


 もう0時を過ぎて、次の日になっていた。オレはこうして、16歳の誕生日に異世界へと戻ることになったのだ。



 ◇◆◇◆◇



(ここは、どこだ?)


 タイジュが目を開けると、そこは草原だった。少し離れた場所に粗末な小屋がある。


「タイジュ。お前になら、ここがどこか分かるだろ?」


 タイジュは周りをキョロキョロと見回す。


(しっかし、ホントにここはエレメンテなのか?地球のどこかだったりして…)


 道場の横の桜を見ていた。目を閉じ、次に目を開けたら、この光景だ。あまりにあっさりし過ぎていて、異世界に来たという実感がないのだ。


 タイジュは疑いながらも、小屋を目指して歩く。今まで行ったどんな場所とも違う空気を感じているが、本当に異世界なのだろうか。


 すぐ横をソラが、鼻唄を歌いながら歩いている。


(ただの草原に見えるけど、何だか空気が違う?)


『タイジュ、それは精霊の気配ね』


(精霊?オレにはよくわからないな…)


『それはそうよ。タイジュは、ただのヒト種の子供。精霊の気配がわかるのは、獣人種の一部や妖精種、それに精霊種だけよ』


(悪かったな。何の能力もない、ただの子供で!)


 そんな自問自答をしていると、ソラの様子が明らかに変化したのがわかった。


「タイジュ。ちょっと待て!穴が開く気配がするぞ!」


「穴が開く?───まさか?オレが落ちた異世界へと繋がる穴?」


 ソラが凝視しているのは、何もない上空だ。しかし、そこから異形のモノが這い出てくるのが見えた。この世界では、たまに異世界へと繋がる穴があく。そして、そこから化け物が出てくることがあるのだ。


(オレが落ちたのは平和な日本。そこに繋がって良かったよな。あんな化け物がいる世界に落ちてたら、オレはすぐに死んでたな)


 化け物が出てくるのを見ていたソラは、「世界が不安定になってるのか?こんなところにまで現れるなんて…」とぽつりと言うと、次の瞬間、ニヤッと笑う。そして、現れた化け物に向かって、嬉しそうに走っていく。


「仕方ないなぁ。───ぶっとばす!」


 何もない空中から現れた化け物は、バカでかい人面鳥。体長20メートル以上はあるだろう。しかし、ソラは小柄な身体で化け物に素手で殴りかかった。


「おいおい、素手って!」


 驚くタイジュの目の前で、化け物が後ろにひっくり返る。


「マジか!」


 ソラは化け物を殴り倒すと、そのまま化け物に馬乗りになる。


(体格差がありすぎて、意味ないだろ…)


 そう思ったタイジュの心配など、すぐになくなる。ソラの身体が一瞬光ったと思ったら、見事なドラゴンになっていた。


『あの姿のソラを見るのは、久しぶりだわ。懐かしい…』


 セシルの感想に、タイジュは激しく同意する。


(オレはこの姿のソラを良く知っている…。この風景…。懐かしさで心が痛い…。やはり、ここがオレの故郷…)


 ドラゴンになったソラは、口から光を吐く。人面鳥の身体に穴があいた。


『あれは純粋なチカラの塊。ソラは基本、チカラ押しなのよ』


 人面鳥と匹敵するくらい大きな身体になったソラは、そのまま人面鳥の身体に穴をいくつも開けた。


 人面鳥が動かなくなると、ヒトの姿に戻る。そして、少し距離を取ったところで、人面鳥めがけて、炎の塊をぶつけた。


「この炎は身体を焼き尽くすまで消えないぞ。再生型だと厄介だし。───しかし、こんなところにまで現れるのは不思議だな。それに、ボクのチカラもあまり出なかったし…」 


 ソラは人面鳥が消滅したのを見届けると、ここからは一人で行けと言い出す。


「タイジュ。ついていこうと思ったけど、他に用事ができた。それに、疲れたからボクはしばらく休む。じゃあね!」


 ソラはそう言って、タイジュの目の前から消えた。


 ソラの急な行動に、タイジュは唖然となる。

(はぁ…、嵐みたいなヤツだな…)

『ソラはドラゴンよ。思考回路がヒトとは違うの。ヒトには理解できない行動も多いわ』


 一人になったタイジュは、小屋を目指して歩く。途中、牛に良く似た動物と小型の熊に似た動物に遭遇する。似ているが、明らかに地球にはいない生物だ。


(あれは!タブルーとカルミナベア!───やはりここはエレメンテだ。間違いない!)

 エレメンテの記憶で見た生物との遭遇で、タイジュは確信する。

(戻ってきたんだな…)


 どうやらここはエレメンテで間違いないようだと実感したところで、小屋に到着した。タイジュの記憶では、この粗末な小屋こそ重要な場所だ。タイジュは少し緊張しながら、小屋の扉を開けた。



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