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16話 説得

 

 別館にたどり着いたギルバートは、囚われているヒト種を説得していた。


「自分は隣国の商人です。あなたたちを助けに来ました。急いでここを出ましょう!」


 助けにきた、と説明しても、誰一人応じる様子がない。ギルバートは不審に思う。


(ここのヤツラはどうなってるんだ?無理矢理つれてこられたんじゃないのか?)


 この別館では、獣人種とヒト種は別々の部屋で生活していた。ミコトも、ヒト種の人たちのことは分からないと言っていた。


 この別館にいる獣人種たちは、皆、助けが来たと素直に喜んでいる。それに比べて、ヒト種たちはギルバートの言うことを聞こうとしない。


 ギルバートは焦っていた。早くしないと、あの男たちが追ってくる。幻術の効果はどれくらいだろうか。


 タイジュには、ここに囚われている人々を発見したら、すぐに外に連れ出すように言われている。外にはタイジュたちが来ているはずだ。どうやって、この人々を助け出すのかは知らないが、必ず助けると言ったタイジュを信じるしかない。


(くそ!本当なら、もっと簡単に役目を終えられるはずだったのに。ワナだったなんて…)


 白ネコには特殊な能力がある。囚われている人々の場所は白ネコが知っているはずだから、白ネコと協力して、作戦を実行しろ。そうタイジュは言っていた。

 火事に見せかけた煙に紛れて、囚われている人々のところへ行き、外に連れ出す。ただ、それだけだったはずなのに。


(ホーランドが俺をこの館に連れてきたのは罠で、しかもコイツらは逃げようとしない。どうなってんだ?全然計画どおりじゃねえ!)


 ギルバートは心底、焦っていた。



 ◇◆◇◆◇



「マスター、なにか問題が発生したようです」


 タイジュの護衛をしながら、ギルバートの様子を精霊球で確認していたエルが、異常を訴える。


「ここのヒト種が、建物から出ようとしないようです。ギルバートが説得していますが、上手くいっていません。このままでは、間に合いません」


「ヤバイな。早くしないと、あの男たちがこの別館に来てしまう。しかし、なんで逃げようとしないんだ?───いや、今はそれを考えてる時じゃないな。エル、ここはいいからギルバートのところへ行ってくれ。オレはここで、コレを完成させるから」


「マスターを一人には出来ません!」


 エルは即答する。


「オレは大丈夫だ。それより、急げ。これが失敗したら、それこそ大変だ!これは命令だ!」 


 命令と言われたら、エルは逆らえない。エルとタイジュは、そういう関係なのだ。


「十分に気を付けてくださいね」


 エルはそう言い残し、建物の中に忍び込んだ。



 ◇◆◇◆◇



 ギルバートは説得を続けていたが、状況は変化していなかった。囚われているヒト種は、全員で23人。そのヒト種には個室が与えられ、そこである程度自由に生活しているようだ。いまは全員、部屋から出てきてくれているが、外には出ようとしない。


「外へは行けません。ダメなんです」


 綺麗な金色の髪をした少女が、そう返事をする。


「逃げたくはないのか?外よりここが良いって言うのか?ここの暮らしの方が、本当にいいのか?」


「ごめんなさい。私たちは…。ダメなんです」


(どうなってやがる?逃げたいのに逃げられない、そういうことなのか?)


 困惑しているギルバートに、エルが背後から声をかけた。


「何をしているのです?遅いですよ」


「うわっ!驚かすなよ!気配もないなんて、オメー、マジで何者だ?」


「そんなことを言ってる場合では、ありません。あなたたち。もうここにいる必要はないのですよ?家に帰りたくないのですか?」


 突然、現れたエルに驚いているが、皆、黙って首を振っている。


「そうですか…。出たくないものは仕方ありません。ここを抜け出したい人だけ連れて帰りましょう」


「はあ?あんた、何言ってんだよ?コイツら置いて行くのか?無理矢理つれてこられたヤツらばかりだろ?」


「本人たちが拒否しているのを、()()()()つれていくのは、良いのですか?時間がありません。獣人種たちと共にここを出ましょう」


 ギルバートには理解できなかった。エルはヒトではない。だから、なのだろうか。


「おい、ちょっと待てよ!」


 エルに言い返そうとした時だった。ミコトが、痩せ衰えた婦人を一人つれてきた。


「わたしたち獣人種のお世話をしてくれてた人です。何か話したいことがあるようなのですが、この方は声が出せないのです」


 ミコトはエルを見る。


「はじめまして。あなたはクイーンですね?先ほどはわたしを助けてくれて、ありがとうございます。(おさ)から聞いてたとおりです。『アルファ』の側にはクイーンがいるのよって…。───お願いします。あなたがクイーンなら、この人の身体を治せますよね?話せるように、治してあげて!お願いします!」


「クイーン、ですか。懐かしいですね。───仕方ありません。あの子の(いと)し子である、ミコトの頼みです。治してあげます」


 エルはそう言うと、女性の喉に手を置く。探るように触っていると、女性の身体が一瞬、輝いた。


「あっ、声が…」


 女性は驚いた顔をするが、すぐに真顔で皆に訴える。


「あなたたち、早くここから出ましょう!怖いのは分かる。私もそうだったから。でもここを出ないともっと怖いことになる」


「大人しくしていれば、美味しいご飯も食べられるし、部屋も与えてくれる。外に出るのは無理」


 あの金髪の少女が答える。


「あなたたち、ここからいなくなった子がどうなるか知ってる?」


「みんな成績が悪いから、追い出されたのでしょ?ここにいれば、大丈夫。そのために、私たちは頑張ってきたの」


(そうか!ここは高級娼館。教養も必要だ。小さい頃から様々な教育を受けさせ、素養がない子を排除してきたのか。この子たちはそれを見て育った。つまり、逃げ出さないように教育されてるんだ。逆らったらどうなるかを見せて、精神的に支配されてる。だから、逃げようとしないんだな!)


 それでも女性は訴える。


「あなたたちもいつかはここを追い出される。最近だと、最年長のベスが居なくなったわ。みんなも知ってるでしょ?」


「ええ、今までのみんなもそうだったわ。ベスは他の場所で働いているんでしょ?」


「違う!ここから追い出された子は、ここよりもっとひどい地獄にいくのよ。見なさい!」


 女性は自分の肌を見せる。胸の谷間には焼き印がおされていた。デヴァルの家紋だ。


「ここを追い出された子たちは、どこかの屋敷に奴隷として売られるの。確実に今よりひどい暮らしが待ってる。私は昔、デヴァルの愛人だったの。知りすぎているという理由で、どこにも売られなかった。そのかわりに、喉を潰され、ここに…。───あなたたちには、こうなってほしくない!お願い!逃げましょう!」 


 女性の真摯な説得が効いた。皆、それが本当なら逃げなくては、という顔をしている。


「あなた。もしかして、バートン商会の人?」


 女性がギルバートに聞く。


「なぜ、それを!」


「やっぱり!ザガランティアの訛りがあるわ。みんな、大丈夫よ。私はバートン商会を知ってるの。この人は信用できる商人よ。さあ、ここを出ましょう!」


(この女性は一体…。いや、それより今は出ることが先だ。しかし、タイジュはここからどうやってみんなを脱出させる気だ?)


 ギルバートはタイジュを心配しながらも、皆を連れて、外に向かった。



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