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18の肖像  作者: 深井陽介
第一章 少しばかりお付き合いください
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―2―


「さっきの人は三年生の喜田村(きたむら)桃矢(とうや)先輩、結構有名人だよ」

 急ぎ昼食用の弁当を胃に詰め込んで、慌てて教室に戻って自分たちの席に着いてすぐ、里子がわたしに教えてくれた。

「そうなの?」

「わたしはあんまり興味なかったから、名前と顔がすぐに一致しなかったけど。中学から高校まで、一度も定期考査や模試で全科目一位を取り逃したことがないらしいよ」

「そんなにすごい人だったの?」

 これは素直に驚くしかない。ギネス記録に挑む資格くらいはあるのではないか。

「顔もそれなりにいい上に、野球部ではエースとして八面六臂の活躍をしているとか。天は二物を与えず、なんて気休め程度の言葉に過ぎないと前から思ってはいたけど、ここまで完璧に三拍子揃うと、少女漫画のキャラがそのまま飛び出して来たんじゃないかって思えてくるわね」

「そんなパーフェクトイケメン先輩と付き合える人って、絶対プリンセス気分だろうね。ああ、そうなったらもう他の事なんて生きて行くうえで必要なくなっちゃうよ」

 わたしが紅潮した頬を押さえながら悶えていると、とても友達思いで親切な里子は冷たく言い放ったのだ。

「だったら学生でいる間は諦めたら?」

「そんなこと言っちゃって、本当は里子だって、高校生のうちに恋愛の一つでもしたいって思ってるんじゃないの?」

「思わない事はないけどね……でもわたしは、喜田村先輩みたいな超人を相手にするのはちょっと気が引けるかな。何より恐れ多いし」

 言うと思った。一応中学からの付き合いだから、わたしは里子の性格をそれなりに把握していると自負している。

 里子は何事も「ほどほど」で済ませたがるのだ。冒険も挑戦も気が向いた時にしかやらない、友達作りは成り行き任せ。基本的に自分の思ったようにしか動かないけれど、他人の意見にもしっかりと耳を傾ける思いやりもある。そういう、どこにでもいる普通の人間でいたいと思っている節があるのだ。

 当たり障りのない存在でいようと人知れず努力している姿を、わたしはこれまでの付き合いの中で幾度となく見てきた。わたしは勝手に、こちらの信頼や期待を裏切らない人物だと解釈することにした。里子も、わたしに悪い印象は抱かなかったようで、いつの間にか行動を共にする時間が自然と増えて、現在に至る。

 ただ、その性格に起因しているのかどうかは分からないが、誰もが「やってみたい」と思える多少無茶な事に対して、里子はほぼ例外なく消極的だ。わたしは、いくら友人といえども、他人の性格や信条に口を挟むことはしないけれど、里子のこの、俯瞰する立ち位置に徹しようとする言動には、あまり感心していない。

「わたしは誰と付き合うにしても、普通の付き合い方でいいからね。完璧超人と付き合って、他人から注目の的にされるなんてまっぴらだね」

「それ、人生の大半を損しているよ」

「恋愛で損得勘定を考えた事がないからなぁ。好きになった人と同じ時間を楽しく過ごせれば、それでいいじゃない」

「まあそれも悪くないけどね。まさに青春って感じで」

 友達として一応納得してあげたのに、舌の根も乾かないうちに里子は言った。

「モラトリアムとも言うけど」

「うっ……そんなふうに言われると途端に語感が悪くなるね」

「残り少ない青春を謳歌するのはいいけど、今はお勉強に集中しましょうね」

 保護者みたいな口調で言われたけれど、次の五時限目の開始まで一分を切ったので、お話はここでお開きとなる。もちろん、ちゃんと教科書とノート、筆記用具の用意はしていたけど。

 現代社会の授業。正直に言って、聞いているうちに眠くなる類いの科目だ。来年、誕生日を迎えれば、ここにいる誰もが政治に物申す権利を与えられる。来るべきその日に備えて、学校側で政治や社会の仕組みをしっかりと教えてくれるのだ。実にありがたい措置である。

 だからといって、ありがた迷惑だとは思わない。ただ白状してしまうと、わたしは今の総理大臣のフルネームさえ全く知らない。今までだって、総理大臣の名前を知らなくても特に困ったことはない。……あれ、首相だったか。総裁という言葉も聞いた気がする。どれが正しいんだ。まあとにかく、その程度の人間に、政治に物申す権利を与えたって意味がないという事が言いたいのだ。うぅむ、日本の未来は危ういぞ。

 さて、頭の中で持論が飛び交っていると、あっという間に授業が終了した。言うまでもないけれど、授業の内容はほとんど頭に入っていない。世の賢い大人たちよ、嘆く必要などない。これが今どきの高校生の現実だ。

