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その日の夜、わたしは携帯で喜田村先輩のことを調べていた。自室のベッドで横になって、思いつく限りのハッシュタグで先輩に関するツイートを探していた。里子の話ではなかなかの有名人らしいから、台橋高校関係のタグなら誰かがツイートしていてもおかしくないと思ったのだ。
しかし……いざ色々調べてみると、喜田村先輩を礼賛するような発言しかない。もちろんそれは、わたしが先輩に抱いている印象や、里子から聞いた話と、全く異なるところがない。新たに得られた手掛かりというものは皆無に等しかった。
「やっぱり、小野寺芳花って人との繋がりは見えてこないなぁ」
思わず呟いた。音声として口から出しただけで、ネット上に投稿はしていないけど。どうもわたしの調査能力は、素人のそれと何ら変わりないようだ。
なぜわたしがこんな事をしているかというと、憧れの喜田村先輩のことをもっと深く知りたいというわけでは……ないとも言い切れないけど、一番の動機は、あの小野寺芳花という三年生と先輩に関係があるかどうかを調べるためだ。彼女は喜田村桃矢の名前を出していたわけではないし、単純に期末試験で喜田村先輩と同着一位であっただけに過ぎないのかもしれない。その喜田村先輩に恋い焦がれるわたしに接近を試みたのも、本当は先輩絡みではなかったのかもしれない。
それでも、確かめずにはいられなかった。三学年で一位を取ったという以外に、本当にあの二人に繋がりはないのか、わたしはどうしても知りたかった。それならば本人に会って確かめるのが一番手っ取り早いのだが、その前にまず自分で調べてみたかった。相手がどんなカードを持っているのか分からないのに、手ぶらで対峙するのは負ける戦に臨むようなものだと思ったのだ。
もっとも、その事を里子に話したら、
「柚季の今の最優先課題は、次の模試に向けた準備じゃないのか?」
などという言わずもがなのお叱りを受けたけど。あれは多分、わたしが思いつきで調査をしたところで、入手できる情報量は高が知れているという事を言いたかったのだ。
まさにその通り、今ここで調べてめぼしい手がかりは何ひとつ見つからなかった。分かった事と言えば、誹謗中傷などが蔓延しやすいネットという空間で、喜田村先輩を悪く言う人は一人もいなかったという嬉しい事実だけだ。
やはり小野寺という人がわたしにしたかった話とは、喜田村先輩に関することではなかったのだろうか。だけど、他に彼女からわたしにする話などあるのか。わたしは彼女の名前と顔以外何も知らないし、わたしの記憶の中にも似た印象の知り合いはいない。
試しに小野寺芳花という人のことも調べてみたけれど、美人で成績優秀で、だけどどこかとっつきにくい雰囲気がある、という趣旨の発言しかなかった。それはあの短時間の対面で判明した事実以外の何物でもなかった。喜田村先輩ほどの有名人ではないらしい。
これ以上は調べようがないか……携帯の画面をブラックアウトさせると、眉根を寄せているわたしの顔が映った。わたしの力で出来るのはここまでのようだ。ならば無駄な努力は一度終わりにして、里子の親切な助言に従って、次の模試の対策をしよう。今のわたしにとっての最優先課題であることは、紛れもない事実だ。
机のランプを点灯させて、問題集とノートを開き、いざ戦いを始めん。
…………飽きた。
やっぱり小野寺という人のことが気になって集中できない。これは勉強に興味関心が向かないことの言い訳ではない。断じて。
ここは、頼もしい友人からちょっと知恵を拝借しよう。遠まわしにわたしには無理だと言われた後で、知恵を貸してほしいと頼むのも癪ではあるが。わたしはもう一度携帯を手に取って、里子のアドレスにメールを送った。
『自力で調べてみたけれど、新しい情報は何も入手できず。小野寺という人との関係も不明のまま。ついては、貴殿の知恵を拝借すべく伝言を送る所存である』
返事は十秒後にきた。
『それ見たことか』
直後に電話の着信。わたしは通話ボタンをタッチして開口一番に言った。
「ツッコミなしかい」
「おや、突っ込んでほしかったの? だったら思う存分突っ込むけど」
「結構です」
「わたしは電話帳から二人が住んでいる地区を調べてみたけど、遠くもなければ近くもない、まあそれほど関係があるようには思えなかったね」
里子はちゃんと勉強をしているのか、会話の最中でもシャーペンを走らせる音が聞こえていた。まじめだねぇ、わたしと違って。
「やっぱり、あの二人に繋がりがあるようには見えないわね。柚季、本当にあの小野寺って人に心当たりはないわけ?」
「うん。以前に里子がうちに来た時に、こっちを見ていたところを目撃したのが初めて」
「わたしも高校でしか名前を聞いたことはないなぁ。それ以前に会ったことはない」
結局、彼女がどちらに用事があったのかは分からないままだ。
