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檻の中のチェーカ  作者: 清水遥華
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Wooden Old Man

Wooden Old Man


明日は俺にとって大事な日だ。いや、従業員含め俺たちにとって大事な日だ。


俺は書斎で手記を書きながら、頭の中はそのことでいっぱいだった。



気づけば手記にオークションのことばかり書いている。


(噂によるとファンタジー世界にいるような男が競りにかけられるようだが、そうなると他の団長も資金を貯めてくるだろうな...)


一体どんな男が売り出されるのだろう。そして今の自分の弾で足りるのだろうか?


俺はハナから全額をその男に賭けるつもりでいた。



明日への意気込みを頭の中で語っていて、ふと我にかえると、黒電話がけたたましい音をたてて鳴っているのに気づいた。


「何だこんな夜中に」


電話の相手はチェーカだった。


彼女は透き通るようなウィスパーボイスで、あることを尋ねてきた。


「団長。明日オークションですよね」


「あぁ...どこから嗅ぎつけてきたんだ」


俺は誰にも言っていないはずだが。

もしかして見物客か役人と俺の立ち話を聞いていたのだろうか。


彼女は非常に耳がいい。

目で情報を得られない分、彼女は相手の位置と表情を声で聞き取るのだ。


「私も連れて行ってください」


「なんでだよ」


理由がわからない。オークションに出向いたって失望するだけだ。商業主義の男達が寄ってたかって人間を売買している。


ましてや売られる立場だった彼女が行くとなると、心労を重ねるだけに思えた。


「私、知っておきたいんです。この世界のことを」


「...」


折れる気はないらしい。彼女の強い口調でわかる。


「俺は競りの時ステージ前に行かないといけない。お前が1人の間誰が面倒見るんだ?」


ラガッツォやテスタ夫妻だと周囲からどんな仕打ちを受けるかわからない。


風貌が周りと溶け込めていないとだめだ。


「ウラルさんに頼んでみます」


驚いた。彼女がウラル・セルペンテに頼るとは。セルペンテはFunny Soul Mates の中でも独立性が強く、誰とも輪を作らない。


俺自身、彼女と話す機会は殆どないし、彼女が他の人と喋っているのを見たことがない。


あのお節介なテスタ夫妻ですら距離を置いている女性だ。


お節介は失礼だな。



「わかったわかった。ただ俺がいろって言った場所にいろよ?これは約束だ」


「あーい」


調子の良い返事をしやがる。

俺の不安の種がまた一つ芽を出したかもしれない。


そんなことを思いながら、俺は硬いベッドの上で睡眠についた。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



翌朝。深い睡眠をとれなかったのか、目の下にはくっきりとクマができていた。


「あらま」


変な声を漏らして目の皺をなぞる。

ため息をついてカップに入った薄いコーヒーを飲んでいると、玄関のベルが部屋に鳴り響いた。


「やけに早いな」


建て付けの悪い扉を開けると、背が高く、着物を着て妖艶な雰囲気を醸し出している女と、白のワンピースを着た少女が立っていた。


(本当に来た...)


自分の家の前に仕事仲間である彼女らがいることがなぜだか不思議で仕方ない。


「むず痒いような顔をしているな。スタンプ」


さも古い友人であるかのようにセルペンテは言った。


切れ長の目で睨まれ、思わず視線を逸らしてしまう。


「出発まで時間はあるし、腰かけて休んでてくれ。準備してくる」


俺は彼女らにコーヒーを淹れて、二階にあがり、トランクに資金と書類を詰め込んだ。


コーヒーが冷めるほどの間、彼女らの声は一階から一言を聞こえなかった。


階段から顔を出して下を見ると、えらく殺伐とした空気が充満していた。



(さすがのチェーカもセルペンテにはお手上げか...?)


俺は急いで服を整え、一階に降りた。


「このコーヒー薄すぎです団長」


「スタンプ。お前は客にこんな泥水を飲ませるのか」



違う。彼女らは性格こそ違えど同じ属性を持っている。


この容赦ない物言いだ。




 ̄ ̄ ̄

木漏れ日のように太陽の光が雲の隙間から射し込んでいる朝。


チェーカは少しだが光を感じるらしく、眉間に皺を寄せている。


家の前で待たせていた馬車に乗り込むと、さっそくオークション会場へと向かった。


石畳の道路の上で揺られながら、チェーカはぼんやりと過ぎ行く景色を眺めていた。


眺めていた筈ではないのだが、俺にはそう見えたのだ。


「優しい人だといいですね」


「優しい人か...」


確かに、今まで希少価値にしか目がいっていなかったが、従業員の対人関係は大切だ。


ここまできて、絶対に買うという決意が少し揺らいでいるのがわかった。


(俺のせいでこいつらの関係性が崩れたらどうする...?)


