天才同人作家宝城アカリ~①~
本日の講義もすべて終了した放課後。
俺は、誰もいないはずの空き教室の見張りをしていた。
正確にはたったひとりの少女によってこの教室は占領されている。
俺に与えられた命令は、この教室をどんなことがあっても死守すること。
アリ一匹の侵入すら許すな、という仰せつけだ。
遂行時間はもちろん無制限。
彼女が満足するまでこの教室を死守しなければならない。
そのため、俺は適度なタイミングで部屋にいる彼女へと呼びかけをする。
「なぁ、まだか?」
「ぐへへ、いいわよ……そうね、この子にはこの衣装が似合うはず。このシーンはもっと描写を濃厚にして、うへへ」
質問に対する返答がまともなものではないことはたしかだが、これ即ち『まだ』ということだ。
「はぁ……」
これは、しばらく暇になりそうだな。
そう判断した俺は見張りがてら、持ち歩いているラジオクリエイトの企画書を開き時間潰しに企画内容の見直しをするのであった。
◆
「ゆう、もう入ってきていいわよ」
企画書を見直すこと約30分。
ようやく教室の扉が開き、ひとりの女の子が顔を出してきた。
長く赤い髪に、気の強そうな印象を与えるつり目な琥珀色の瞳。
美人という表現がしっくりくる鼻筋が通った整った顔立ちに、均整の取れたプロポーション。
やや派手めなファッションに耳にはピアスまでついている。
どう勘違いしてもオタク系、誰もいない部屋で『ぐへへ』などと危険な笑い方をしているような人物には見えない容姿をしている彼女の名は宝城アカリ。
ラジオクリエイトメンバーに所属するイラストレーターだ。
「もう構図は纏まったのか?」
「えぇ、それはもうバッチリよ。完成したらあんたにも見せてあげるわ」
服装も派手で大人っぽく、俺にため口で話しているが、アカリは希望の丘学園大学美術科所属の一年生、つまりは俺の後輩だ。
「にしても、暴走しないと同人誌が描けない癖。いい加減どうにかした方がいいんじゃないか?」
アカリは18禁の同人誌を手掛ける同人作家としても活動しており、どういうわけか同人誌を描く際に妄想ワールドに浸り、暴走してしまうという悪い癖がある。
「し、仕方ないでしょ。あたしだって必死に抑えようとしているんだけど……どうしても可愛いキャラとか描いているうちに熱が入って、欲望が抑えられなくなるっていうか。つーかあたしの秘密を知ったんだからそれ相応の責任は取るって約束しているんだから、今更そんなことに突っ込むんじゃないわよ!」
そう、アカリが同人作家として活動していること、同人誌を描くときに暴走してしまうということはすべて他言無用。
決して他人に知られてはいけないことなのだが、ひょんなことから俺はそんなアカリの秘密を知ってしまい、その責任としてこうして協力を強いられている。
アカリ曰く、学校でも誰にもバレずに同人誌の構図を描ける空間が欲しいらしく、作品のネタを思いつき、家に帰るまでにどうしても学校でラフだけでも仕上げたいというときはいつも呼び出され、こうして誰もいない空き教室の見張りをさせられる。
家に帰ってからじゃダメなのか、と尋ねてみるも『ネタは新鮮なうちに書き留めておくことが重要なの』と一蹴されてしまった。
「ところであんた、明日って時間ある?」
それまで不満そうな表情をしていたアカリだったが、突然照れたように頬を赤らめそんなことを聞いてきた。
「明日か? 特に用事とかはなかったはずだけど」
「なら明日はそのまま予定を空けておきなさい!」
「別に構わないけど……なんで?」
「察しが悪いわね、馬鹿! 明日10時に中央区の駅前に集合! いいわね!?」
強引に、吐き捨てるように告げるとアカリは怒ったように身を反転させてとっとと教室から出て行ってしまう。
異論は認めないといったご様子だった。
ポツン、と教室に取り残されてしまう俺。
「えっと……誘われたんだよな、これって?」
誰もいやしない部屋で呟き、確認する。
しばし状況を整理するも、結論は変わらず。
「誘われたってことでいいんだよな?」
とにかく、すっぽかしたりしたら殺されかねないので、俺はアカリの強引なお誘いを承諾するのだった。
◆
翌日。
俺はアカリの指定した時間より30分早く駅前へと到着していた。
もちろん偶然ではない。
アカリのことだから遅刻すると文句をいわれかねないので、念には念を押して30分の余裕を持たせておいた。
だというのに……。
「遅い!?」
俺よりも先に駅へと到着していたアカリに文句をいわれていた。
さすがにこの事態は俺も予想外だった。
「遅いって、まだ集合時間の30分前だろ!?」
「うるさい! このあたしを30分も待たせるなんてどういう神経しているのよ!?」
「さ、30分って……おまえもしかして予定の1時間前から待っていたのか?」
瞬時に逆算して、結論を導く。
いや、でもなんでアカリは1時間も前に?