「また次にあの人が接触を図ってきたときには、こちらも要注意ね」
「要注意といわれても、里子、どんな感じで注意すればいいのかな」
「わたしも分からん。相手の話の内容によるだろう。まあ、その相手が同じ高校の女の先輩というだけなら、多分それほど危険な話ではないだろうが」
「そんな悠長に構えていて大丈夫なのかなぁ……」
「不安なら情報収集を怠らない方がいいかもね。どうせ柚季は、自発的に模試の対策を始めたところで長続きしないだろうから、いま集中して出来ることをした方が後悔も少なくなりそうだし」
本当に何でもお見通しだ。わたしの知らない間に盗撮カメラでも仕掛けて、自室にいながらわたしの行動を観察しているのではないかと思えてしまう。
「とにかく、これから小野寺って人がどちらかに接触してきたなら、お互いに知らせ合う事にしよう。高が知れているけど、二人で知恵を絞って事を穏便に運ぼうじゃない」
里子ならそう言うだろうと思ったよ。無用な争いを嫌う里子のことだから、全面対決みたいな形になるのは何としても避けたいはずだ。そして、高が知れているなどという余計な一言を付け加えるところも、なお里子らしい。
本音を言えばわたしだって、無用な争いに発展するような事態は避けたい。ただしそのためには、相手がどんなカードを握っているのか、しっかり把握しておく必要がある。そんな真似がわたし達に出来るかどうかは、里子の言うようにかなり怪しいけれど。何しろどちらにとっても未経験の領域なのだから。
里子との通話を終わらせて、模試対策への熱意が再燃しないことを悟り、わたしは再びベッドに倒れこんだ。携帯のゲームアプリで気を紛らわそうとしたけれど、このもどかしさはどうしようもなかった。
わたしは本当に、たいしたことのない存在だ。喜田村先輩と違って。
そして、そんなごく普通の人間であるわたしの前に、予感していた事態は突然訪れた。
「昨日はどうも。早速だけど、立ち話する時間をもらえないかしら?」
翌日の放課後、学校からの帰路に就こうとしていたわたしの前に、昨日と同じく腕組みをして仁王立ちしている小野寺さんが現れた。女王様スタイルというやつか。昨日もそうだったけれど、正面から視線を向けられると威圧感が半端じゃない。こんな時に限って、里子は職員室に用事があるから先に帰るように言っており、わたしはいま一人だ。
わたしの顔はきっと、これ以上ないほど嫌悪が滲み出ていることだろう。まだ昨日の今日だというのに、しかも取りつく島もなく断られたというのに、この上まだわたしに話を持ちかけるつもりなのか。それほど是が非でも聞いてほしい内容なのか。
おそらくまともに聞いてはもらえないだろうと思いつつも、わたしは言った。
「昨日のお話なら、あなたがさわりだけでも事情を打ち明けてくれない限り、聞く義務はないと言ったはずですが」
「それは承知している。だからさわりだけあなたに伝える」
わたしは口をきゅっと結んだ。先輩だから上から目線なのはいいけれど、全くと言っていいほど感情を込めないこの態度はいかがなものだろうか。
そして小野寺さんは、ある名前を口にした。
「桃矢のことについて、あなたに話しておきたいことがある」
わたしは瞠目した。喜田村先輩のことだ。やっぱり先輩とこの人は関係があるのか。
「喜田村先輩のことで……わたしにどんな話が?」
「あなたなら何か知っていることがあるかもしれないと思ってね」
わたしが何か知っている……? なぜわたしが?
頭上を疑問符が飛び交っているけれど、彼女が何か誤解しているなら、それは早々に解かなくてはならない。
「あの、わたしも喜田村先輩のことはよく知りません。あなたがどんな話をしたいのかは分かりませんが、先輩のことで知りたいことがあるなら他の人を当たってください」
「その返答も承知している。でもね、私はあなたに話を聞いてほしいのよ」
だからどうしてわたしに、と言おうとしたが、言い出せなかった。小野寺さんがわたしに向かって頭を下げてきたからだ。それほど深くはないが。
「お願い。迷惑なことだけど、私の話を聞いてほしい」
口調も声質も変わっていないけれど、どうしても聞いてほしいという強い希望は感じられた。相手の策略なのかもしれないけど、すでに断れる雰囲気ではなくなっていた。
わたしに逃げ道はなさそうだ。ため息をつきながら言った。
「分かりました。そこまでおっしゃるなら……」
小野寺さんは顔を上げると、少しだけ微笑んで言った。
「ありがとう。それじゃ、人気のない所に案内するから、私についてきて」
そして踵を返すと、わたしのことなどお構いなしに歩いて行く。わたしに話を聞いてほしいのなら、少しくらい気にしてもいいと思うのだけど。
それにしてもこの人……笑えば確かに美人なのだが、態度があんな感じだから今ひとつ好感が持てない。話に乗って大丈夫なのだろうか。
終わったらすぐに里子に相談しよう。信頼できるという点では里子の方が上だ。