そんなことを俯いて考えていると、それを見透かされたのか、セルペンテが口を開く。


「迷ってどうする。決めなければ終わりも始まりもないだろう」


その言葉は、鍋の底にこびりついた焦げのように、俺の頭から離れなかった。


「そうかもな...セルペンテ」


「ウラルだ」


彼女は俺の顔も見ずに訂正を促した。


1時間ほど馬車に揺られるとようやく目的地に着いた。運賃の端た金ですら惜しくなって、御者に渡すときに手が躊躇っていた。


ここからが勝負だ。


ウラルに言われた手前、例の男を逃す訳にはいかない。


オークションは森の開けた場所で催された。辺りを見てみると既に団長の乗ったいくつかの馬車が到着している。


俺はやや緊張した顔をして団長たちに挨拶回りをした。


その間、ウラルとチェーカには案山子になってもらう。


「バッカス団長」


「おや、スタンプ団長。ははっ、これはこれは...永らくですな」


バッカス団長は見世物小屋「Crazy Men」の団長だ。


見世物には殆ど男性が使われていて、従業員同士に性行為をさせる方針をとっている。


俺には理解できないが一部の物好きに人気らしい。


「スタンプ団長。彼はマスケラだ」


どこを見ているのかわからないほど細い目をしたバッカスが前歯を剥き出しにして言った。


すると、彼の馬車の中から身長2mはあるだろう屈強な男がのっそりと現れた。身長の低いバッカスの2倍はあるかのように思われる。


俺が驚いたのは彼の体格だけではない、まるで死刑執行人のような黒い覆面をかぶっているところだ。


「次期団長に指名していましてね」


バッカスが補足するが、マスケラと呼ばれるこの大男は終始声を発さなかった。




「えぇ〜、それでは只今よりオークションを開催したいと思います。奴隷目的での購入、返品はお控え願います」


「「「うぉぉぉおお」」」


拡声器を持った男の声と同時に拍手喝采が起こった。

いつの間にかステージ前には団長の群衆ができている。


俺は急いでバッカスと共にステージ前へ向かった。


「それではさっそく参りましょう。ナンバー01.ユナップです」


ステージの後ろにある幕があがり、そこから檻の中に入ったユナップと呼ばれる女性が姿を見せた。


彼女は手足の関節が逆に付いていて痛ましい格好をしている。司会が一通り彼女の情報を話すと、競りが始まった。


「500!」


「700」


「750」


「900」


「くっ...」


「もういませんか...?それでは900で落札となります」


(まだだ...例の男はまだだ...)


団長たちが賑わうなか、俺は来たるべき時に備えて心を落ち着かせていた。



 ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「ナンバー13.アルベロ=クリザンテーモ!」


彼の姿を見た瞬間、俺は確信した。


彼こそ俺が探していた男だと。



年齢は70代だろうか、黄ばんだ顔と冴えない黒目、白髪は縮れて頭皮が露わになっている。


アルベロは檻の中で胡座をかき、どこか人を試しているような貫禄のある雰囲気を放っていた。


「2000!」


「2700!」


「3000!」


破格の取引が始まった。やはりアルベロが今回の目玉商品らしい。


俺は重たい右手を空に突き上げ


「6000!」


と叫んだ。

これで食らいつく者はもういないだろう。そうたかをくくっていたのだが...


「6800!」


「6900!」




お前ら金持ちだな。


俺の勝負は大敗に喫した。元々競りの仕方が下手くそというのもあるが。


「決めにいったのに負けましたな」


隣でバッカスが顔を皺くちゃにして笑う。


「9000」


どこからか異様な金額が叫ばれた。


叫ばれたというよりは、呟かれたと言ったほうが良いかもしれない。


わいわいと騒ぐ男たちの中で、女性の透き通った声が響いた。



ふと隣を見ると、その声の主がいた。



「ウラル!何してんだ!」


彼女は俺のトランクの上に札束の入った小包をどんと置いた。


「馬車にお金を忘れるなんて、恥を知りなさい」


彼女は毒を吐くと、さっさとチェーカのもとへ戻って行ってしまった。



「えっと...今のはスタンプ団長のとお見受けしてもよろしいので...?」


「あ、あぁ」


混乱の末、蚊のなくような声をあげてしまった。


なぜ彼女はこんな大金を持っていたのだろうか。俺は、オークションのことを一瞬忘れてしまい、彼女は何者なのかという疑問が頭の中で風船のようにふくらんでいった。

















買い付けの書類を出した後、2人のもとへ戻ると、ウラルは何もなかったような顔をしていた。


(チェーカは知らないんだろうな...)


