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21話 契機

 


「マスター、店主がザガランティアの王宮に連行されました」


 エルが報告にくる。バートン商会から、伝令鳥で連絡があったようだ。


 ここは、バートンの私室。

 コレットの話を聞いた後、バートン商会のことはこっちで何とかするからと、ギルバートたちを別室へと案内した。


 タレースから戻ってきて、休み無しだ。皆、疲れているはずだ。


「そうか…。で、シャーリーの方は大丈夫か?」


「はい。館から連れ出した人々は、あちらで身体的にも精神的にも療養させています」


「そうだな。精神的に支配されていた人々が元に戻るのは、時間が必要だ。あっちには外敵もいないし、ゆっくり回復できればいいな。ヒト種は上手く馴染めているか?タレースの人間は、獣人種に失礼なことをしていないか?」


「大丈夫です。彼らには獣人種に対する偏見がありません。どうやらマダムの館には特別なゲストが来る時があり、彼らはそれの相手もしていたようです」


「特別なゲスト?」


「はい。獣人種です。どこの部族かは分かりませんが、デヴァルにはいろいろな()()()がいるようですね」


(どうなってるんだ?タレースでは獣人種を蔑視する政策をとっているはずだが…)


『タイジュ、世の中には裏と表があるのよ。タレース王国も同じ。タレースの王は、国民を騙している。精霊の声が聞けないヒト種はすぐ騙される。事実を知っていれば、争いなんてなくなるのに…』


 セシルはかつてこの世界を守っていた精霊王の娘だ。精霊王はエイシェントエルフという種族で、この世界の精霊の声を聞くことができた。精霊達はいろいろなことを教えてくれる。だから、ヒト種がいくら嘘をついても精霊王は騙されなかった。

 その娘であるセシルも、かつては精霊の声が聞こえていたが…。


(タレースの王が国民を騙してる?)


『あなたも、本当はわかってるでしょ?』


 タイジュはため息をつく。


「エル。オレが転生を繰り返してどれくらいになる?」


「はい。年数は306年目、回数は58回目です」


「そうか…。戦争や飢饉で、子供の頃に死んだのも多いし、最初の頃は、エルはまだ人の形では無かったしな」


「はい。わたくしは自分の無力を嘆きました。そこで、ソラ様に頼んで人にしてもらったのです」


「ああ。そして、治癒の術も使えるようになったしな。エルには感謝してる。いつも助けてもらってばかりだ」


「わたくしはマスターを助けるためにいます。もう無茶は止めてください」


 ギルバートを庇って敵の剣に刺されたことを、エルは怒っていた。


「いつものように、わたくしや彼らを使ってください。そのために、わたくしたちは存在するのですから」


 タイジュは再び、ため息をつく。


「何度転生しても、この世界の人々はいつも同じだな。力がある者は私利私欲のためにしか力を使わないし、無力な者は嘆くしかない。これじゃ、『呪い』は無くならない」


「はい。『呪い』の秘密を探っていますが、全然解明できていません。これでは呪いを無くすことはできません。ただ分かっているのは、大きな戦争があると必ず『アレ』が現れる。それだけはハッキリしています」


「そうだな。アレの発生は防がないとな。被害が大きくなる。タレースは獣人種と戦う気だ。しかも、それはもうすぐ。何とかしないと…」


「はい。わたくしと彼らが動きますから、マスターはここに居てください。お願いです!」


 何年も探していたマスターを見つけたと思ったら、マスターは刺されて死にかけた。エルにはそれがショックだった。マスターには安全な場所にいてほしい。そう願っていた。


 そんなエルの気持ちは、タイジュも分かっていた。


「じゃ、さっそくエルにやってほしいことがある」


 タイジュはそう言うと、エルに指示をした。



 ◇◆◇◆◇



 タレース王国の王宮。玉座の間。

 タレース王は玉座に座り、ひとり思い出し笑いをしていた。年は40歳くらいだろうか。なかなか引き締まった身体をしている。タレースは武力を重視する国だ。幼少から鍛えられて育った国王は、かなりの使い手だった。


「何か面白いものでもありましたかな?」


 後ろに控えている老人が聞く。


「ジイ、お前の言ったとおりになったぞ。もうすぐ獣人種と騎士団の戦いになる。それを考えたら、笑いが込み上げてきたのだ」


「もうすぐ戦争になることは、面白いことですかな?」


「いやいや、あまりにも上手くいったので、それが面白くてな。これを見てみろ」


 国王はそう言うと、青い宝石を散りばめた豪華なネックレスを取り出した。


「デヴァルが持ってきたのだ。今度の戦争を任せてほしいと言ってきた。だから、ヤツの騎士団を中心に兵を集めることを許可してやったぞ」


「そうですか。それはまた計画どおりですな」


「ジイの計画は素晴らしい。我が国が他の国より強い顔ができるのは、兵力があるからだ。しかし、国で騎士団を抱えるのは、金がかかる。だから、我が国の王宮騎士はわずかだ」


