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入り口の門の真下に立ち、わたしは敷地の中を見渡した。
背の高い仕切りに囲まれているためか、日中でもあまり光が射し込まず、影になっている部分が多い。門から戻廟の本殿までは石畳の短い参道が通っているが、お参りする人も滅多にいないせいか、風雨にさらされて欠けたりしている所は修繕されていなかった。その代わり、道の両脇に六本植えられている松の木は、しっかり剪定されていた。
そして本殿は、どちらかといえば祠と呼ぶべきものに見えるが、わたしの肩の高さぐらいまでしかなく、わざわざ霊魂を祀るために造られたにしては小さく思えた。扉は備え付けられているが、下の部分が錆びた釘で打ちつけられていて、開けて中を覗く事はできそうになかった。子供の悪戯を防止するための措置だろうか。
この場所には、いま挙げた以上の要素はない。すぐ裏手は地理的に見て、例の廃倉庫だと思われるが、祠の向こうを見ても、仕切りとなる壁との間に畳二枚分ほどのスペースはあるものの、倉庫に通じそうな道や出入り口はなかった。
誰の目にも、ここに先輩の行方を探す手掛かりはなさそうだった。そう思って引き返そうとした時、奇妙な事に気がついた。祠と壁の間のスペース、そこの地面は粘土質の土が剥き出しになっているが、真新しい靴跡が残っていたのだ。多分スニーカーの跡だと思うが、一見したところでは一種類しかないようだ。
先輩の靴だろうか。でも、先輩は遠征に行く途中で失踪したはずだ。野球部の遠征に出掛けるのにスニーカーを使うだろうか。……使うかもしれない。練習の前に専用の靴に履きかえればいいのだから。
お参りに来た他の人の靴だという可能性はないか。でも、わざわざ祠の裏側に回る理由などあるのだろうか。……あるかもしれない。何か落し物があって、それを探している最中についた靴跡という可能性は否定できない。
これでは手掛かりになりそうにない。わたしは結局その場を離れた。
「どうかしら? 目ぼしいものは見つかった?」
律儀な事に、小野寺さんはまだ門の前で待っていた。単にわたしが収穫なしで戻って来た所を狙って、嘲りたかっただけかもしれないが。わたしは言葉で答える代わりに、野球のバットを持って素振りしてバランスを崩す演技をした。察しなさい、という意味だ。
「面白い子ね」と、たいして面白くもなさそうに言う小野寺さん。
「ある程度予想はしていましたが、ここまで何もないと逆に気持ちいいですね」
「自分には手に負えないと思って諦めた?」
そこだけは里子と同じ事を言って挑発するのだな、この人。そしてその挑発に対する返答も最初から決まっていた。ノー。
「わたし、一度決めたら最後まで諦めないたちなので」
「ちょうどよかった。それなら最後まで私に付き合ってくれそうね」
あなたの行動に付き合うとは一言も確約していませんが? あなたは一方的に協力を決定事項にしてしまったけど。わたしの渋面に気がついていないのか、小野寺さんは勝手に話を進めようとしていた。
「さて、私は暗号についてもう少し考えを巡らせたかったんだけど、あんな事件が起きたせいで、桃矢の家に出入りするのが難しくなったのよね。これじゃあ、桃矢のプライベートから手掛かりが得られないわ」
難しいというか、まずもって不可能ですよね。
「そういえば小野寺さん、先輩の家で事件が起きた時、ずいぶん早い段階で現場に来ていましたよね」
「あら、悪い?」
「別に悪くはありませんけど、わたしや里子はテレビのニュースで初めて事件を知りました。小野寺さんはそれよりも早い段階で事件の事を知っていたみたいですが、どうやって情報を得たんですか」
責めるつもりはないけれど、少し感情まかせになっているせいか、口調がいつもより強くなっている気がした。小野寺さんは返答に躊躇しているように見えた。
「……なんだか、尋問されているみたいで気分は悪いわね」
