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29話 歴史

 


「私の夫で先王であるザファルは、先々王の三男。本人は王位などめぐってこないと言って、若い頃から王都にお忍びで出掛けていました。そこで出合ったのが、バートン商会です。ザファルは身分を隠して、見習いとしてバートン商会で働きはじめました。病弱なふりをして王国の式典にはほとんど顔を見せなかったため、ザファルのことを知っているのは王宮でも限られていました。ところが、ザファルが20歳になる前、父王と兄たちが流行り病で次々亡くなり、ザファルが王に。その頃すでに、私とザファルは結婚していましたが、ザファルは相変わらずバートン商会で働いていたのです」


「三男っていっても、俺と違って王子だろ?そんなことしてていいのかよ?」


 ギルバートはザファルに問う。


「父王も兄たちも優秀だったからね。それに、バートン商会での仕事が楽しかったのだよ。他国に行って、いろいろな人や物に出会い、全く価値が無いものが、一手間加えることでとてつもない価値になる。そんな仕事はなかなか無いよ。キャロルも賛成してくれていたしね。バートン商会での仕事が上手くいったら、そのうち独立して、キャロルを呼ぼうと思ってたくらいだよ。しかし、父と兄が亡くなった…」


「ザファルは思いがけず王になった。でもバートン商会での仕事が忘れられなかった…。だから、この子イスファールが王になるのに問題がないようにしてから死んだことにして、ただの商人になったらって、私が勧めたの」


「キャロル様が王をやめるように言ったのですか?」


 ギルバートは驚く。


「キャロルにはお見通しだったってことだよ。自分の望みはまさにそれだったから。兄たちには子がいなかったから、イスファールが次の王になるしかなかった。他の道を閉ざしてしまったのは、済まなく思っているよ」


「いいえ、父上。ただの商人になってからも影となって、この国を守ってくれたではないですか。王という立場では出来ないことをしてくれている。それに、私にいつも他国の話をしてくれた。おかげで外交問題で困ったことはありません。感謝していますよ」


(オヤジが商売だといって、王宮によく出掛けていたのは、キャロル様とイスファール様に会うためだったのかもな…)


「じゃ、タイジュが何もしなかったのは…」


「店主は()()につれていかれたと聞いたからだよ。王宮なら逆に安心だ。調査官である夜猫族は、ザファルの事情を知ってるし、キャロルやイスファールもいるからな」


 タイジュは、王であるイスファールや王の母親であるキャロルを呼び捨てにする。こんな不敬なことをして、大丈夫なのだろうかと思うギルバートだが、イスファールがタイジュに深々と頭を下げる。


「はじめまして、『アルファ』。あなたに会うのは初めてですね。彼らが言っていた通りだ。アルファはその時々で、姿形が違うと。───今はタイジュと言うのですね。アルファとは一体何者なんだろうかと、ずっと不思議でした。でもあなたにあって確信した。あなたは転生者なのでは?アルファは過去のあなた自身だ。そうなのですね?」


 イスファールの指摘に、タイジュは笑う。


「さすが賢王イスファール。その通り、オレは『アルファ』だったという記憶を持っている。それに他の記憶も。オレは何度も転生を繰り返しているが、今はただの16歳だよ」


(タイジュが『アルファ』で、転生を繰り返しているだと?ダメだ!俺の頭じゃ、ついていけねー…)


「貴方があの『アルファ』なのですね。この王国の恩人。王家に伝わる話は本当だった。アルファに本当に会えるなんて、とても光栄ですわ」


 キャロルは素直に喜んでいる。


「あっ、あの。アルファって何者なんです?それに獣人種である夜猫族が調査官ってのは…」


「そうですわね。ギルバートには分からない話でしたね。アルファはこの国にとって重要な人物なのです。では、王家に伝わるこの国の歴史をお話しします」


 キャロルは、一般の人は知ることもない歴史について語り出した。


「この国が建国したのは、約120年ほど前。その時、影で力を貸してくれたのが『アルファ』と呼ばれる黒猫でした。この大陸では、ヒト種と獣人種は別々に暮らしているのが普通で、時として戦うことすらあります。しかし、アルファとザガランティア王国の祖先はかたい友情で結ばれていました。アルファのおかげでこの国を建国できた王家は、それからもアルファの一族と共に歩んできたのです」


