15話 罠
「やあ、ギルバートくん。ここで何を?『くれぐれも変な行動はとらないでくれたまえ』とお願いしたはずなんだが」
ホーランドがニヤニヤ笑いながら、話しかけてくる。
「ちっ、罠だったのか…」
「キミが他国のスパイだという情報を得たのでね。まさか本当だったとは…。残念だよ。キミとはもっと取引をしたかったのだが」
「断る!オメーとは二度と取引はしない!この豚ヤローが!オメーは最低の取引相手だったよ!」
このホーランドは限界まで値切ったうえに、貢物まで要求してくる最低野郎だった。情報を得るためとはいえ、本当なら顔も見たくない相手だ。
「ほう。このホーランドに向かって、そんなことを言うとは…。───おい、お前ら!殺せ!」
武装した男たちは、見えているだけで10人はいる。いくらなんでも、ギルバートひとりで相手をできる人数ではない。
(ちくしょう。タイジュのヤロー。これを知ってやがったな!俺を見殺しにする気か?いや、待てよ。どうしてもの時に使えって言われたものが…)
ギルバートは手にはめた腕輪をはずし、ミコトに握らせる。
「ギルバート様?これは…」
ミコトが手の中の腕輪をギュッと握りしめると、不思議な声がした。
『幻術を使いなさい。これは貴女の能力を増幅してくれるもの。貴女とその男が無事に生きて出られるかは、貴女の幻術しだいですよ』
(わたしがやらないと、ギルバート様が死んでしまうかもしれない?でも…)
ミコトは一瞬、躊躇した。ミコトの幻術はまだ未熟で、一度にかけられる人数は少ないし、効果があるのはほんのわずかな時間だ。もし失敗したら、今より危なくなってしまう。
しかし、ギルバートがいくら強くても相手は10人もいる。
(わたしが…。わたしがギルバート様を助けなくては…。わたしを綺麗だと言ってくれたギルバート様を助けたい!)
ミコトは覚悟を決めて、集中した。ミコトの身体と腕輪が淡く光った。
眩しさに男たちは、一瞬、目を閉じる。そして、異変はすぐにおこった。
「この黒い霧は何だ?何が起こった?」
「おい!前が見えない!どうしたんだ?」
男たちが騒ぎ出す。一人の男は、無闇に剣を振り回し始めた。
「止めろ!相討ちになる!お前たち、落ち着け!」
リーダー格の男が命令するが、動揺は収まらない。
ギルバートは、いま目の前で起きていることが信じられなかった。男たちが、まるでギルバートとミコトの姿が見えなくなったかのように、騒ぎ出したからだ。
ミコトがギルバートにささやく。
「全員に幻術をかけました。わたしの術は、彼らの脳に直接作用するものです。いま彼らは黒い霧に包まれるという感覚に陥っています。今のうちに、別館へ急ぎましょう」
「ああ。俺の役目は囚われている人々の場所を特定することだ。地下通路はどこだ?」
「こっちです。急いで!」
ギルバートとミコトは、地下通路を急いで進んだ。
◇◆◇◆◇
「やっぱりワナだったか!ホーランドに情報提供したのは、たぶんデヴァルだろ?アイツにも独自の情報網があるからな。5年も探ってたら、相手からもマークされるっての!」
タイジュとエルは、ギルバートが起動した精霊球から送られてくる映像を見ていた。
「マスター。なぜギルバートに、ホーランドのことを教えなかったのです?ワナがあるかもしれないと、教えておけば…」
「アイツ、ああ見えてすぐ顔に出るからな。知らない方がいいと思ったんだよ。ギルに変な気配があると、ホーランドの奴はもっと人数を増やしたかもしれないだろ?」
「確かに、あの男はスパイには向いてませんね。感情がだだ漏れです」
「ああ。最初に会ったときも、オレが言った『店主の影だろ』って指摘をすぐに認めたし…。そこはもっとごまかせっての!」
タイジュとエルは、映像を確認しながら、マダム・ヴァイオレッタの館に向かっていた。精霊球の稼働時間は短い。ギルバートには、作戦開始すると同時に精霊球を起動するように指示した。そして、それを合図にこちらも動くと伝えてある。
タイジュは当初、館にコッソリと忍び込み、アンナを知っている人物を探す予定であった。しかし、この館の警備が意外と厳重であること。そして、この館に囚われている人々は、無理矢理つれてこられた子供が多いと知り、まず全員を助け出すことにしたのだ。その中にはアンナを知る人物もいるはずだ。
ところが、館に囚われている人々の居場所をなかなか特定できなかった。マダムの館の敷地には、似たような建物がたくさん建てられていて、倉庫のような建物はどれも警備が厳重だった。
やはり、マダム・ヴァイオレッタの館に正面から潜入することが必要だと考えていたところに、ギルバートも同じことをしようとしていることがわかり、ギルバートに協力を頼んだのだ。ちょうど『白ネコ』も入り込んでいるという情報を得たことも大きかった。
タイジュは、ギルバートと『白ネコ』の二人なら、成功する確率は上がると思っていた。
「マスター、こっちです」
「おい、エル。お前、早いよ!オレはお前みたいに夜目がきかないんだから!」
マダム・ヴァイオレッタの館の敷地にコッソリと忍び込んだタイジュとエルは、フワフワと浮く精霊球を追いかけていた。
精霊球は、映像を送ってくるだけの道具ではない。精霊球には、お互いの場所を特定できるという機能もあった。
「マスター、この建物から反応があります。ギルバートが起動した精霊球はこの建物の中のようです」
「よし!じゃ、脱出の準備をするぞ!」
タイジュは特殊な刺繍を施した布を広げると、何かの作業を開始した。
(ここからが重要だ。これが上手く発動しないと、オレ達も危ないからな…)
『タイジュ!それはまだ試作段階よ!ここで使うなんて!』
(ここで使わなくて、いつ使うんだよ。全員で生きて帰る、そのためにはコレが必要!文句言わずに術式安定に集中しろよ)
『はあ。仕方ないわね。いつも怠惰なあなたが頑張っているんですもの。私もやるわ。術式の方は任せて!』
タイジュは、心の中の存在であるセシルと共に必死で作業をしていた。
全員無事に、ここから抜け出すために。




