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18の肖像  作者: 深井陽介
第二章 中途半端な正義と友情
13/40

―3―


 ところで、わたし達は喜田村先輩の家の正確な住所を知らなかった。二日前に、どの地区に住んでいるかを里子が電話帳で調べただけで。とはいえ、喜田村という苗字はなかなかあるものではないので、その地区をちょっと見てまわればすぐに見つかるだろう。

「電話帳に住所って書かれていないの?」

「一応、小さい文字で番地まで書かれているはずだけど、そこまでは見ていなかった。電話帳でもそれほど重視している情報じゃないのよ。名前さえ分かっていれば、電話番号を見つけるのに支障はないからね」

 それもそうだ。考えてみれば、他人の正確な住所を知る時は、必ず送られてくる手紙などをチェックしていた気がする。

 先輩の自宅があると思われる地区をしばらく(そぞ)ろ歩いていると、ある一戸建ての民家の前に黒塗りの車が路駐している所を見つけた。

「里子……この辺って駐車禁止の標識がなかった?」

「あれはどう見ても、あの家の人に用がある人の車だよ。まあ、放っておいてもいずれは駐禁切符を切られるだろうし、もしかしたら数少ない例外かもしれないし」

 告げ口をする気はないと言いたいわけか。里子らしいといえばそうだけど、ちょっと説明が足りないような。

「路駐していい数少ない例外があるの?」

「この家の前だったら、その例外に当てはまってもおかしくない」

 里子はそう言って、この家の門のそばに掛かっている表札を指差した。それを見て、ようやくわたしも得心がいった。

「そっか、この家が……」

「喜田村先輩の失踪は警察もちゃんと捜査している。警察署長からの許可があれば、警察車両が例外的に路上駐車をする事は法律で認められているから」

 すると、この車は先輩の失踪を捜査している警察官のものか。その警察官は多分、この家の中で先輩の親御さんに聞き込みをしているのだろう。そうなると、ちょっとわたし達にとっては都合が悪い。

「ねえ里子、警察官がいる家の中に、無関係のわたし達が堂々と入れるかな」

「どう転んでも無理でしょ。警察が聞き込みを終えて出て行った後じゃないと」

「そうだよね……」

 と言いながらも、わたしと里子は門に身を潜めて、中の様子を窺っていた。

 二人組のスーツ姿の警察官が、開かれた玄関のすぐ外側に立ち、中にいる喜田村先輩の母親らしき人と話をしていた。門の前まで来れば、話の内容ははっきりと聞き取れた。わたしはてっきり、先輩の失踪の理由に心当たりがないかしつこく訊いているのだと思っていたけど、どうやら違うみたいだ。

「では、桃矢君が普段どの方面の勉強をしていたのか、お母さんも詳しい事は分からないのですね?」上司らしき人が訊いた。

「はい。試験の結果はいつも見せていたのですが、学校の勉強以外に何をしているかという事については、私も主人も把握していなかったもので……」

「高校の進路希望アンケートでは、電気工学や機械系を志望していたようですが?」

「それは存じています。息子が自分から話してくれましたから」

「では、ここ最近、学校の用事以外に桃矢君が外出する事がありましたか?」

「それはもちろん、この年頃ですからそういう事は頻繁にありましたけど……」

「でしょうね」そう言って警察の人は後頭部をぽりぽりと掻いた。

「あの……刑事さん達は桃矢の行方を探しているんですよね? さっきから関係のない質問ばかりされている気がするのですけど」

 それはわたしも感じていた。この刑事さん達は何の捜査で来ているというのか。

「桃矢君の行方は我々も必死で追っています。ただ、状況的に見てこの件には、桃矢君でない第三者の存在が疑われています。だから、可能な限り桃矢君の身の回りの事を知っておく必要があるのです。その第三者が、桃矢君と全く無関係である可能性は、我々としては低いと見ていますので」

 だろうな、という里子の呟きが聞こえた。どうやら里子の言った通り、警察も先輩の失踪に事件性を感じ取っているようだ。それでも、自宅に来て先輩の普段の暮らしぶりを調べることに、意味があるようには思えないけど……。というか、里子は何か気づいているのだろうか?

