最終話 建国
広がる草原、暖かい日差し。
ギルバートは歩きながら、思い切り背伸びをする。
「ここは気持ちのいい場所だな…」
「良いところだろ?ここは、浮遊島セシリア。この島は空に浮いてるから、安心して暮らせるぞ。妖精種、獣人種、ヒト種など、様々な理由で逃げてきた人が住んでいる。オレの『島』は避難所なんだよ」
王宮からバートンの屋敷に戻ると、ギルバートはタイジュに地下へと連れて行かれる。そこには重厚な石造りの扉があり、それを開けた先が、この景色だった。少しゆっくり休みたいと思っていたギルバートは、暖かい日差しに穏やかな気分になるが、同時に頭も痛くなる。
「はあ…。もうオメーのやることには、驚かないつもりだったが、扉の先には、全く違う場所があるって…。しかも、この島は浮いてる?理解デキネー」
「バートンの屋敷にある石造りの扉は空間と空間を繋げているんだよ。どんなに離れていても、同じ扉を設置することで空間をつなげる。だから、扉を開けたらこの島に出るってわけだ。マダムの館から脱出するときに使った扉も同じもの。その時逃げ出した人々は、いまこの島で療養してる。まあ、この島が浮いてる仕組みは秘密だけどな」
「タイジュ、すまん。半分も理解デキネー。が、こんなにいろいろなことが出来るなら、すぐにでも世界を救えるんじゃねぇーか?」
「これだけじゃダメだよ。欠点もたくさんあるしな。今のままじゃ、世界を救うなんて無理だ」
「でも王になって、世界を救うんだろ?」
タイジュは、真剣な顔で頷く。
「ひとりじゃ何も出来ないってやっと分かったから。たくさんの人に協力してもらおうと思って、この島に来た。この島の奴等に協力を頼むつもり。───あっ、ちょうど迎えが来た」
タイジュの視線の先には、女性がいた。身体を覆う布地が少ない服装の女性は笑いながら、手を振っている。
「よお、シャーリー。元気だったか?しかし、相変わらず凄い格好だな。日本だったら捕まってるぞ」
近付きながらタイジュが声をかけると、女性は楽しそうに答える。
「その姿は、はじめましてだね!タイジュ。16年もどこに行ってたの?」
「ちょっと異世界の穴に落ちて、そこで暮らしてた」
「マジで!すごいね。どんなところ?面白い?」
「それはまた今度教えるから。───こっちは、ギルバートだ。ミコトの彼氏候補だから手を出すなよ!」
ギルバートはシャーリーの姿を極力見ないようにしながら、よろしくと小さな声で挨拶する。
「ギル。シャーリーは妖精種、サキュバス族なんだよ。精を吸われないように気を付けろよ」
「ええっ!大丈夫だよ。ミコトのモノは取らないし!あっ、でも。ちょっと味見くらいはいいかなぁ」
誘うような視線でギルバートを見るシャーリーをなだめて、街へ案内させる。草原の先、森を抜けたところに大きな街があった。
「なんだこれ。タレースより大きな街じゃねぇーか!しかも、見たこともない建物が建ってる…」
「ここは、ドワーフ族の職人が手掛けてるから、凝った建物が多いんだ。あいつら、職人気質だからな」
街の中にいるのは、ヒト種、獣人種など多様だ。
「いろんな種族が一緒に暮らしてるなんて…。ウソだろ…」
驚いてばかりのギルバートを連れて、タイジュは街の中で一番大きな建物に入っていく。その建物に居たのは、綺麗な白猫が二人。
「ギルバート様!」
ミコトが駆け寄ってきて、牽制するようにシャーリーとギルバートの間に入る。
「やっぱりミコトちゃんのモノかぁ。ちょっと味見したかったのにぃ」
「シャーリーさんには、負けません!」
ギルバートを挟んで、ミコトとシャーリーが張り合っている。それを見たツクヨは豪快に笑う。
「善き善き!今日もセシリアは平和じゃ!それにしても遅かったのぅ。タイジュ。待ちくたびれたぞ!覚悟は出来たか?」
