13話 白猫
「はじめまして、貴方が宝石商人さん?ホーランド様の紹介ですわね」
妖艶な雰囲気の女性が入ってきた。年齢は30代後半だろうか。綺麗なドレスを着ているが、華美な宝石は身に付けていない。本当に宝石に興味があるのか?ギルバートは少し不安に思う。これが失敗したら、生死に関わると言われている。少し緊張しながら、マダムに言葉を返す。
「お招きありがとうございます。マダム・ヴァイオレッタ。ホーランド様とマダムの御好意に感謝しております。これは、感謝の証です」
ギルバートはさっそく青い宝石を散りばめたネックレスを出して、マダムに見せる。
「───まあ…。なんて美しいの!私は青いものが一番好きなの。それにこの細工…。素晴らしいわ!」
マダムの反応は上々だ。
「喜んでいただけて恐縮です。マダムは美しく聡明な女性だと聞いておりましたので、マダムに相応しいものを選びました」
マダム・ヴァイオレッタは、『マダムに相応しいもの』という言葉に反応した。ギルバートのことを興味深そうに見る。
彼女の館を訪れる男達は、彼女のことを丁寧に扱いながらも、心の中では下に見ている男ばかりだった。
ここを作ったデヴァルでさえ、そうだ。
『この館は重要な場所だ。そこを任せられるのはお前しかいない』
そう言われて、この館の主になったのは何年前のことだったろうか。
もともとヴァイオレッタはデヴァルの愛人だった。何人もいる愛人の中で、デヴァルはヴァイオレッタを選んで、この館の主にした。
ヴァイオレッタは自分が選ばれたことに満足して、その後ずっとデヴァルの言うことを聞いてきた。
しかし、デヴァルは傲慢な男だ。自分の言うことに従わない女などいないと思っている。だから、この館の主になったマダムには、こんな宝石を与えたことはなかった。デヴァルは、『館の主人にしてやったのだから、何が不満だ』とでも言うだろう。
マダムは自分の美しさが日に日に衰えていくことを恐怖に思っていた。デヴァルの新しい愛人にこの館を追い出されてしまうのではないかと、毎日不安だった。
(この素晴らしい宝石があれば、ここを追い出されても大丈夫だわ。それに、この男は私に相応しいものと言った。やはり私には、こんな豪華な宝石が似合うのよ!)
ギルバートの差し出した宝石は、ヴァイオレッタの虚栄心を満たすことに成功したようだ。
「貴方、ご希望はあるかしら?この宝石のお礼に叶えてあげますわ」
「自分は宝石を扱っております。そのため、普通ではないものに興味があるのです。こちらの館で一番、『普通ではないもの』に会えると嬉しいのですが…」
(この男が希望しているのは、アレのことね)
マダムにはギルバートの言っていることがすぐに理解できた。普通では満足できなくなったホーランドのような下衆な男のために、数年前から何人かを密かに館に置いていた。
(アレのことは秘密なのに。きっとホーランドね。あの男の悪趣味には困ったものだわ。でもこんな宝石をくれるんですもの。この商人の希望を叶えてやれば、宝石を貢ぐようになるかもしれないわね。ちょうどいいわ。アレはホーランドの好みではないし…)
マダムの強欲を上手く刺激できたギルバートは、計画どおり『白ネコ』と会うことができたのだった。
◇◆◇◆◇
マダム・ヴァイオレッタがつれてきた『白ネコ』は、フードを被ったまだ幼い少女だった。
ギルバートはあまりの幼さに、腹の中で激怒する。こんな子供をそういう対象にするヤツが許せなかった。
マダムは「ごゆっくり」と言うと、『白ネコ』を置いて出ていった。
少女は怯えている。そんな少女に向かって、ギルバートは声をかけた。
「はじめまして。自分の名前はギルバートです。『新月の散歩はお好きですか?』」
「!!!」
少女は、ギルバートの言葉に驚く。思わず動くと、羽織っていただけの上着が落ちた。フードがはずれ、真っ白な髪、真っ白な猫耳、真っ白な尻尾があらわになる。
(なんだこれ…。めちゃくちゃキレーじゃねぇーか…)
「綺麗だ…」
ギルバートは、心の声をつい口に出していた。それを聞いた少女の顔が、少し赤くなる。
「あっ、あの…。気持ち悪くないですか…」
少女が聞いてくる。怯えたような、小さな声だ。
「気持ち悪い?どういうこと…。───はっ、そうか。この国、タレースでは白は不吉な色でしたね。この国の人々に何か言われたのですか?」
「はっ、はい…。気持ち悪いから、このフードを被っていろと言われて…。自分の部族でも、この色はあまり…」
たしかに少女は驚くほど白い。猫科の獣人種の中では、こんな色をした個体はほとんど生まれないだろう。
「自分は商人です。いろいろな場所に行きますからね。白は珍しくないですよ。白兎族は全員、白いですし。それに、キミの姿は綺麗、だよ…」
少女の顔が本格的に赤くなる。
「あっ、あの…。ありがとうございます…」
それを見たギルバートの顔も赤くなる。
(なっ、なんだよ。これは…。この子を見てると胸がドキドキする…。俺、おかしくなっちまったのか…)
しばらく見つめあってしまった二人は、ハッと気付いて目をそらす。
「あっ、あの…。あなたは、もしかして…。『アルファ』なのですか?」
少女が重要な単語を口にした。
(タイジュから聞いてたとおりだ。やっぱりこの子が…)
「自分はアルファではありませんが、アルファに頼まれた者です。協力してここから出ましょう」
「あの、でも…。わたしにはやることが…」
「大丈夫ですよ。全員で出ましょう」
その言葉に驚いた少女は、ギルバートの顔を凝視する。ギルバートが少女の目を見て頷くと、少女は安心したように微笑んだ。
それを見たギルバートは、心の中で悶えていた。
(笑った!なんだ、この可愛い生き物!ヤベー、マジか!心臓がおかしくなる!)