「う、うるさい! これは、その、あれよ……」
俺が指摘すると、頬を赤くして誤魔化すように目線を逸らすアカリ。
さては!?
「もしかしておまえ」
「っう!?」
「昨日集合時間を間違って俺に伝えたのか?」
「えっ?」
それならこの状況にも合点がいく。
話そうと考えていたことと実際に口にした言葉が違うなんてことはよくあることだし、きちんと伝えたと勘違いしたままならお互いの話が食い違うのも納得できる。
「はぁ~……あんたが天性の鈍感で助かったわ」
なぜかアカリはがっくりと肩を落として嘆息していた。
「どうしたんだ?」
「なんでもない。あんたなんかに緊張して損したって意味よ……それよりも今日はあたしに付き合ってもらうわよ。ついてきて!」
ふんっ、とどこか機嫌が悪そうに踵を返すとアカリは、俺を置いてひとり歩きだしてしまう。
一体なんだっていうんだよ?
そんな疑問を胸中で渦まかせながら俺はアカリの背中を追いかけるのだった。
◆
未来都市セントラルは人為的に造られた巨大な発展都市なため、その構造はとてもシンプルでわかりやすい。
島の形状を仮にドーナツに置き換えると考えやすい。
ドーナツの輪っかに近づけば近づくほど魔科を利用し発展した産業や企業の集合地域、つまり産業地帯となっており、そこから円の外側に向かうにつれて徐々に人が住居を構える居住地へと変わっていく。
また、産業地帯と呼ばれる区域は、企業の本社ビルが立ち並ぶだけの殺風景な地域だ、なんてことなく若者に喜ばれる各種レジャー施設を数多く取り揃えている。
欲しい物なら大抵手に入る超大型ショッピングセンターをはじめ、ちょっとしたマニアが喜ぶ中古店や雑貨ビル、さらには遊園地や水族館などのアミューズメント施設までもが投入されている。
そんな人の余暇時間をすべて解消させてしまう産業地帯(通称:中央区)へとやってきたわけだが……。
「な、なぁ……おまえの目的地って、まさかここ、じゃないよな?」
俺は素直に驚愕した顔色を浮かべ、隣に並ぶアカリへと尋ねる。
目線の先にあるのは辺り一帯に立地した企業ビルより一回り小さい雑貨品を取り扱う専門店が収納された百貨ビル。
その宣伝用にと飾られた暖簾や旗にはこんな広告文が書かれている。
『エロい物ならなんでも揃います!』
『コスプレ衣装も各種ご用意』
『人間も魔族も大興奮の品揃え!!』
『ちょっとマニアックな性癖の方でもご安心ください』
『ここがセントラル1のエロショップ!?』
なにかの間違いだろうと己の目を疑ったが、ビルの窓から覗くメイド服やセーラー服、スク水などのコスプレ衣装の数々がこれは現実だと物語ってくる。
「あ、アカリさん、ここがどういうお店だかわかっていらっしゃる?」
「ば、馬鹿にしないでよ! あたしだってここがどういうとこかってことくらいは理解しているわよ!! 毎日の営みに飽きたカップルがマニアックなプレイをするための道具を調達するところでしょ?」
「ものすごい偏見だな……というかエロショップってわかってんならどうして俺を連れてきたんだよ!」
「そんなの彼氏役に決まっているでしょ?」
「はぁ!?」
狼狽する俺に、さも平然と語るアカリ。
「ほらこういうところって女ひとりじゃ入りにくいじゃない? なんか寂しい女って勘違いされるのも嫌だし。なによりあたしが変態の一員って周囲に認識されるのが我慢ならないの!?」
「いまでも十分変態じゃないか、がふっ!」
つい本音が漏れた途端、アカリの正拳突きがもれなく腹部へとプレゼントされた。
「うるさい。殴るわよ?」
「も、もう殴っているんですけど……」
拳を叩きこまれた箇所を押さえうずくまる俺は、蚊の鳴くような声で反論する。
ま、まじで痛いんだが……。
絵描きさんって、こんなにもパワー溢れる職種なのか?
