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檻の中のチェーカ  作者: 清水遥華
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Cute Twin

「Cute Twin」


霧のような小雨が降るある日、俺の心の隅では何か嫌な予感がしていた。


(雨の日には不幸が多い...)


そんなことを思いながら、机の書類とにらめっこをする。

何度ペンでこめかみを刺激しても捗らないため、息抜きがてら営業中のテント内に入った。



じめじめとした空気がテントの隅まで充満していた。


「どうよ」


監視員に客入りの状況を確認する。

精悍な面構えの彼は、目を閉じて首を横に振った。


どうやらあまり芳しくないらしい。


テント内を一周しようと、モノール・ギヒの檻を通りかかったとき、いつかの少女と遊んでいるのが見えた。


「えらく懐いてんな...」


誰に聞かす訳でもなく独り言が漏れる。


「じゃあ次は3つのボールでジャグリングだ」


「え〜できるかな〜」


「大丈夫だって、メアリーは上手なんだから」


「いくよぉ...ほっ...わっ!」


手が縺れるような動きをして、宙に浮いていたボールが散らばる。彼女は2つにくくった髪を揺らし、ボールを拾った。


「うわぁ〜...ほらねぇ〜」


「最初はそんなもんだよ。何回も失敗して、ある日ふとできるんだ。そしたらこう思うのさ。こんな簡単なことができなかったのか?ってね」






「あぁっ...また失敗」


聞いちゃいない。それでもギヒは楽しそうに笑っている。



少女の後ろでは、父親がこの前よりも綻んだ顔で彼女を見守っていた。


「やぁ、スタンプ団長」


そのセリフから、ふとファイ・ゲマインのあの威圧的な顔が脳裏に浮かび、無性に腹がたつ。


「どうも」


むしゃくしゃした感情を胸に抑え、顔に能面のような笑顔を貼り付けて言った。


「彼はとても優しいな。私はどうやら...その、なんだ。勘違いをしていたらしい」


少女の父親は自分の頬を手で撫で、そう言った。


「誤解が解けて俺も嬉しいよ」


「屈折した考えほど恐ろしいものはないな...私はあっちを見てくる。モノール君、メアリーをよろしくね」


「は、はい!」


彼が初めて世間の一部に認められた瞬間でもあった。


いや、「世間に認められる」という表現も筋違いかもしれないが。


それでも彼が誰かに必要とされていることは俺にとっても嬉しい。





隣の檻では、チェーカが寝息を立てそうなくらい静かに座っていた。


「チェーカ。今日の調子は」


「団長と同じくらい不調です」


まるで俺の悩みを見透かしているような発言だ。


確かに最近は業績が伸び悩んでいる。

アルベロは確かに人気だが、まだまだ知名度が足りていない。


もっと宣伝しないとダメだな。


「不調ってことは、アズと喧嘩でもしたのか?」


「しませんよ。ただ、アズは雨が嫌いなんです。このじめじめとした空気も...」


そうだった。雨の日はアズの動きが鈍くなる。というより、アズが壺の中から出てこなくなる。


まぁ、アズの境遇を考えれば、それは仕方のないことかもしれない。



その後、テスタ夫妻と世間話をして、ラガッツォをからかい、再び机の書類と向き合う。


(どうにかして業績を伸ばさなければ)


