25話 呪い
(ここは…、どこだ?ワシは何をして…)
デヴァルが振動で目を覚ますと、そこは馬車の中だった。
(なぜ馬車の中?それにどこに向かっておるのだ?)
「デヴァル様。お目覚めになりましたか?」
国からつれてきた馴染みの薬師の顔が目に入った。
「ワシはなぜ馬車の中に…」
デヴァルは身体を起こそうとして、自分の異変に気付く。
(なっ、なんだ?これは!)
デヴァルは、馬車の中につくられた寝台に身体を縛られた状態で寝かされていた。
すぐ側に控えている薬師の様子がおかしい。いつもは、デヴァルの顔色をうかがって、怯えたような表情をしている薬師が、うっすらと笑っている。
「デヴァル様はテントの中で、正気を失った状態で発見されたのです。その後、私が薬湯で眠らせて、ここに運びました。覚えていますか?」
「ワシは…。そうだ。テントの中で…」
うわぁぁぁぁぁ!!!
おぞましい記憶がよみがえったデヴァルは、叫び声をあげる。
「やはり、正気を失っているようですね。いま騎士団はタレース王国に戻っている途中なのです。正気を失った総大将では戦えないと、他の方々が判断されました」
「なっ、なんだと?誰がそんなことを許可した……の………だ!」
(こっ、声が…、出ない………)
「ああ、薬が効いてきたようですね。デヴァル様の悲鳴がうるさいと苦情が出ておりますので、いつもの薬を。デヴァル様、ご自分がやっていたことを、自分にされるのはどんな気分ですか?───声を出せないようにして、やってもいないことをでっち上げて失脚させる。今度はデヴァル様の番ですね…」
(なんだと!まさか!他の貴族たちが、ワシに…)
馬車がガタンッと大きく揺れて止まった。
「あっ、夜営地に着いたようです。王都まであと半分の距離まで来ましたよ。デヴァル様、王都に戻った時が楽しみです。今までお世話になりました。もっと良い雇い主が見つかったので、これで失礼します。最後の旅行を楽しんでくださいね」
薬師はデヴァルを見下すと、馬車から出ていった。
(まずい…。奴らは、王都に着いたら、ワシを差し出すつもりだ。───まさか!獣人種と繋がっていた証拠でも見つかったのか?まずい!まずいぞ!)
デヴァルは縛られた状態でも、激しく思考していた。何とかこの状況を抜け出す手立ては無いか、自分が助かる方法はないか、それだけを考えていた。
しかし、そんなものはないと理解する。
(もうワシはダメだ。このまま、こんな状態で人前で断罪されるのはイヤだ!そんなことなら、死んだ方がマシだ!もう死にたい!死なせてくれ!)
デヴァルは激しく絶望していた。
◇◆◇◆◇
タイジュたちは、王国へと帰っていった騎士団を追っていた。騎士団が撤退したのは、数時間前だ。全力で追えば必ず追い付くと、タイジュは確信していたが、少し焦っていた。
(かなり近付いたと思うんだが、もうすぐ日が落ちる。どうすれば…。───あっ、アレを使うか!)
「エル、騎士団はどこかで夜営するはずだ。正確な位置は分かるか?」
「はい。デヴァルの気配を探れば分かりますが…」
「じゃ、デヴァルのところに転移するんだ。先に行って、これを起動しろ。ただし、手出しは無用だ」
タイジュは精霊球を差し出す。
「起動したら、こっちの精霊球で位置が分かるから。頼んだぞ!」
エルは頷くと、霞のように消えた。しばらくすると、タイジュの手の中の精霊球が反応し始める。
「エルが向こうで起動したようだな。ギル、この精霊球の後を追うぞ!」
(間に合えばいいが…)
タイジュとギルバートは、必死で馬を走らせていた。
◇◆◇◆◇
騎士団の夜営地では、貴族たちが集まり、今後のことを話し合っていた。
「では、デヴァル殿は声が出せない状態になったのだな?」
「はい。デヴァル様は思い出したように悲鳴をあげることがありますが、正気が戻っていましたので、声を出せないようにしました。薬の効果は抜群です。二度と声は出せません」
薬師の男が答える。そして、もういいぞという手振りをした貴族に礼をして、薬師はいなくなった。
「これで計画どおりに事が運べそうですな」
「うむ。王には、デヴァルが裏切っていたことが発覚したので戦わずに帰ってきた、と訴えるつもりだ。しかし、本当に大丈夫なんだろうな?」
「ああ。デヴァルが作ったマダムの館を、何度か探ったことがあるのだよ。はっきりとした証拠はないが、獣人種が出入りしていた形跡がある」
「デヴァルは、獣人種の一部と繋がっていたということか。内通者がいれば、戦闘は有利になる。だから、この戦争を強引にはじめたのだな」
「あの卑怯者がやりそうな手口だ。でもこれで、デヴァルは失脚。こちらも無駄な戦争で金と人員を失わずにすんだ。誰だか知らないが、デヴァルをあの状態にした者をほめてやりたいくらいだ」
そう言って、貴族たちは心底面白そうに笑っていた。ここにいる貴族もデヴァルと同じようなことをして、その地位を築いた者たちだ。自分のことは棚にあげて、デヴァルだけを悪者にして喜んでいた。
その笑いが悲鳴に変わるとも知らずに。
◇◆◇◆◇
エルがデヴァルの気配を察知して転移すると、もうすでに異常が始まっていた。
(デヴァルはあの馬車の中のようですね。でもおかしいです。この場所から、何やら嫌な気配を感じます)
エルは不思議に思いながらも、精霊球を起動させる。
(手出しは禁止されていますから、ここでしばらく観察するとしましょう)
夜営地が見渡せる高い樹の上にふわりと降りたエルは、そこから嫌な気配の元を探っていた。気配の元は、どうやらデヴァルがいる馬車の中のようだ。エルは自分の記憶にあるデヴァルを精霊球に覚えさせると、精霊球はふわふわと飛んでいった。
(これで、馬車の中の様子がわかりますね。しかし、この気配は…)
◇◆◇◆◇
「もうすぐ夜営地だ。完全に日が落ちる前に追いついて良かった。ギル、馬をここに隠して、見つからないように徒歩で向かうぞ」
「おう。それはいいが、ちょっとこれを見てみろよ」
ギルバートは精霊球が送ってくる映像を見ろという手振りをした。
馬車の中に誰かが寝かされている。デヴァルだろうか。それにしては様子が変だ。デヴァルの周りに黒い煙のようなものがまとわりついている。
「これ、ちゃんと映ってるのか?なんだか見づらいぞ」
(あの黒いものはなんだ?それに、デヴァルの様子が…)
見ているうちにも、黒い煙はどんどんデヴァルを覆っていく。すると、デヴァルだったものが変化するのが、はっきりと見えた。
(ヤバイ!これはアレだ!)
タイジュは理解した。今までどうやって発生するのか分からなかったアレが生まれるところを見ているのだと。
「ギル、よく見ておけ。これが呪いだ」
タイジュの言葉に、ギルバートは目を見張る。そして、映像を凝視する。
馬車の中のデヴァルだったものは、どんどん大きくなり馬車を壊す。そして、馬車の倍ほどの大きさになったところで、覆っていた煙がなくなる。すると、そこには化け物がいた。
「なっ、なんだよ。これ…」
「ギル、これがこの世界にある呪いだ。人を化け物に変化させてしまう、恐ろしい呪いだよ。そして、その化け物は必ず人を襲う!───騎士団の奴らが危ない。急ぐぞ!」




