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12話 潜入

 

「ギルバートくん、ここは本来ならキミのような身分の者が入れる場所じゃないんだ。くれぐれも変な行動はとらないでくれたまえ」


「ええ、十分理解しております。ホーランド様。しかし、これが噂のマダム・ヴァイオレッタの館ですか。素晴らしいですね」




 次の日の午後、ギルバートは恰幅の良い人物と共に豪華な館を訪れていた。


 ここはマダム・ヴァイオレッタの館。表向きは紳士淑女の交流の場。マダムのお茶会に招かれることは、タレースの貴族にとって名誉なことであった。あくまでも表向きは。


 この館の真の姿は、貴族の欲望を充たす場所である。この館では、どんな要望にも答えくれる相手を紹介していた。ここにいるのは、知識も教養もある見目が麗しい者たちばかり。ここは、いわゆる高級娼館と呼ばれるところだった。


 この館では、様々な場所から集められた男女が幼い頃から教育されていた。その中でも特に優秀な者はスパイとしての訓練を受け、いろいろな場所へ送り込まれていた。ギルバートは5年かけて、そのことを調べあげた。そして、ようやく今日、実際に入ることを許されたのだ。




「それではギルバートくん。この部屋で少し待っていてくれ。マダムがキミ好みの子を紹介してくれるから。ワシは別の部屋に用があるので、ここで失礼するよ。キミも楽しみたまえよ」


 館に入るとすぐに豪華な部屋に案内された。そんなに広くないが、奥に扉がある。きっと寝室につながっているのだろう。ホーランドはニヤリと笑うと、部屋を出ていった。


(この好色オヤジが…)


 ギルバートはホーランドを嫌っていた。しかし、この館に入り込むために我慢してついてきたのだ。


 このホーランドはタレース王国の中級貴族。バートン商会のカネを集めている上級貴族、デヴァル家に関係している者である。


 ギルバートは、このデヴァルがアンナを送り込んできた黒幕だと推測していた。バートン商会の使用人を騙して、安く宝石を買い、それを転売する。そうして手に入れた金で私設騎士団の軍備を整え、国王に取り入るつもりなのだ。


 タレースの国王は先々代頃から、獣人種を蔑視するようになり、北の国境付近で非道なことをしていた。


 この国の貴族たちは、王に気に入られようと、こぞって獣人種たちを攻撃していた。デヴァルもそういう貴族のひとつだ。


 このマダム・ヴァイオレッタの館もデヴァルが設立したのではないかと言われている。スパイを送り込んで情報を収集し、ライバルを蹴落として今の地位を築いたのだろうと、ギルバートは確信していた。


 デヴァルは用心深い男だ。証拠を残しているわけはなかったが、5年の調査で、かなりの信憑性を感じていた。


(さてと、館には入り込んだが、この後が重要だ。失敗はできねぇーぞ)


 ギルバートは、昨日タイジュに聞かされた作戦を思い返していた。




 ◇◆◇◆◇




「いいか。うまく館に入り込めたら、マダムにこう訴えるんだ。『自分は少し変わっている。普通じゃ満足できないから、特別な相手を紹介してほしい』って」


「なんだそれ?それじゃ、まるで俺がド変態みたいじゃねぇーか!なんでそんなことを?」


「あの館にいるのはヒトだけじゃないからだ」 


「はあ?それって、どういう…。───まさか、獣人種が?」


「ああ、そうだ」


 真顔で答えるタイジュに、ギルバートは信じられないと返す。


「ベイル家の情報網は、お前も知ってるだろう?それを総動員して調べたんだ。間違いない。お前がいた酒場の場所も、お前が店主の犬だってことも、当たってただろ?」


「犬じゃねぇ!俺は店主のオヤジに借りがあるんだよ。それに、じいちゃんが店主をしていたバートン商会を守りたいって思ったから、オヤジに協力してるだけだ!」


「それにしても、その口調が素なのか?貴族の息子だとは思えないな…」


「俺は三男。16歳くらいから、いろんな国を放浪してたんだよ。こんな口調になったのは、そのせいだ」


 ギルバートは祖父であるサムの話を聞くのが好きだった。他国から荷を運んで、加工して売る。ただ同然の価値のない物が、びっくりするくらいの価値ある物になる。そんな商売をしている祖父を、ギルバートは尊敬していた。

 その祖父がポツリと話したことがある。ベイル家の名前を出したわけではないが、バートン商会がここまで続いてきたのは、正確な情報を把握していたからだ、と言っていた。

 誤った情報で結論を出すと、答えは間違ったものになる。どれだけ正確な情報を集められるかが重要なんだ、と。


 そんな祖父の影響もあり、世界の真実を知りたいと思ったギルバートは、16歳の時に家を出て、いろいろな国を放浪した。そんな生活を2年くらい続けた後に、バートン商会の店主に会い、バートン商会の見習いとなったのだ。




「白ネコが一匹紛れ込んでるはずなんだよ。ギル、お前にはソイツを指名してほしいんだ」


「白ネコ?そんな珍しい獣人種を俺みたいな商人に紹介してくれるわけねぇーよ」


「そこは頭を使えよ。商人にしか出来ないことがあるだろ?ちなみに、マダム・ヴァイオレッタの好物は、青く輝く宝石らしいぞ」


「ギルバート。貴方にこれを差し上げます」


 エルは青い宝石をたっぷりと使った豪華なネックレスを、ギルバートに渡す。


「これで、マダム・ヴァイオレッタの心をつかめってことか?わかったよ。商人なめんなよ!やってやろうじゃねぇか!」



 ◇◆◇◆◇



 ギルバートはマダム・ヴァイオレッタが来るのをじっと待っていた。


「いいか。白ネコに会えるかどうかが、お前の生死を分ける。絶対成功させるんだ!」と、タイジュは言っていた。


(この館に潜り込むのはヤバイとは思ってたが、死ぬかもしれないだと?───ちくしょう!やってやる。絶対生きて帰るぞ!)



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