雨の日は集客が捗らない。ここらでお買い得な従業員でも見つかればいいが。



そのとき、太い線に繋がれた黒電話がケタケタと鳴った。


「もしもし、こちらFunny Soul Mates」


「おっ、あっ...えっと、スタンプ団長さんは」


受話器の向こうからはしゃがれた生気のない中年男の声がした。


「スタンプは俺ですが」


「あの、買い取って貰いたい商品があるんです。その、内密に...」


ふむ。闇取引か。


例えば、森の中に住む野生児を、ある男が捕らえ、それを売買する。


従来のやり方なら、その野生児を協会に引き渡し、オークションで落札された金額の何割かを受け取れる。

仲介料をそこから差し引かれるが、競りが白熱すると、そんな金も惜しまないほどの莫大な富が転げこむ。


受話器の向こうにいる彼は、協会を通さずに直接このFunny Soul Mates に売りつけるつもりらしい。


だいたいの見世物小屋では足元を見られるのだが、先日のアルベロの取引を見て、うちに金があると踏んだのだろうか。


「買い取るかどうかはさて置いて、とりあえず見せてくれないか...そうだな、明日にでも」


「いえ今からお持ちしますので...どうかよろしくお願いします」


彼はそう言うと、一方的に電話を切ってしまった。

なんて図々しい奴だ。


しかし心のなかでは、安価で従業員を雇えることに満悦している俺がいた。





 ̄ ̄ ̄



業務が終わると、俺は従業員たちに今日は野暮用があるから早めに帰るよう促した。


チェーカがアズと一緒にいたいと愚図るので、仕方なくアズを家に持ち帰ることを許可した。

本当は会社の所有物だから持ち出しは禁止なんだが。


「なんかあんのかよ団長ぉ〜」


ギヒと野球をしていたラガッツォが俺に駆け寄ってきた。


「今日はちょっと重役とここで話があってな、すまねぇ。また明日にしてくれ」


「ちぇっ、せっかく9回裏1アウト1塁の燃える場面だったのに〜」


「セカンドゴロでダブルプレー。はい、ギヒさんの勝ちだ」


「ひっでぇ!」


鼻息を荒くして怒るラガッツォの気をそらすため、俺はしゃがんで彼にこう耳打ちする。


「今日チェーカ元気なかったぞ」


その途端、彼は頬に紅葉を散らしたが如く紅潮した。口を金魚のようにパクパクして慌てる。


「な、なな、知らねーよそんなの!お、俺帰るからな!行くよオルニスキー!」


「なんだいなんだい、モノールに負けちまったのかよ」


彼はオルニスキーを背負ってすたこらと帰っていった。


それを見てギヒも帰る準備をする。


「じゃあな、ギヒさん」


「それじゃ、また明日。団長さん」


彼は脇にジャグリングボールを抱えていた。少女のために新しい技でも開発するのだろうか。


彼の小さな背中を見送っていると、ふと殺気の混じった視線を感じた。


言うまでもない。ウラル・セルペンテだ。彼女はテントの隅の陰から俺を睨んでいた。



「この前は悪かったな。あんな大金...どこで」


「さぁ」


彼女はそう言うと、俺の横を通ってテントの外に出た。


いつも不機嫌そうな顔をしているが、彼女との付き合いが薄い俺でも、彼女が何か言いたげだったのは容易に理解できた。




しばらくすると、すっかり日が陰って夜の静寂が辺りを支配した。


時を刻む腕時計の針の音さえも大きく聞こえる。


その男は、夜の闇に混じりながらフラフラとテントの入口から姿を見せた。


頬は病的に痩せこけていて、薄い髪も白に染まっている。服も見窄らしく、浮浪者一歩手前といった印象だ。


男は右手に持った縄を引き、俺の方に歩いてきた。


彼の引いてきた人物を見て、俺は驚愕する。



2人いるのだが、どちらも身体中の皮膚が爛れ、右腕がもう一人の左腕と繋がっている。


まるで粘土と粘土を繋ぎ合わせたように。顔には黒い布が被されていた。


「なんだ...これは...」


その痛ましい姿に目が釘付けになり、思わず声を出す。


「双子です...ジェメロと呼んでください」


挨拶も後にして、男はそう言った。


「布をとっても?」


「凶暴ですよ。何か対象を見つけると噛みつきます」


俺は彼らの頭に近づけた手を止めた。


野生児か。そうだとしたらこの火傷は、山火事でできたものだろうか。


だが、よくここまで火傷をして生きているものだ。


「1500でどうだ」


「わかりました」



男との商談は淡々と進んでいった。

その間も、男の茶色くギョロギョロした目は焦点が合っているのか合っていないのか、何かやましい事を考えているのか、よくわからなかった。ふと彼の手をみると、包帯がされていた。下から少し火傷の痕が見える。