「質問に答えて下さい!」苛立ちのあまり声のボリュームが上がる。
「分かった、分かったわよ。ちゃんと話すから落ち着きなさい」
小野寺さんはなだめるように言った。変わらず億劫そうだがそれでも説明してくれた。
「桃矢のご両親が殺されたって事は、あの場所に行って初めて知ったのよ。警察とかが聞き込みに来る前に会って話をしたいと思って、朝早くに桃矢の家に行ったの。一応、昨日の夕方に私から訪ねに行くって電話で連絡しておいたんだけど。だけど、実際に行ってみたら桃矢の家の前に大勢の野次馬が押しかけていて、その中の一人に事情を聞いて初めて事件を知ったの。その時に聞いたのは、桃矢の両親が血を流して死んでいたという事だけで、殺されたとは言われなかったけど」
「という事は、小野寺さんが電話した直後に殺害されたという事でしょうか」
「警察から発表された内容を考慮すれば、そうなるわね」
「今ごろ警察は、亡くなる直前に電話をかけていた小野寺さんの行方を、必死で探しているのではありませんか?」
警察がそういうところから容疑者を特定することは、わたしでも知っている。
「ん? あの電話は私の携帯からかけたから、警察が私に辿り着くには、一度私の携帯番号にかける必要があるでしょ。でも私の携帯はさっきから沈黙していて……」
小野寺さんはチノパンのポケットから自分の携帯を取り出しながら言った。手に持ってじっと見た後、片方の眉を上げて首をかしげた。
「おかしいな……朝起きた時に電源入れたと思っていたんだけど」
「要するに携帯の電源をずっと切っていたんですね。そりゃ沈黙しますよ。携帯はずっと寝ていたみたいですから」
「ねえ、電源を入れた瞬間に何件の不在着信が出てくるか、一番近い数を当てられた人にお昼をおごるというのはどう?」
「賭け事に発想をシフトする前にさっさと電源を入れて下さい」
「ちっ、乗ってくれるかと思ったのに」
舌打ちまでするか。あんたはわたしを何だと思っているのだ。
小野寺さんは携帯の電源を入れた。それから数秒後、あからさまに表情を歪めた。見覚えのない番号の羅列に、嫌気が差したようだ。
「えーっと……最後の不在着信は三十分前か。それ以前は五分間隔。よくもまあ、飽きずにこれだけ粘れるものね。よほど警察は暇なのかしら」
「そんなわけないでしょう。これ、忘れた頃にまたかかって来ますよ。絶対」
「まあ、その時はあなたに代役を任せるわ」
冗談じゃない。
「全力でお断りします。それより、わたしは次の目的地に行きますので」
「え、もう行き先決めたの? どこに?」
「喜田村先輩が預けられていたという施設です。里子が住所を調べてくれたので、それを頼りにこれから探します」
あれ、なんでわたしは軽々しく自分の行動計画を彼女に明かしているんだ?
「相変わらず優秀な相棒ね……ちなみに訊くけど、あなた、地図は読めるの?」
「読んだ事がありません」わたしは素直に答えた。
「おい」短く突っ込んだ後、ため息をつきながら彼女は言った。「確か、名前は『貴船オン・ユア・マーク』だったわね。住所はどこだって?」
ここです、と言いながらわたしは携帯の画面を彼女に見せた。自発的に彼女を協力者にしようとしている事に関しては、もう自問するのをやめていた。
「ああ、メールで教えてもらったの。ふうん……行ったことないけど、一応台橋市の地図は全部頭に入っているから、おおよその見当をつけることは出来るでしょう」
今、さらっとすごい事を言いませんでしたか?
「ついて来て。一緒に探してあげるから」
いや、それはありがたい事だけど、相手の神経を逆撫でするその態度は本当に何とかならないものかな。協力してもらっている立場で偉そうなことは言えないが。
小野寺さんはわたしの存在など気にもかけていない素振りで、スタスタと歩き続けていく。後ろをただついて行くだけのわたしは、不安でいっぱいだった。小野寺さんが学業に秀でている事は知っているが、地図を読めるかどうかは確かめていないのだ。