 次の六時間目の授業も、漫然と時間が過ぎるのを待って、そのまま終わりを迎えた。こちらに至っては科目すら忘れてしまった。

 ではわたしは、喜田村桃矢先輩の練習風景を見学すべく、野球部のグラウンドに直行いたします。見学というか、ただ見るだけ。

 その寸前、親切な友人から、現実に引き戻されるお言葉を頂戴賜った。

「そういえば柚希、次の期末考査の対策はちゃんとしてるの?」

 わたしの足が止まる。そのまま十秒間フリーズ。

 素敵なお言葉をかけてくれた里子に向かって、笑顔でわたしは言った。

「里子、駅前に新しいアイスのお店がオープンしたんだって。わたしのおごりでもいいからさ、今度一緒に行ってみない?」

「一人で行けば?」

 真顔で返された。わたしは人目もはばからず里子にしがみついた。

「お願いです。わたしを見捨てないで下さい!」

「しがみつくな。捨て犬の方がまだ可愛げがあるわ」

 万物の霊長の一員であるはずなのに犬以下の扱いをされて、わたしは拗ねた。

「ふん、いいもん。里子の力を借りなくても、自己ベスト更新してやるんだから」

「自発的にハードル下げたな、お前」

 さすがは我が親友。わたしの成績の低さは、はっきり知らないでもお見通しだ。

「分かったよ。毎回努力の甲斐なく成績不振に陥っているのに、友達として見て見ぬふりは出来ないものね」

「心の底から感謝します!」

 わたしは誇るべき友人に向かって頭を下げた。ため息をつかれた上に、明らかに余計な言葉が多かったけど、気にしたら負けだと思ったので気にしなかった。

「それじゃあ、早速今日から始めようか? 早めに始めた方がいいだろうし」

「うん。でもその前に、野球部のグラウンドに行っていい?」

 里子の表情が半眼になって一瞬固まった。「好きにすれば?」

「里子は行かないの? わたしのうちで勉強しようよ」

「行くよ。付き合ってあげる。わたしがいないと柚希の暴走を止める人がいなくなる」

 滅多な言い草だ。気性の荒い犬と同じ扱いか。それでも付き合ってくれるのが、友達としてありがたい事なのだけど。

 二人でグラウンドに行ってみると、半ば予想はしていたけど、野球部員は全員グラウンドを反時計回りに走っていた。喜田村先輩の投球フォームが見られるのは、もう少し後の事になりそうだ。ちなみに喜田村先輩は先頭に立って走っている。

「喜田村先輩ってキャプテンでもあるんだね。そういう事例ってあまり聞かないけど」

「汗を流しながら基礎練習に打ち込む姿も素敵……」

「……恋は盲目。惚れっぽい柚希は世界のほとんどがキラキラ輝いて見えるのか。羨ましい限りだ」

「里子、何か言った?」わたしは視線を喜田村先輩に向けたまま言った。

「……気にしないで」

 やっとランニングが終了し、部員たちはほとんどがくたびれて地面に座り込んだ。喜田村先輩は数人の部員と一緒に、監督さんと一緒にスケジュールの確認をしていた。と、思う。ベンチまでは結構距離があるし、わたし自身は野球についてほとんど知らない。

 すると、こちらの気配を感じたのか、喜田村先輩が振り向いた。わたし達と目が合ったような気がした。それだけのはずなのにどきっとしてしまう辺り、わたしはまだ感情のコントロールが得意ではないらしい。

 こちらに視線を向けたのは一瞬の事で、先輩含め部員たちは練習を再開した。本当にわたし達の存在に気付いたかどうかは分からない。

「忙しそうだね、みんな」

「夏の大会を目前に控えているからね。そりゃ気は抜けないでしょ」

「うちの野球部って、甲子園に行ったことあったっけ?」

「ないよ」里子はあっさり答えた。「職員室の向かいにトロフィーとか賞状とかが陳列されているけど、あの中に野球部のものはなかった。甲子園に行ける学校なんて本当に限られているし、あれば確実に飾っているもの」

 なるほど、理屈は通っている。

「でも喜田村先輩の実力なら、甲子園デビューも夢じゃないんじゃない?」

「知らないよ、喜田村先輩の野球の実力なんて」

「よし、決めた!」わたしは拳を握りしめた。「野球部のマネージャーになって、喜田村先輩を陰からしっかりと支えてあげよう! そして行く行くは、甲子園という舞台で二人だけの時間を……」

「マネージャーの欠員募集は出てなかったと思うけど」

 はい、あっさり夢破れました。ガラス製のわたしのハートは、またしても砕け散ってしまいそうだ。わたしは友人に泣きついた。

「そんなぁ……それならわたしは、如何にして先輩とお近づきになれば?」

「柚希が考えなさいよ。別に人生がかかった大事な選択というわけでもないし」

「なんで里子、恋愛が絡むとわたしに冷たくなるの?」

「この世で恋愛ほど面倒くさい悩み事はないからな」

 要は、面倒だから可能な限り関わりを持ちたくないと、そう言いたいわけだ。もちろんわたしも、里子のそういう性格は承知しているけれど、少しは友人らしい振る舞いも見せてほしいというものだ。

 もっとも、里子にそんな理屈が通用しない事も理解しているので、今さら無駄な指摘をしようとも思っていないのだが。これはこれで、淡白な扱いに違いない。

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