Stamp Head
Stamp Head
奴隷の反乱があったサーカステントへ向かうと、途方に暮れている元奴隷達が檻のなかに入っていた。
彼らは反乱の際も動かず、この場所に留まっていたらしい。
役人によると、念のため檻にいれて今後どうするか考えていたとのことだ。
俺は一通り檻の中に入った彼らを見てから、役人に事情を全て話した。
Funny Slaves の団長から団長の席を任されたこと。今後はマーレモートの支援無しで独立すること。方針や雇用形態を変更すること。
役人ははじめ驚いていたが、マーレモートに確認の電話を入れた後、納得して承諾した。
「こやつらはどうします。領主から解放された農奴といった感じですが」
「俺のとこで雇う。今後はFunny Soul Mates として営業する」
「わかりました。それでは、今後ともよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
軽く握手し、彼らが帰ったのを見ると、俺は檻を全て開けて元奴隷たちを外に出した。
小頭症の男女、単眼症の中年、眼全体が真っ黒な少年、下半身がない男。
間近で見てみると、やはり多少の衝撃を受けてしまうが、俺は気を取り直して声をかけた。
「えー、諸君らは辛い拷問に耐え偲び、自由を手にした。たが、明日雨風をしのぐ宿もない。自由であるが故に自己責任となってしまう。そこで、俺は諸君らに仕事を与えたい」
彼らは一言も声を出さずに俺の言葉を真剣に聞いていた。
「各々芸を身につけ、見世物小屋で見物客を楽しませる。酷いことを言うつもりはないが、諸君らには持って生まれた特徴がある。好きでこうなったとは思わないが、明日生きるためには、それを利用しなければならない!俺は諸君らに楽しく働いて欲しい、どうか俺についてきてくれないか」
一瞬の沈黙の後、上半身のない男が大きく手を叩いた。それに続いて少年も拍手する。小頭症の男女も顔を見合わせてから手を叩いた。
「新しい団長さん、ぜひお願いします」
大きな一つ目の男は胸に手を置いてそう言った。
「私の名前はスタンプ。スタンプ団長だ」
従業員の情報を書類に書いていると、家に着いたのは夜中の2時だった。
ガタガタなドアノブを捻ろうとすると、聞き覚えのある笛の音色が耳に入ってきた。
(練習するのはいいが近所迷惑だろ)
静かに扉を引いて中に入ると、ベッドの上で胡座をかきながらチェーカは笛を吹いていた。
「夜中だぞ〜」
「近くの部屋の人には挨拶に行ったよ。綺麗な音色だからいいよって」
そうだとしても夜中に笛はよくないだろ。ほら、蛇が出るって言うし。
「本当に出てるじゃん」
驚いたことに、アズが壺から顔を出してキョロキョロしていた。
普段は絶対出てこなかったのに。
チェーカがもう一度笛を吹くと、その調べに乗ってアズが動き出す。
(ずげえ...)
俺は驚いて声も出なかった。
アズは彼女の脹脛から、柔らかそうな太ももを這い、どんどん身体を登っていく。
(大丈夫なのかよ)
アズが彼女の肩まで来たとき、俺の胸には小さな不安が生まれていた。
次の瞬間、アズは小さな口でチェーカの頬に噛み付いた。
「痛っ!」
「あっ!」
ほぼ同時に声をあげた。
俺はすかさずアズをチェーカから離そうとしたが、チェーカがそれを制した。
「待って」
「なに言ってんだ!すぐ医者に」
「違うよ、これは甘噛み」
「甘噛み?そんな馬鹿な」
蛇は口の構造上噛み付くと同時に折り畳まれた牙が立つようになっているはずだ。それは例え友情を持った蛇だろうと同じで、アズだけ意図的に牙を折り畳みできる訳ではない。
しかしチェーカの表情を見ていると、どうやら噛まれたといった感じではなかった。
頬を見ても白い肌が見えるだけで、傷や穴は一切無かった。
「もしかして...牙が出るほど口を開いてないのか...」
噛み付く、というより啄く、キスをするという表現があっていたかもしれない。
アズは口を少し開け、チェーカの頬を鼻先でつついていたのだ。
「驚かせやがって...」
俺は安堵のため息をついて椅子に座り込んだ。
「ごめん、私が痛いなんて言っちゃったから」
反射的に痛いと言ってしまうのは人間誰しもあることだろう。
しかし本当にヒヤヒヤしたものだ。
アズは何回か頬をつついた後、身体をくねらせながら壺の中に戻っていった。
「まぁでも、これで芸が完成した訳だ。俺も見世物小屋を作れたし、従業員も確保できた」
「え!?本当!!」
彼女は喜色満面で俺に顔を近づけた。
「あぁ、Funny Soul Mates。お前の仕事場だ」
「滑稽な心友...何かいいね。よろしくスタンプ団長」
うむ。まずは敬語だな。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「へぇ、チェーカっていろいろ大変だったんだなぁ」
樽の上に座ったラガッツォが言う。
「俺も大変だっただろ!薬とヤニに溺れた生活、仕事漬けの2年間、奴隷の反乱!」
俺とラガッツォは馬小屋の隅で昔話にはなを咲かせていた。
暗がりにスタンドランプを点け、雰囲気を作って喋っている。
「どうだ?チェーカを見る目が変わったか?」
「変わらないよ。彼女は彼女だ。俺がチェーカを好きなのは変わらない」
ぶっ。
「って!おい!笑うなよ!せっかく気取ってみたんだからよぉ!」
意地悪そうに笑った俺を見て、ラガッツォは頬を赤らめて怒った。
「それをチェーカに言ったらどうだ?」
「もういいよっ。ちぇっ...」
すっかり拗ねてしまったラガッツォは家に帰ってしまった。
暗がりで1人になった俺は、もう一度、ラガッツォに話した昔話を思い返す。
成長してしまった彼女を思うと、昔のことが遠く過去のようで、懐かしくも切なく感じた。