「そこで彼氏役のあんたが一緒にいてくれれば、あたしはエログッズ大好きな彼氏の趣味へと付き合う甲斐甲斐しい女性を装うことができるってわけ、どう完璧でしょ?」
「風評被害に遭うのは俺じゃねぇかよ!」
「あんたは男なんだし、エログッズに興味を持ったところで周囲の注目は浴びないでしょ?」
「同じ大学のやつがいたらどうするんだよ!?」
「……そのときは、どんまいってことで」
「横暴だ!」
せめて俺をフォローする口実くらい用意しておけよ!
「っか、そんなにエログッズが欲しいならネット通販で頼めばいいだろ?」
「誰がいつエログッズなんか欲しいといったのよ!?」
なぜか顔を真っ赤にして噛みついてくるアカリ。
どうやら俺の推測はまたしても的を外してしまったようだ。
「えっ? 違うのか?」
「次の同人のネタで彼氏とエロショップに行くっていうシーンを描きたいからそのための取材に来ただけで……別にあたし自身エログッズに興味は……」
ここまで足を運んだ目的をいい終えたところで、もごもごと急にアカリの声のボリュームが落ちる。
「……ないわけじゃ、ないけど」
そしてぼそり、と頬を朱にしたアカリが俺だけ聞こえる声量でそう答えた。
「お、おう……」
あまりに意外すぎる返答に、俺はどう反応したらいいいのかわからなくなる。
「と、とにかく今日のあんたの使命は取材をするあたしを全力でフォローすること! あたしに向けられる好機の視線はすべてあんたが対処すること、わかった?」
「えっ、あっ……」
「返事は?」
「りょ、了解しました」
「よろしい。それじゃあ、行きましょうか。ゆう」
彼氏ということもちょっとだけ特別な雰囲気で俺の名前を呼ぶとさっさと隣を歩けと目で訴えかけられる。
空気が変に乱されていたということもあって、つい反射的に了承してしまったが、まさか俺の心配が現実になるなんて、漫画みたいな展開ない、よな?
そんな不安を胸に俺は、アカリの隣につくのだった。
ラジオクリエイトをご覧くださったみなさん、ありがとうございます!
作者のゆ~ぽんです。
最近、リアルが忙しいだけではなくネタまで滞り気味な私ですが、なんとかweb小説界に生存しておりますw
さて、今回のラジオクリエイトは琴葉に引き続き新キャラ登場な回なのですが、ツンデレイラストレーターこと宝城アカリの登場です!
後輩なのに先輩に敬意を一切払わない感じが私的には好みなラジオクリエイトメンバーの一員なのですが、やっぱりエッチな方向性に寄っていますねww
はい、どうでもいい情報でしたw
と、ここからが本題なのですが、只今ラジオクリエイトの第一話~第三話の大幅編集を予定しております。
編集タイミングは未定ですが、近々実装予定です。
心機一転、というわけではありますせんが、これからも頑張ってモチベーションを保てるように頑張っていきます。
新作もできれば、投稿したいなぁ~……
最後に、この作品への感想、評価、ブクマ、作者への適当な質問など色々とお待ちしておりますので、お暇がありましたらそちらの方もよろしくお願い致します。