14話 作戦
「ギルは上手くやれると思うか?」
「マスター。できると思って、あの男に任せたのでしょう?いまさら心配ですか?」
タイジュとエルは、マダム・ヴァイオレッタの館から少し離れた場所でギルバートの合図を待っていた。
「あいつは度胸もあるし、剣も使える。上手く『白ネコ』に会えたら、なんとかなると思うんだが…」
「大丈夫ですよ。彼らも動いてる気配がします。タイミングさえ間違えなければ、問題は無いかと」
タイジュはエルの言い方が気になっていた。
(エルの『問題ない』は、怖いよな?セシル)
『ええ。エルは、生死は問わないの。全員死亡しても、作戦さえ成功すれば、それは問題なしなのよ』
(はあ、やっぱり。その考えから脱却してくれないかなぁ。オレ、平和な日本育ちだから。全員無事に戻るのが、問題無しってことなんだけどな…)
タイジュの計画は、マダム・ヴァイオレッタの館に囚われている人々を助け出すことだった。きっとその中に、アンナを知る人物がいる。そう確信していた。
すべてを知るマダムに証言させることができれば一番良いのだろうが、それは難しいこともわかっていた。
◇◆◇◆◇
ギルバートは迷っていた。この『白ネコ』を守りながら作戦を実行するのは、難しいだろうと感じたからだ。
この子は小さくて愛らしい。少しの刺激で死んでしまいそうだ。そんな子を、今からやることに巻き込んでいいのか、悩んでいた。
「あの、キミは…」
「わたしの名前はミコトです…。そう呼んでください」
「ミコト。キミは…」
「大丈夫です。ギルバート様。わたし、頑張れます…。そのために、ここに来たの…。わたし、幻術が使えます。この館の人、全員にかけることはできないけど…。ここでは、この幻術で身を守ってた」
「ってことは、キミはまだ…」
「はい…。誰にも触らせていません。そういうのは、好きな人と…」
ギルバートとミコトの顔が赤くなる。
(ぐあっ!ヤバイ、俺!正気に戻るんだ!この子はまだ子供!守るべき存在!)
ギルバートは腹をくくった。
「わかったよ。ミコト。俺に力を貸してくれ。この館に囚われている人々を助けるんだ」
「はい。ギルバート様は、『アルファ』の言葉を知っていました。あなたを信じます…」
小さな声だが、はっきりと言う。
「新月の散歩は好きですか?」と聞いて、「アルファ」という言葉を口に出せば、目当ての『白ネコ』に間違いないと、タイジュは言っていた。暗号のようなものだろうか。とにかく、ミコトはギルバートを信用してくれた。あとは作戦を成功させて、無事にこの館を出るだけだ。
「じゃ、ミコト。今からやることを言うから、よく聞いてくれ」
ギルバートはミコトに作戦を詳しく説明した。
「それじゃ、囚われている人は別館にいるってことか」
「はい。この館の地下には、秘密の通路があるのです。地下への入り口はひとつだけ。そこに見張りがいます。わたし達は、お客様の相手をする時だけ、その建物から出て、この館に来るんです」
「何人いる?」
「獣人種は、わたしを入れて5人です。ヒト種は、正確にはわかりません。別々の部屋でしたから。でも20人はいると思います。あとは、わたし達の世話をしてくれる人が…」
世話になったからだろうか。ミコトはその人も助けてほしいと言っている。
「わかってる。ここを抜け出したいと思っているヤツラは全部助ける予定だから、大丈夫だ。ミコトはここに入り込んだ後は、どうするつもりだったんだ?」
「はい。わたしは、この館に囚われている同朋がどこにいるのかを探るために、ここに来たのです。この館の構造を調べ、囚われている場所を特定したら、抜け出すつもりでした。わたしは幻術が使えますから。その後は、仲間たちと同朋を助けることになっていました」
「じゃあ、俺は邪魔しちまったかな?」
「大丈夫です。わたしの仲間は、いつもわたしを見守っています。この館の異変を感じたら、きっと助けに来てくれます」
「ミコトも頼もしい仲間がいるんだな?」
「はい。こんな姿のわたしでも、大切にしてくれる人がいます。だから、わたしも何か出来ることがしたいと思って、ここに来ることを決めました」
「こっちの計画に付き合わせてスマン」
「大丈夫です!これは『アルファ』の計画ですよね?わたしは『アルファ』を信じていますから」
(こんなに信用されている『アルファ』って何者なんだ?アルファに頼まれて来たと言えって指示だったから、そうしたが…。まあ、それはここを無事、脱出できたらすべてわかるよな)
ギルバートは覚悟を決める。
「じゃ、始めるぞ!」
ギルバートは透明な玉を取り出すと、それを廊下に放り投げた。
◇◆◇◆◇
「なに?何がおこったの?まさか火事?」
マダムは動揺していた。階下から煙が上がってきている。火事には気をつけていた。ここはデヴァルにとって重要な施設だ。それを台無しにしたら、デヴァルは激怒するだろう。あの男は失敗を許さない。そんなことになったら、マダムの命はない。
「早く!早く火を消すのよ!」
マダムは半狂乱だった。
◇◆◇◆◇
ギルバートとミコトは、煙が充満した廊下を進んでいた。先ほど投げた玉は、タイジュからもらったものだ。強い刺激を与えると、前が見えなくなるほどの白煙が出る玉だった。煙は時間が経つと消えるから、素早く動けと言われている。二人は急いで、目的の場所に向かった。
「ここか?この先に地下への入り口があるんだな?」
「はい。でもそこには見張りの男がいます」
「大丈夫だ。見張りの一人や二人。俺、こう見えて強いから」
そこの角を曲がれば目的の場所だ。急いで進んだギルバートは、そこにいるはずのない人物が立っていることに驚いた。
その先に待っていたのは、武装した男たちとホーランドだったのだ。




