18話 救援
エルが大きな鎌を振るう。あっという間に、目の前の男の首が飛んだ。
「マジで人間じゃねぇーな…」
ギルバートは疲労困憊していた。敵は死ぬ気で挑んでくる。しかも、そこそこ強いのだ。もしかしたら、騎士の訓練を受けたことがある者なのかもしれない。
この世界はいつもどこかで戦争をしている。商人になってからも、なる前も、戦闘に巻き込まれたことは何度もある。死ぬ思いをしたこともある。そんな経験のあるギルバートでさえ、もう立っているのがやっとだ。
意外だったのは、タイジュだ。不思議な構えだが、ちゃんと敵の剣を受け止めている。しかし、タイジュはまだ少年だ。大人に比べると腕力は弱いし、体力もない。タイジュも限界だろう。
戦えるのは、もうエルだけだ。なのに、相手に思わぬ増援が来た。デヴァル家の私設騎士団だ。こちらに向かってくるのが見えた。
もうダメかもしれない。そう思ったギルバートは、つい気を抜いてしまった。そのため、背後の敵への対応が遅れ…。
「ギルバート!」
タイジュがギルバートをかばう。敵の剣が、タイジュの胸を貫いた。
「マスター!!!」
タイジュを刺した敵は、エルが即座に刈り殺す。
「タイジュ!なんで俺をかばった?バカか!オメーは!」
タイジュの胸からは、大量の血が流れている。
「ははっ…。オレ、平和な日本育ちだからさ。やっぱり目の前で誰かが死ぬのは耐えられないみたいだ…」
タイジュが相手をしていた敵は、すべて手や足を切られていた。タイジュは敵を殺すのではなく、無力化することを選んだのだ。
「ギルバート!マスターを治療します。しばらく敵は任せましたよ!」
「おい!治療?任せるって言われても、新手の騎士団が来てるし…」
(ここままだと、ヤベー。俺を助けてくれたタイジュだけでも助けたいが、どうすれば!)
エルがタイジュの傷口を押さえている。
「おい、お前たち…。そろそろ見てないで助けろよな。ミコトは無事だ。安全な場所に匿った。ミコトも言ってただろ?オレが『アルファ』だ!」
タイジュが苦しそうな声で、誰かに呼び掛ける。すると薄暗い木々の影から、何かが出てきた。
真っ黒な服を着た男たちだ。覆面をしている。顔は分からないが、腰のあたりで尻尾が揺れているのが見えた。
(獣人種!しかも、猫科!ってことは、ミコトと同族か?)
ギルバートは、何が起こったか理解できないでいた。
変な姿の男たちの出現に、敵も距離をとっている。
「貴方たち、遅いですよ!マスターを治療しますから、敵の足止めをしてください!」
「エルの指図は受けない。我らが従うのは『アルファ』だけだ」
黒装束の男がひとり、タイジュの側に寄る。
「アルファ。ご帰還お待ちしておりました。命令を…」
「ははっ…。だったら早く助けろよな。オレを試したな?」
「長から、アルファの邪魔をしないようにと言われております。命の危険がある場合だけ、助けるようにと」
「じゃ、今がその時だ。あの騎士団とは戦うな。ややこしくなる。相手を撹乱して、オレ達を逃がしてくれ。頼んだぞ!」
タイジュは気力でそこまで言うと、意識を失った。
「治癒にはどれくらい必要だ?」
男がエルに問う。
「10分ください。そうすれば、動けるようになります」
「わかった」
男はそう言うと、仲間に指示をする。辺りはもう薄暗い。あとわずかで日が落ちるだろう。そうすれば、暗闇に紛れて逃げられる。
男たちは素早く動くと、煙幕を発生させた。その隙に、敵を襲う。煙の中で、敵の男たちの苦しそうな声が聞こえる。
(もっ、もしかして?助かったのか?)
ギルバートは安堵した。
謎の黒装束の男たちのおかげで、タイジュたちは無事、そこから逃げ出したのだった。
◇◆◇◆◇
マダム・ヴァイオレッタの館を抜け出したタイジュたちは、そのままザガランティアのバートンの屋敷に戻った。
そしてタイジュは、休む間もなく、ギルバートと共に応接室に向かっていた。
「もう身体は大丈夫なのか?」
ギルバートは、タイジュの身体を気遣う。男の剣は、たしかにタイジュの心臓を貫いていた。なのに、タイジュは普通に歩き回っている。
「エルの治癒は完璧だよ。エルの術は再生だからな。心臓が無くなっても、再生させることができる」
「精霊種って、そんなことができるのか?スゲーな」
「すごいだろ?」
まるで自分のことのように自慢するタイジュ。その笑顔は少年そのものだが、中身は違うとギルバートは深く理解していた。
「それで、これからどうするんだ?バートン商会の俺が、館で騒ぎを起こしたのはデヴァルも分かっている。俺を逃がしたホーランドも俺を狙うだろう」
「まあ、落ち着けよ。それより、最初の目的は達成できた。アンナの正体がわかったんだよ」
「アンナの正体?デヴァルのスパイだろ?」
「いや、アンナにはもっと隠された秘密があるんだ」
ギルバートには、タイジュの言いたいことが理解できなかった。
「ギル、お前にも分かるように説明してくれる人が来てくれたから」
タイジュは、応接室の扉を開ける。
そこには二人の女性がいた。ひとりはミコトだが、もうひとりの顔を見たギルバートは驚く。その人物は、ギルバートの母親であるブロア夫人に良く似ていたのだ。