「アルファってのは夜猫族で、建国を助けた夜猫族がそのまま調査官になったってことかよ。しかもこの国には獣人種がずっと住んでたってことになるよな?獣人種とヒト種が一緒に暮らしてたなんて…。───全然知らなかった…」


 多くの獣人種は攻撃的だ。発情期がある種族もいて、ヒト種と同じ場所で暮らすのは無理だとされている。世界を旅して、様々な獣人種を知っているギルバートですら、それは無理だろうと思っていた。


「多くのヒト種と獣人種は、離れて暮らしているから、分かりあえないだけなのです。獣人種とヒト種でも友情で結ばれることがある。でも、アルファは言いました。誤解を受けないように、夜猫族はザガランティアの影として生きるように、と。ザガランティアは夜猫族のおかげで小国ですが、生き残ってきました。ザガランティアの王家と夜猫族は共存共栄してきたのです」


「アルファはどうして影として生きろって言ったんだ?獣人種とヒト種は離れて暮らしてるだけで、気が合えば友達にだってなれる。俺にも獣人種のダチがいるが、対等に付き合ってるぞ」


 ギルバートがタイジュに聞く。


「タレースみたいな国が近くにあるからだよ。この世界には、ヒト種を憎んでいる獣人種、獣人種を憎んでいるヒト種もまだ多い。獣人種と仲良くしてるなんて公表したら、ヒト種の国からも攻撃されることになる。それは避けたかった。それに、夜猫族は昔から表には出ない種族なんだ。だから、変装も上手い。あの調査官も獣人種には見えないだろ?」


「ああ。全然気付かなかった…」


 ギルバートは調査官を見る。だが、変装は完璧だ。耳と尻尾があるなんて全然わからない。


「ギルバート。この国の成り立ちは分かりましたか?これは、王家に伝わる話。一般の人は知らないので、人には言ってはいけませんよ。でもタイジュ様、私、ひとつ気になっていることがあるのですが、教えてくださいますか?」


 キャロルがタイジュに視線を向ける。顔は笑顔だが、目が笑っていない。


「長年姿を見せたことがなかった『アルファ』がここに顔を出したというのは、なぜです?なにか目的があるのでは?」


 長年国を守ってきただけあって、勘が鋭い女性のようだ。タイジュの行動の意味は何だと聞いてくる。


 キャロルの真剣な眼差しをしっかりと受け止めたタイジュは、ゆっくりと口を開いた。


「もうメンドクセーって言ってられないなと思って。───オレはさ。この世界から呪いを無くすこと。この世界が滅びないように守ること。それだけを願って転生してる。だから、タレースみたいな国が出来ようが、戦争になろうが、構わなかった。もちろん、オレが無力だから止められなかったってことだけど、今回の一件で分かったんだ。傍観者になってはいけないって」


「傍観者?それはどういう意味です?」


「オレはさ。少し前まで、こことは違う場所で暮らしてたんだ。そこは、平和な世界だった。飢えて死ぬ人はほとんどいないし、戦争もない。そんな世界で、オレは目立たないように普通に生きるようにしてた。目立つと変なことに巻き込まれるし、メンドーだからな。でもよく考えたら、この世界でも同じことをしてたんだ。オレはこの世界で常に傍観者だった。タレース王国が獣人種に酷いことをするのを知っていたのに、そのままにしていた。タレース王国やデヴァルみたいなヤツは、排除してもどんどん出てくるからキリがないと思って、放置してたんだ。でもそれじゃ、ずっと変わらないって気づいたんだよ」


「見て見ぬ振りはもう止めるということですか?」


「そうだ。何もしてなくても、巻き込まれることが分かったから。それに、誰かが何かしないと、この世界は変わらないってことに、やっと気づいたんだよ」


「では、タイジュ様がここに来た目的は…」


「うん。オレ、王になろうと思う。王になって、この世界を変えるから、協力してほしい。それを言いに来たんだ!」


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