「ああ。ツクヨには100年前から言われてたな。その意味も覚悟も、良く考えたことは無かった。でも異世界で育ったから、この世界の普通は普通じゃないって分かったんだ。あんな世界があるなんて、この世界にいた時はわからなかった。でも、そういう世界はあった。この世界も、あの世界のようにしたい。だから、頼む。力を貸してくれ」
「フフッ。異世界で育ったのは、良い経験になったようじゃな。この島にも人が増えた。王国と名乗れるほどに。島の各地の長を呼んである。皆の前で話をするといい。タイジュの素直な気持ちを伝えるのじゃ」
「───ありがとう、ツクヨ…」
この島には、協力を頼むつもりで来た。それなのに、もう準備が整っている。アルファだった時から、ツクヨには王になれと言われていた。しかし、自分には呪いを無くすという使命があるからと言って、王になることを拒否していた。
(『王になって呪いを無くす』っていう選択肢もあったんだよな。王になるなんてメンドーだから避けてきたけど、何かを変えるためには王になるのが一番手っ取り早い…)
『気付くのが遅いわよ。いえ、違うわね。本当は分かってたでしょ?でも面倒だから考えないようにしてた。そうでしょ?』
(そうだな。セシルの言うとおりだよ)
◇◆◇◆◇
大広間には、様々な種族が集まっていた。ミコトと先に広間に来たギルバートはその多さに驚く。
「この方達は、全員、生活していた土地に住めなくなったため、避難してきた人の代表です。この島にはルールはありません。どこに住んでもいいし、どんな仕事をしてもいい。だから、種族別に住んでいる場所もあれば、この街のように様々な種族が一緒に暮らしている場所もあります。わたしはずっと部族の里で暮らしていたので、こういう街は初めてですが、こういう街があると知っていたので偏見はありません」
「ルールがないって、そんなことできるのか?」
「それを可能にしているのが、この子たちです。クロ出てきて」
ミコトが誰かに呼びかけると、空中に小さな黒猫が現れた。
「ミコト、呼んだにゃ?」
「しゃ、しゃべった!それに浮いてる…」
「ギルバート、はじめまして。ミコトのパートナーのクロだ。よろしくにゃ」
「この島に定住してる人々は、このクロのようなパートナーが必ずいます。この子は、この島でしか具現化出来ないので、普段は見えません。この子たちの役割は、わたしたちにいろいろなことを教えることです。わたしたちが争う原因は、誤解や無理解によることがほとんどです。種族によって価値観やマナーが違うから、争いになる。真実が見えないから、騙されてしまう。それを防いでくれるのが、この子たちなんです」
「ミコト、すまん。良くわからねー。だけど、このクロみたいなのが、この島に住んでる人それぞれに居て、助けてくれてる。だから、この島では争いになることはないってことか?」
ミコトはギルバートの目を見て、嬉しそうに笑う。
「はい。その通りです!さすがギルバート様!」
ミコトの真っ白な尻尾がギルバートの腕に絡み付く。
「ちなみに夜猫族では、腕に尻尾を絡ませるのは、愛情を示す行為にゃ!ギルバートは、ミコトに愛されてるにゃ!」
クロの言葉で、顔が赤くなるミコトとギルバート。
「あの…。こんな感じで、いろいろ教えてくれます…」
「おっ、おう。俺も勉強になったよ…」
ミコトとギルバートがお互いの顔を見てモジモジしていると、部屋全体にツクヨの声が響いた。
「今日は集まってくれてありがとう。夜猫族の長、ツクヨじゃ。今日、集まってもらったのは、皆に紹介したい人物がいるからじゃ。しかしその前に、この島の話をしようと思う。この島に人が住み始めたのは、我ら夜猫族が最初だった。ここに住むように言ったのは、我らの一族のアルファという黒猫じゃ。そのアルファの意思を継いだバートン、ドゥグルに助けられて、この島に住むようになった者も多いじゃろう。ドゥグルが亡くなってから、もう16年。ついに後継者が現れた。アルファやバートン、ドゥグルのように素晴らしい人物じゃ。まだ16歳だが、重大な決意をしたというから、聞いてやってほしい。タイジュ。こちらへ」