「それでは、お忙しいところを失礼しました」

 二人の警察官はほぼ同時に恭しく頭を下げると、隙のない身のこなしで踵を返し、門に向かって歩き始めた。それはつまり、わたし達のいる所に向かっているわけで……。

 わたしと里子はすぐに身を隠したが、なにぶんここはただの路上、身を隠せるような場所などない。屈んで相手の視界に入らないようにする事がせいぜいだ。もちろん刑事を相手にそんな姑息な手段が通用するはずもなく、車に乗り込む寸前だった上司の刑事に気づかれた。

 スーツの襟につけた赤いバッヂの反射光より鋭い、警察官の眼光に委縮する女子高生二人組。端から見ると完全におかしな光景だ。もとい笑っている場合じゃないのだけど。

 刑事は睨みつけるだけで何も言わず、すぐに関心を無くして車に乗り込んだ。助手席から入っていったから、運転するのは部下の方だ。そして、刑事二人を乗せた車はそのまま発進し、わたし達の視界から消えた。

「何なの? 警察ってあんなに恐い態度取るの?」

「そうでなけりゃ犯罪者になめられるからね。漫画や小説に出てくるような柔和な雰囲気の警察官なんて、現実はほとんどいないよ。交番勤務の警官ならともかくとして」

「だから街の人に好かれないんだよ。わたしの地区のお巡りさんはとても優しくていい人で、みんなに好かれているけど」

「仕事の範疇が違うだけでしょ。それより、早く家の中に入ろうよ」

 おっと、警察の睥睨(へいげい)気圧(けお)されてしまって、肝心の目的がすっ飛んでいた。わたし達こそ何のためにここに来たと思って。

「そこに誰かいるの?」

 わたし達の会話は、喜田村先輩の母親に筒抜けだったみたいだ。どうやら律儀にも刑事たちを見送ろうとしていたらしい。観念してわたし達は姿を見せた。

「す、すみません。わたし達、喜田村桃矢さんの高校の生徒なのですが……」

「あら、桃矢の高校の? その制服は……後輩のひと?」

 カラーの色が違うから違う学年である事は明らかだし、先輩が三年生だから、どちらにしてもわたし達が後輩だという事は分かるのだ。

「はい……すみません、立ち聞きするつもりはなかったんですけど」

 何だかバツが悪くて乾いた笑いしか出てこないのが悲しい。

「喜田村先輩の失踪の事は学校で聴きました」里子が前に出て言った。「わたし達、学校で喜田村先輩には色々お世話になっていたので、行方不明と聞いて本当に心配で、気になって仕方なくて、思わずこんな所にまで来てしまって……」

 本当に心配をしているような表情を浮かべているが、もちろんこれらは全て嘘だ。嘘には違いないけれど、『色々お世話になっていた』を拡大解釈すれば、あながち嘘とも言い切れないかもしれない。里子にしてはずいぶん危ない橋を渡るものだ。

「そうだったの……心配をかけてごめんなさいね」

 いや、心配しているのは事実だけど、嘘の混じった説明で納得して頭を下げられると、こっちが胸の痛む思いをしてしまうって。そんな事は言えるはずもなく。

「あの、謝らなくてもいいのですけど……わたし達も、ただじっと待ってやきもきしているのも嫌なので、わたし達なりに色々調べてはいるんですが、難儀していまして」

「本当にね……どこに行ってしまったのかしら」

 先輩の母親は事件のショックからまだ抜け切れていないのか、どこか憔悴(しょうすい)しているように見えた。当たり前の事のはずだけど、親御さんの精神状態を考慮に入れていなかった自分たちの行動を、今さらながら軽率だったかもしれないと恥じてしまう。

「……早く帰ってくるといいですね。本当に」

 そんなふうに言葉をかけるのが精一杯だった。情けなく思える。

「ありがとう……立ち話もあれですし、中に上がってお茶でもどう?」

「えっ、いいんですか? 赤の他人ですけど……」

「構わないわよ」先輩の母親は優しく微笑んだ。「昨日は主人と二人だけで、会話のない夜を過ごしてしまったから、少し世間話の相手が欲しかったところなのよ。警察はそんな事の相手はしてくれないからね」

 つまり、寂しさを紛らわしたいという事か。喜田村先輩の事について知っている事はそんなにないけど、話し相手になれるのだろうか……。

「分かりました。そういう事であれば、お安いご用です」

 悩み始めたわたしをよそに、里子はあっさりと請け負った。

「そう? 忙しい最中でしょうに、悪いわね」

「いえいえ、わたし達の方は暇ですから」

 そう言って、先輩の母親に促されるままに家の中へ入って行く里子。ちょっと待って、わたしを置いていかないで。その心の叫びが聞こえたのか、いや単純に気まぐれで振り向いただけだと思うけど、里子はわたしを見て、先輩の母親に聞こえない声で言った。

「どうしたの? 話を聞くチャンスだよ」

「え、あ、そうだね……」

 あまりの展開の速さに戸惑ってしまう。里子、今日はずいぶん行動的じゃないか?

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