「数は少ないですが、精鋭揃いですぞ」


「それは知っている。獣人種は敵であると教え込んで、小競り合いをするように仕向けたのは、ジイの指示だったな。たくさんの戦いを経験した騎士は強くなる。我が国の騎士の多くは、貴族の私設騎士団だ。北の国境付近に貴族たちの騎士団を交代で配属して鍛える。そして何かあるたびに競わせる。すると貴族の方から、こうやって宝石も貢ぐようになり、国は何もしなくても、強い兵と金を手にすることができる。まったく素晴らしい計画だ。それを考えたら、笑いが止まらなくなったのだ。くくくっ」


「国を存続させるためには、必要なことなのでございますよ。武力がなければ他国に攻められてしまいますし、財力がなければ必要なものは買えません。そのために、貴族や民に働いてもらっている。それだけです。国王は、ただ座っていればいい。国王のために、貴族や民がいるのですから」


 ジイの言葉に、タレース王はまた笑った。


 ───そこに突如、冷ややかな女の声がした。


「何がそんなにおかしいのです?貴方の国の民が戦争で死ぬことになるのですよ?」


「誰だ!」


 ここには、ジイしかいないはず。それに、女の姿が見えない。


「そんなことのために、獣人種を下等な人種だと教えているのですか?」


 国王の目の前に、見たこともない美女が現れた。黒い髪、白い肌、唇だけが濡れたように赤い。どこか恐怖すら感じさせる美女だ。


「どこから現れた?ヒトではないな?」


 ジイと呼ばれていた老人が騒ぐ。


「我が主が貴方と話がしたいと言っています」


 女はそう言うと、王の目の前に透明な玉を浮かせる。そこから、声が聞こえる。まだ少年のような声だ。


『はじめまして、タレース王。この国の考え方はよく分かったよ。計画どおりに進んで楽しいか?これから戦争になって、人がたくさん死ぬっていうのに…。

 オレはさ。国って、国民を守るためにあると思ってたよ。この国は、国を守るために国民がいるんだな。国さえ残れば、国民は何人死んでもいいわけだ。何人不幸になっても気にしないんだ。そんな国でいいのか?そんな王でいいのか?』


「まだまだ子供だな。国というのは、そういうものだ。理想だけでは、国は続かないのだよ」


 声だけが聞こえる不思議な玉にも関わらず、きちんと答える国王。自分に自信があるからだろう。動揺した気配はない。


『オレはさ。今まで、こういう問題には目をつぶってた。お前達みたいな奴は倒しても倒しても出てくるから。だから、せめて自分たちの居場所だけは守ろうと思って努力した。それでも、巻き込まれる。こっちが何もしなくても、そっちがちょっかい出してくるのは、避けようがない。もうさ。根本的に変えるしかないよな。そう思わないか?』


「手出しができないほど強大になればいいのだよ。我が国みたいにな」


『なるほどね。そういう考え方もあるか。でも、オレはお前のやり方は嫌いだ。誰かを不幸にして成り立つ国なんて、オレはイヤだ』


「では、どうするのだ?国王である余を殺すかね?そんなことをしても、明日には次の王が決まっている。この国はそういう国だ。誰が王になっても、このまま続いていく。それとも、おぬしが王になるか?王になって、この体制を変えるか?」


 タレース王は、馬鹿にしたように笑う。出来るわけがないだろう、と言わんばかりだ。


『王になる…。───考えたことも無かったな…。でも、そうか。それが一番手っ取り早いのかも…』


「くくくっ、お主が王になるだと?───そんなことはできないと知るがいい!」


 国王はそう言うと、剣を取り、目の前の玉を真っ二つにした。そして、そのまま女に斬りかかる。


「ここまで忍び込んだことは、誉めてやる。余に斬られることに感謝しろ!」


 そう叫んで斬りかかった王の剣は、あっさりと弾き飛ばされた。女は大きな死神のような鎌を持っている。


 王は何が起こったか理解できなかった。女に負けた?それは認めることができない出来事だ。王は女を下等な生き物だと思っている。王妃のことですら、王子を産む道具だと思っているのだ。タレース王にとって、自分以外のものは全て、無価値なものだった。


 女は柄の部分で王を激しく殴打すると、静かに宣告した。


「貴方は他人の痛みを感じることができない。そんな人が王だなんて、この国の民は不幸です。だから貴方にプレゼントを。獣人種が貴方の国民にされたことを体験していただきます」


 すると、突如、タレース王が呻き声をあげた。

 女に激しく殴打されて茫然としていた王の突然の変化に、ジイは困惑する。


「やめろ!やめろ!イヤだ!やめてくれ!」


 王の様子は尋常ではない。何事にも動じない王が、情けなく涙を流して懇願している。その様子に、ジイは戦慄すら感じていた。


「やめて!やめてください!お願いします!」


 涙や鼻水、汗。ありとあらゆる体液を撒き散らしながら、泣き叫ぶタレース王。

 女はそんな様子を冷ややかな目で見ている。


「脳に直接作用する幻術です。あの子の術を真似してみました」


 王が体験しているのは、タレースの少年兵が獣人種にしていたことだ。少年兵たちは、笑いながら、ひどく残虐なことをしていた。その場の空気に飲まれて、その行為はどんどん激化していく。


 脳に直接作用する幻術は、本物と同じ。タレース王は、残虐な行為を身をもって体験しているのだ。


「この国が同じことを続けるようなら、また来ます。王を変えても無駄ですよ。新しい王にも、これを体験していただきますから。それを忘れないでくださいね」


 女はそう言うと、霞のように消えた。


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