プロローグ
少年は切り立った崖の上にいた。崖から見えるのは、見渡すばかりの草原だ。その草原では、今にも戦争が始まりそうだった。
南からは、剣と防具で武装したヒト種の騎士団が。
北からは、様々な武器で武装した獣人種たちが。
それぞれ、じわりじわりと距離を詰めていた。
「よぉ。オメーは本当に、この戦いをやめさせる気なのかよ?」
崖の上からそれを見ている少年に、男が声をかける。商人のような格好をしているが、その口調の荒さと態度の大きさは、商人には見えない。男は腰に大剣を下げていて、時折、周囲を警戒していた。その仕草は商人というより、護衛のようだ。
男の方を振り返りながら、少年は答える。
「やめさせるよ」
何でもないことのように言う。
「これは戦争だぞ!止められるわけねぇーよ」
男はあきれ声を出す。この地のヒト種と獣人種は激しく憎みあっている。このまま何もなかったかのように帰ることは、お互いできないだろう。
「それでもやめさせる。オレ、王になるって決めたから」
「はあ?意味ワカラネー」
少年の見た目は、どこにでもいる普通の16歳だ。そんな少年に何かできるとは、男は思ってもいなかった。しかも、この少年は王になると言う。
たしかに、初めてこの少年に会ったときから、普通とは違う何かを感じていた。それでも、戦争をやめさせることなどできないと思っていたが…。
───数時間後、ヒト種の騎士団は南へと帰り、獣人種の連合部隊は北へと帰っていった。
「おい、どんな魔法を使ったんだ?」
信じられないが、この少年が何かしたのに違いない。少年は、満足そうに笑っている。
「本当に王になる気なんだな?」
「そうだよ」
笑顔で即答する少年に、男も笑った。馬鹿にしたからではない。この少年なら、本当に王になるかもしれないと思ったからだ。
「どんな王になるんだ?」
男はふと気になって聞いてみる。
「オレが目指す王は、『普通の王様』だよ」
「普通の王様?どういうことだ?」
少年は、「普通ってのは、良くもなく、悪くもないって意味だよ」と答える。
「だから、それがワカラネーって言ってんだよ。ちゃんと言えよ」
そして、少年は語る。
「オレは、戦争のない世界をつくる王になる!」
男は絶句する。
「はあ?それのどこが『普通』なんだよ!そんなことできるわけねぇだろ?」
「そうか?オレにとっては、これが『普通』なんだよ。良くもなく、悪くもないのが『普通』だ。最高を目指せばキリがないし、最低を少し良くしただけなら意味がない。結局、普通が一番!」
「───意味ワカラネー…」
この世界の人々は種族別に別れて暮らしていて、多くの国があった。国が違えば価値観も違う。だから、この世界ではいつもどこかで戦争をしている。
今回のヒト種と獣人種の戦いは避けられるものではなかった。この地では、何年も前から、ヒト種が獣人種の女子供をさらっては、残忍なことをしていた。獣人種の男は体格も良いし、力もある。ヒト種は比較的弱い個体である女や子供を狙っていたのだ。
「あいつらは最低だよ。同じヒト種だとは思えねぇー」
「奴らの国では、獣人種は下等な生き物。殺してもいいって教えていたらしいからな。小さな頃からそれが普通だと教えられたヤツは、それがどんなに残忍なことでも実行するようになる…」
非道なことをしていた騎士団には少年兵もいたが、彼らも同じことをしていた。それどころか大人より残虐な行為を平気でしていた。それを見たことがある男は、言われたことの意味がイヤというほど理解できた。
「そんな『普通』はイヤだろ?オレは、オレが思う『普通』の世界をつくりたい。オレは普通に生きたいだけなんだよ」
「オメーの『普通』は、まるで理想郷だ。そんな国、あるわけねぇーよ」
「だから、つくるんだ。これが『普通』になる国をつくって、世界を救うんだよ!お前にも手伝ってもらうからな」
男より年下のはずの少年の口調は、かなり尊大だ。しかし、男は気にもしていない。それどころか、男はこの少年に一生ついていこうと決意している。
「仕方ねぇーな。命を救ってもらった恩もあるし、最後まで手伝ってやるよ。タイジュ!」
男は嬉しそうに、少年の名を呼んだ。