17話 脱出
「よし!これで、設置完了だ。後は、アイツらが来るのを待つだけ…」
「マスター、説得できました」
気付くと、すぐ背後にエルが立っていた。
「!!!───びっくりするから、止めろよ。夜のエルは、いつにもまして気配がないから!心臓止まるかと思ったぞ!」
「大丈夫です。心臓が破壊されても、5分以内であれば、完全に修復できます」
「真顔で怖いこと言うなよ!そんな経験したくないからな!───で、準備完了か?」
「はい。5分後に、開始します」
「わかった。こちらも準備完了だ。あっちでは、シャーリーが待機している。あいつなら、回復系の術も使えるし、獣人種やヒト種の扱いも上手だし」
「そうですね。見た目は完全にヒト種のようですからね。適任でしょう。では、はじめますよ」
エルはそう言うと、建物の出入口付近にいる見張りの男二人を気絶させ、近くの茂みに隠す。これで他から見回りが来ても、少し時間が稼げるだろう。
しばらくすると、その扉が開いた。最初に出てきたのはギルバートだ。
「よお、ギル。無事だったみたいだな!」
「タイジュ!オメー、これが罠だって知ってたな!俺を騙しやがって!」
「すまん。言うと、作戦に支障が出そうだったから、言わなかった!」
「はあ…」
ギルバートはガックリとして、疲れた顔をした。
「マスター。ギルバートをからかうのは止めて、『門』の安定に集中してください」
タイジュはエルに怒られる。
「ところで、タイジュ。どうやって脱出する気だ?こんな大人数で移動してたら、すぐ見つかっちまう」
「大丈夫だよ。中にいたのは何人だ?」
「中には軟禁されていた人だけだ。ミコトを入れて、獣人種が5人。館で相手をさせられていたヒト種が23人。この建物で、世話係をしていたヒト種が6人。全部で34人だ!」
「わかった。それくらいなら、ギリいけるかな…。ギル、脱出方法はコレだ!」
建物の入り口があった壁とは真裏の壁を指し示す。大きな木があって、たしかに周りから見えづらいが、ここに何があるってんだと、ギルバートは訝しげに壁を見る。するとそこには、あるはずのない石の扉があった。
「なっ…、何だこれ…。タイジュ、オメーは一体?」
ギルバートがタイジュを信じてみようと思ったのは、タイジュに渡された不思議な道具がキッカケだ。強い刺激を与えるだけで煙を出す玉やこちらの映像を写し出す球、そして、ミコトに渡した腕輪。すべてが規格外だ。世界を旅したギルバートでさえ、見たことも聞いたこともない道具だった。タイジュはそれを、知り合ったばかりのギルバートに、ためらいもなく渡した。そんなタイジュに興味を持ったのだ。
(タイジュなら、何かやってくれるに違いない。そう思ったが…。一体この扉は?)
タイジュが石の扉に触れると、すぐに開いた。
「日が傾いて、辺りが薄暗くなってきた。今なら見つからない。さあ、みんな。この扉の中に!」
タイジュは大丈夫だと声をかけるが、皆は、怪しい扉に入るのを躊躇している。するとミコトが、扉の前に立つタイジュに話しかけた。
「あなたが『アルファ』ですね?長に聞いていたとおりです。ありがとうございます」
ミコトは丁寧に頭を下げるが、タイジュは、苦笑いしているだけだ。そんなタイジュを見たミコトは、皆に語りかける。
「みなさん、安心してください。この扉は大丈夫です。行きましょう!」
ミコトの声を聞いた人々が扉に入っていく。あれほど躊躇していたはずなのに。不思議そうな顔をしたタイジュに、ミコトは小声で答える。
「みんなの不安を少なくする暗示をかけました。アルファの腕輪のおかげです。こんなに大人数に言霊をかけたのは、初めてです」
「さすが後継者。ミコト、ありがとな。───じゃ、お前も扉の中に。向こうにはシャーリーってヤツがいるから、後はそいつの言うことを聞いてくれ。ギル、お前も早く…」
逃げ出した全員が扉の中に入り、ミコトとギルバートが最後に入ろうとした時だった。
「おい!そこで何をしている!」
見回りに見つかった。男たちが走ってくる。
ギルバートはミコトを扉の中に押し込むと、扉を閉める。
「おい!ギル、その扉は!」
「危ないから閉めただけだ!それが?」
「はぁ…。その扉は閉めたと同時に破棄されるんだよ」
ギルバートが慌てて確認すると、ただの壁になっていた。
「なんだ、これ!それじゃ、俺たちはどうやってここから出るんだ?」
「それはもう、強引に逃げるしかないだろうなぁ。ほら、あっちからも敵が来たぞ!」
タイジュが指し示す方向からは、ホーランドと男たちが向かってきていた。
敵はどんどん集まってくる。
「マスター、殺していいですか?」
エルがタイジュに確認する。
「仕方ない。死ぬ気で向かってくる相手を殺さないように気をつけて戦う。そんなことができるのは、余裕がある時だけだ。アイツらも失敗したらデヴァルに殺されると分かっている。覚悟を決めた相手に、手加減はできない。ギルも、そのつもりで挑めよ!」
タイジュはそう言うと、見張りの男たちが持っていた剣をギルバートに渡した。
ギルバートはタイジュの言葉に驚く。少年に言える言葉ではないからだ。
(こいつ…。ただもんじゃねぇーな。まるで、多くの経験を積んだ老兵のようだぜ)
タイジュの言うことは正しい。敵の目付きが異常だ。ギルバートは渡された剣を構えて、覚悟を決めた。




