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18の肖像  作者: 深井陽介
第三章 真実まで残りわずかの距離
28/40

―3―


 まもなく施設長が出入り口の引き戸を開けて出てきた。あの少女から、「昨日も来ていた二人のお姉さんが来ているよ」とでも言われたのだろう、わたし達の姿を見ても眉ひとつ動かさなかった。

「またいらしたのですね……今日はどんな用で?」

 わたしも経験から学んでいた。ここでの交渉事に小野寺さんを参加させてはいけない。さもなければ危険な結果を招きかねないのだ。

「実は、失踪した喜田村先輩の手掛かりが、この施設にあるかもしれないんです」

「桃矢君の?」

「はい。差し支えなければ、昨日見せてもらった物の現物を、わたし達の手で調べても構わないでしょうか」

「あんたね……」嫌な事に、小野寺さんが口を挟んだ。「相手に断る余地を与えたら、都合の悪いものは何が何でも隠すに決まって……」

「構いませんよ。壊したりすることがなければ」

 施設長からあっさり許可が下りて、小野寺さんは拍子抜けした顔になった。

「……いいの?」

「昨日も言いましたが、うちにはプロジェクターより高いものはないので。それに、桃矢君の事はあれからニュースで色々知りましたので、私も、桃矢君が無事に見つかってくれればいいと思っています。ここを調べることで、少しでもお役に立てるなら」

「ほら」わたしは肘で小野寺さんをつついた。「ちゃんと誠意をもって頼めば、恫喝(どうかつ)するような言い方をしなくても相手は答えてくれるんです」

「そういうものなのか。まさに人類の神秘だな」

 ああ、もう。この人は放っておこう。わたしは話を進めることにした。

「ありがとうございます。早速ですが、この水瓶を調べてもいいですか?」

「ええ。くれぐれも、慎重にお願いしますよ」

「まずはひっくり返してみようかな……小野寺さん、手伝っていただけませんか」

「そんな必要ないわよ。これがあるから」

 小野寺さんは小さな懐中電灯を取り出した。そういえば、くだんの倉庫を勝手に調べたときも懐中電灯を使ったと言っていたが、いつも持ち歩いているのだろうか。

 小野寺さんは懐中電灯の光で水瓶の中を照らした。その状態でしばらく覗き込んでいたが、やがて首を振った。

「水瓶の中に怪しいものは何もない。側面にも不自然な点がないとすれば……あとは底の裏側ね。柚希、これをゆっくりと倒して」

 やっと下の名前で呼んでくれましたね。わたしは言われた通り、水瓶の縁をしっかり保持しながら、ゆっくりと水瓶を倒していく。小野寺さんが底の裏側を懐中電灯で照らしながら覗き込むと、満足そうに口元を緩めた。

「当たりですか?」

「一等賞よ。こんなものが貼り付けてあったわ」

 小野寺さんは水瓶の底から何かをつまんで取り外した。もう戻しても大丈夫そうだと判断して、わたしは水瓶を元通りに立たせた。そして、底の裏側に貼り付けられていたものを、小野寺さんから手渡された。マイクロSDカードだった。

「こんなものが水瓶の底に……?」

「なかなか上手い事を考えたじゃない。この水瓶、底が凹んでいるから潰されることもないし、重いから子供にひっくり返される事もない。水瓶の中に入れてしまえば、雨水などで濡れて台無しになるけど、底の凹んだ所なら雨水に触れる事もない。この水瓶に安全にマイクロSDカードを隠すなら、最も安全な場所よね」

「しかし、いつの間にそんなものが水瓶に?」と、困惑顔の施設長。

「いつでもありうるでしょう。水瓶は建物の前に置き去りだし、誰でも気づかれずにこれを仕込むことは出来たはず。ただし、他の二つは違う……」

 そうだ。残る手掛かりは、建物の中にあるジオラマと掛け軸だ。これは実際に中に入らなければ何も隠せない。そして、わたし達が知る限り、その二つに近づく事ができた人はひとりだけ、喜田村先輩しかいない。

「施設長さん、次はジオラマを見せてくれませんか」

「ジオラマ……あの模型ですね。あれにも、この小さなチップが隠されていると?」

「それは調べてみないと何とも言えませんが……」

 建物の中に入り、すぐそばにあるジオラマを調べ始める。近づいて観察すると、子供が作ったとは思えないほど完成度が高かった。子供の工作にジオラマなんて言葉を使っていいものか怪しかったが、これなら再現模型と言っても遜色はなさそうだ。

「そうだな……ジオラマの中に隠せば誰に見つかるかも分からない。子供の視点に立ってみれば、テーブルの裏側もアウトだろう。となると……柚希、これテーブルごと水平に持ち上げてくれないか」

「小野寺さん……わたし一人に頼んでいるわけではありませんよね」

「ん? そう聞こえたか?」

 百人中百人がそう聞こえたと思うぞ。わたしは施設長にも協力をお願いして、ジオラマの乗ったテーブルを水平に持ち上げた。小野寺さんはその下に、別の小さな机を二つ置いた。手を放すと、テーブルは空中に浮かぶ形になった。そして小野寺さんはテーブルの足を調べ始めた。床を傷つけない為の防護キャップをいじっていると、そのうちの一つが簡単に外れた。その外れた防護キャップの中に……。