「どこで手に入れたのですか」


「え、えっと...山の麓の集落から追い出されたらしくて...」


「なるほど...その火傷は」


「や、火傷?双子の?」


「いえ、あなたの...」


「あ、あぁ、私の。これは...ちょっとお湯がかかってしまって、はは」


男は口の端を不自然に吊り上げて笑った。彼からは少し人間の赤の臭いがする。



手を縛り、檻に繋いだジェメロ兄弟は、俺たちの声に反応したのだろうか。黒い布の下でモゴモゴと何か呟いている。






「それでは...」



男は金の入った小袋を赤子のように抱いて、そそくさとテントを後にした。





ひとつ深呼吸をして、ジェメロ兄弟のほうを見る。


繋がった身体をぶらぶらと揺すっている。身長は150cmほど、歳はチェーカくらいかな。




怖いもの見たさ半分に、2人の顔にかかる布をとった。


その瞬間、肉の腐臭が鼻の奥を突き、吐き気を催した。



口元は唇が無くなり、歯がむき出しになっている。鼻の凹凸も無くなり、小さな穴がポツポツと空いている。


目は正常なままで、茶色い瞳が何かに怯えたようにギョロギョロしていた。




「これが...1500か。安いな...」


Funny Soul Matesのモットーとは少し外れるが、これは良い商品になる。


































「オト...サン...ガ...イナイ...」










「!?」





肺の中の空気を漏らしながら言った双子の言葉を聞いた瞬間、俺は全身に鳥肌が立った。





やられた。



双子は呼んだのだ。さっき息子を見捨てて金の入った小包を抱えて行った男を。



「最悪だ...」


俺はその場で膝を崩した。


あの男は自分の息子を火炙りにした。

腕が繋がっているのは、元々の病気だろう。


男は他の見世物小屋で足元を見られたのだろう。男はもっと醜く、もっとインパクトのある姿に息子を改造したのだ。




「オト...サン...アァア!!!」


ジェメロ兄弟はどんどん気性が荒くなり、縄が千切れそうな勢いで俺に牙を剥いた。小さな肉片が飛び散ってくる。


こんな化け物、管理できるわけない。

孤児院に預けるにも無理がある。



見世物小屋はあくまで会社と従業員の関係を維持している組織で、サーカス団が猛獣を扱うのとは別ものなのだ。


他の見世物小屋に売りつけようとも考えたが、この辺だとCrazy Men くらいしか貰い手がいない。


彼の元に預けると間違いなく今まで以上の生き地獄を味わうだろう。



(こいつをどうしたらいいんだ...)


俺が苦悶していると、背後からひたひたと足音が聞こえた。


「誰だ...」



反射的に振り返ると、そこには呆れたような目をしたウラルが立っていた。



「随分参っているな」


「お前...帰れって言ったろ」


取引をしくじったこともあって、自然と口調が荒くなる。


「落ち着きなさい、みっともない」


彼女は平静を保ち、ジェメロ兄弟の前まで歩くと、そっと彼らの顔に布を被せた。



「ア...マックラ...アツイ...マックラ...」


それまで虎の如く暴れていた彼らが、

嘘のように大人しくなった。



「きっと暗い部屋で、熱湯をかけられたようね」


彼女は檻の縄を解き、今度は首に繋いだ。


「どうするんだ。そいつらはもう生きられない。精神も身体も、全てが壊れている」












言葉に気をつけなさい、スタンプ団長。頭に残ったのは、彼女の口から放たれたその一言だった。



「私が責任を持って処理をするわ」


「処理って、どうやって...」


「明日、ラジオのニュースを聞いておきなさい」













翌朝、ニュースで双子が射殺されたことを知った。


ウラルは、ジェメロ兄弟を夜中の道で歩かせていただけだと言っていた。


歩いていた男が夜警を呼び、その場で射殺された。





俺はとんだ大馬鹿だ。団長をする資格もない。猛獣使いになれる訳でもないのに目先の利益に眩んで背負いもできない命を買ってしまった。




しまいにはウラルに処理を任せ、彼を殺してしまった。






ジェメロ兄弟



彼らは歩いていただけだ


だが殺されたんだ


だから殺されたんだ




俺はこの事件以来、闇取引もオークションもしなくなった。


誰に何を言われても、俺は命を買っていいような立場じゃなかったんだ。


従業員はウラル以外このことを知らない。



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