(タイジュが転生者だということは、秘密にしてるようだな。たしかに、転生してるって言われても意味がワカラネーし、信じられないよな…)
ギルバートが見ている前で、タイジュは、ツクヨにうながされて前に出る。
「えーっと。はじめまして、オレの名前はタイジュだ。この島は避難所として人を受け入れてきた。そしてどんどん人が増えたが、争いなく、上手く暮らせているのは素晴らしいことだと思う。でもこの島以外では、飢えで死ぬ子供や戦争で住む所を無くす人々がたくさんいる。オレは今まで、そういうのを見てみぬふりをしてきた。せめて、関係ある人たちだけでもと思い、この島に逃がしてきた。でも、それだけじゃ世界は変わらない。自分の国のために、獣人種を蔑むヒト種。騙されて戦争へ突き進んでしまった獣人種。オレは同じような者たちをたくさん見てきた。そして、見ているだけじゃ変わらないことに、やっと気付いたんだ。だから、オレは傍観者をやめることにした」
タイジュの言葉を、この場の人々は静かに聞いている。獣人種や妖精種は、ヒト種と違い寿命も長いし、勘も鋭い。タイジュが何者なのか、知っているのだろう。タイジュは言葉を続ける。
「オレは、良くもなく悪くもないように、目立たないように、『普通』を目指して生きていた。その生き方は楽だったよ。メンドーなことに巻き込まれる可能性が少ないから。でもそれはただ運が良かっただけで、何もしなくても巻き込まれることがあるって、やっと分かったんだ。この世界に生きるとは、そういうことだ。生きるとは誰かと関わること。誰とも関係しないように生きるなんて不可能だから」
タイジュは、そこで少し黙る。そして、決意した目で話を続ける。
「皆に言っておきたいことがある。この世界にある呪いのことは、ここにいる皆は良く知ってると思う。人を化け物にしてしまう呪いだが、じつは呪いはそれだけじゃないんだ。この世界には特に呪いの影響を受けた人が生まれることがある。オレがその一人だ。オレが受けた呪いは《怠惰》。だから、何かをやるのは常にメンドクセーって思ってた。でもそれじゃ世界は変わらない。誰かが変えないと変わらない世界なら、オレが変えてやる。そう決意した」
タイジュの呪われているという発言に人々は少し動揺するが、世界を変えるという言葉に、この場にいる人々の表情が変わる。
「だから、オレは王になって国をつくろうと思う。オレが目指す国は、みんなが幸せに暮らせる戦争のない国だ。オレはこの世界から戦争を無くしたい。それが普通になる世界をつくりたいんだ。関係のあるザガランティア王国にはもう協力を頼んできた。物流の中心であるザガランティアには様々な物や情報が集まる。そこでの活動を認めてもらったから、そこを基点に世界を変えるつもりだ。だから、協力してほしい」
タイジュが一気に言い切ると、ツクヨの笑い声が響いた。
「タイジュよ。『皆が幸せに暮らせる戦争のない国』はすでにある。このセシリアがそうじゃ。ただこの島には王が居ないだけ。今は我ら夜猫族が仮に管理をしておるが、王が欲しいといつも思っておった。そして、この島の王になるのは、アルファやバートン、ドゥグルの後継者が相応しい。だからタイジュ。今日からここセシリアがタイジュの国。皆よ、今日からここはセシリア王国じゃ!」
ツクヨの言葉に、この場にいる全員が一斉に拍手をする。
「タイジュが思っている以上に、このセシリアに住む者はお前たちに感謝しているのじゃよ。協力を拒む者などいない。タイジュが世界を変えたいと思うなら、皆は喜んで協力するぞ」
「ツクヨ…」
こうしてセシリア王国の王、タイジュが誕生した。
「オレは誓うよ。必ず世界を変える。そして、みんなが幸せに暮らせて、戦争もない世界が『普通』になる。そんな世界にするって、宣言するよ!」