「立て続けにビンゴだ。こんな所、丹念に探そうと思わない限り見つからないな」

 防護キャップの中から小野寺さんの手に、やはりマイクロSDカードが転がり出た。どうやら、テーブルの脚がパイプ状になっていて、その中に隠されていたらしい。よくこんな隠し場所が思いつくものだ。

「こうなると、掛け軸に隠されているのもマイクロSDカードだと思った方がよさそうですね」

「予断は禁物だけどね。この間の掛け軸、現物を見せてくれますか?」

「あ、はい。こちらへどうぞ……」

 次々と予想外のものが発見されて、施設長もわたし達の頼みを引き受ける事に疑いを持たなくなったようだ。これが昨日だったら施設の人間だけで調べると言われただろうな。それ以前に建物の中に入れてもらえなかったはずだ。

 案内されたのは、建物の奥にある一室で、種々の書類が保管されている場所だった。確かにここは職員以外入れないだろう。壁の三面は分厚いファイルが収められたスチール棚が並んでいるが、残る一面、奥の壁には、写真で見た掛け軸がかかっているだけだ。窓がない部屋にあるためか、直に見ても褪色などは見受けられない。

「ふうん、これが掛け軸の現物か……やはり安物にしか見えんな」

 わたしは失言発生器である彼女の足の甲を踏みつけた。うずくまって震えながら足元を押さえる小野寺さんを放置して、わたしは観察を始めた。

「一応、ここに来れば誰でも触る事はできそうだけど……施設長さん、これって素手で触ったら駄目ですか?」

「そうですね、皮脂などが付いてはいけませんから。いま手袋をお持ちしますね」

 そう言って施設長は部屋を飛び出した。二人きりになった所で、小野寺さんがわたしを睨みつけながら言った。

「おい、お前は言葉より先に手や足が出る性格なのか」

「小野寺さんの場合、言葉でいっても無駄みたいなので」

「だからといって拳で叩いたり足を踏みつけたり……限度があるだろ、限度が」

 際限なく言葉で人を苛立たせるこの人にだけは、言われたくないなぁ。そう思っていると、すぐに施設長がゴム手袋を持って戻ってきた。

 わたしと小野寺さんはゴム手袋を両手に嵌めると、さっそく掛け軸をめくって裏側を覗き込んだ。何も異常はない。今までが結構凝った隠し場所にあったから、裏面にただ貼り付けただけという可能性は低かったけど、それでも一応。

 今度は掛け軸の下部にある軸を調べる。両端に取り外せるところはなく、ここにも隠されてはいないようだ。次は紙の厚さを確かめる。二重になっていて、その隙間に隠されている可能性を考えたのだ。……これも違った。

「どこにあるのでしょうか……」

「掛け軸のどこかに隠されているのは間違いないと思うけど、他にないのかな。裏側、下の軸、それから……上の方」

「上ですか? あの細い棒の中に隠せるのは爪楊枝くらいですよ」

「あれは八双(はっそう)ね。すみません、この掛け軸、一度外してくれませんか?」

 掛け軸を取り外す時には矢筈(やはず)と呼ばれる棒を使うらしい。施設長が矢筈の先のフックを掛け軸の掛緒(かけお)にあてがうと同時に、わたしと小野寺さんで掛け軸を巻き始める。やがて掛け軸が途中まで下ろされ、絵が見えなくなるまで巻いたところで、わたしが軸を押さえている間に小野寺さんは風帯(ふうたい)と呼ばれる細長い紙を調べ始めた。すると、右側の風帯と八双との付け根の所に、マイクロSDカードが貼り付けられていた。

「こ、こんな所に……凝ってますね」

「ここなら多少風帯がめくれても見えないし、巻いて仕舞う時も一番外側に来る上に八双の厚みで潰されないから、これもやはり本気で探すつもりでないと見つからないね」

「なんというか、偶然に発見される事のない場所にばかり隠されていますね」

「それほど重要で、特定の人にしか見せたくないものだって事ね。さあ、戻しましょう」

 掛け軸は無事に、傷ひとつ付けることなく元の位置に戻った。

「たった今マイクロSDカードが見つかった三つの物は、全て桃矢が失踪前に触れた事のあるものですよね?」

「ええ……という事は、これらを隠したのは桃矢君ですか。でも、何のために……?」

「それはこれから調べます。いま誰も使ってないパソコンってあります? できれば、マイクロSDが読み込めるようなものがあれば……」

「生憎ですが、ここに備え付けのパソコンはありません。私が使っているのも旧型のワープロなので、恐らくこのチップは読み込めないかと」

 小野寺さんは頭を抱えた。「タブレット端末が普及し始めているこのご時世に、未だに旧式のワープロって……もういいや。これ、家に持ち帰って調べよう」

「施設長さん、色々ありがとうございます。おかげで重要な手掛かりが見つかりました」

 小野寺さんがお礼を言うとは思えなかったので、先んじて礼を言った。

「それならよかったです。早く桃矢君の居場所が分かるといいのですが……ところで、その三枚のチップは警察に届けないのですか?」

「とりあえず有益なものだと分かったら届けます」と、小野寺さん。「特に重要なものでなければ……まあこちらでどうするか考えます」

 たぶんどちらにしても警察には届けないだろうな、と思った。しかし、ややこしい事になるだけだと思って突っ込まなかった。

「では、本当にお世話になりました。これで失礼します」

 わたしは精一杯の笑顔を繕って、軽く頭を下げながら再度にわたり礼を言った。

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