ウラルが何者かという問題もあるが、今はアルベロを買えたことに喜ぶべきだろう。


「なぁチェーカ。今回アルベロという男を買ったんだが、彼はおとぎ話の住人らしい」


「おとぎ話...?」


左目の上からは植物の芽が出ていて、彼の腕と足は苔むした木のように変異していた。


「あぁ、まるで《パン》だぞ?」


「え〜嘘だ〜」


なぜこいつはたまに甘えた口調で俺を小馬鹿にするのか。


それは置いといて、ウラルには目で礼を言っておく。



目を合わせてくれない。



「やぁ、スタンプ団長」


野太い男の声が背後からして、反射的に振り返った。

そこには、金色で短髪の男と、髪も肌も真っ白な女性が立っていた。


この男、ファイ・ゲマインは俺が苦手とする団長の1人だ。こいつは最後までアルベロの競りで食いついてきていたが、ウラルの放った値段を聞いて折れていた。


彫りが深く、ゲルマン人のような顔つきは見る者を威圧しているかのようだ。


「アルベロを勝ち取ったか...ったく、貧相な見世物小屋のくせに...よくも...図々しいとは思わないのかね」


ファイは包み隠さず暴言を吐いた。

アルベロを取られたことが相当悔しかったのだろう。



「いいか...?お前よりも俺のほうがアレを巧く使える。6000とこの女でどうだ?」


彼はツバがかかるくらい俺に顔を近づけ、横の女性を引っ張ってきた。


「その子は...?」


「ウィットゥ・ビヤンコ...アルビノ種だ。顔も身体も、ほら?一級品だぜ」


「...っ」


彼はそう言ってビヤンコの胸を弄った。


「悪いな、アルベロはもう俺んとこの従業員なんだよ。お前も精々頑張れや」


対応が面倒くさくなった俺は、早々に会話を切り上げ、馬車に戻ることにした。


「くそがっ!!」


「...っ」


ファイは胸に高まる怒りをビヤンコに向け、平手打ちをした。

彼女はもうやられるがままだ。今までずっとこの調子だったのだろうか。





帰りの車内の空気は、けっして良いものではなかった。

だいたいはファイのせいだが。


「あの女を助けるために取引に応じると思ったが」


ウラルが目を閉じて言う。


「そこまでバカ踏まねぇよ」


「でも、あの女の子可哀想だった...あれは叩かれた音だった」


暴力を目の当たりにして、チェーカはすっかり怯えきっていた。


俺は少し考えた後、できるかもわからないことを口走ってしまった。


「いつになるかわからないが、あの子を奪ってやるよ」


それはチェーカについた初めての嘘だ。


彼女は曇り空が晴れたような笑顔を見せ、俺の罪悪感を増した。



 ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


アルベロはすぐに別の馬車でFunny Soul Matesにやってきた。彼は家も身寄りもいないため、チェーカと同じ寮に入ってもらう。


アルベロは寮の中でも、一日中窓辺でロッキングチェアに座って外を眺めていた。


食事も全く摂らずに。


寮長が何度も食事を促したらしいが、全然聞く耳を持たなかったという。




ある日、チェーカはそんな彼を見兼ねて、説得することにした。


ロッキングチェアの前に椅子を置き、コーヒーを片手に座る。



「なぜ食べないの」


「必要ないからさ」


アルベロのその口調は、彼女を適当にあしらっている訳でもなさそうに思えた。


「必要ない?」


「あぁ、ワシも昔は普通の人間で妻もいた。じゃが、ある時原因不明の病にかかって目の上から植物の芽が出てきよった。...医者からは芽を抜くと視力を失うことになると言われた」


アルベロは心を許したのか、息継ぎをしながらチェーカに自分の昔話をし始めた。


「初めは野菜を食べていたが、数年前から水だけで全てが事足りるようになった」


彼はひび割れた唇だけを動かしそう言った。

彼は木と同化し始めたのだ。いや、木になり始めたのだ。


「ワシの好きな絵本があるんじゃが、お前さん、Wooden Old Man を知っておるかね」


「あ、ちょっと昔に団長が読んでくれたかも。木になった男の隣で、妻がずっと歌をうたう話だよね?」


「そう。妻が死ぬと、それは木の栄養となり、2人は永遠に一緒となった。私の妻は、私のこの姿を見るなり逃げ出してしまったがね」




しばしの沈黙が続く。

太陽は山の向こう側に沈み、淡い光だけが彼女らを包んだ。


チェーカは眉をハの字にして、悲しい顔をした。


「私はあなたの傍らにいるよ。皆あなたの隣にいて、あなたを待ってる。奥さんは逃げちゃったかもしれないけど...それでも私はあなたの隣で歌っていたいよ」


チェーカはそう言ってアルベロの苔が生えた腕に手を乗せた。


冷たく、生きている感触がしない腕。

それでも人の温もりを求めている。


チェーカの頬には一雫の涙が伝っていた。



アルベロは不器用な木製化した手で、震えながら彼女の涙をそっと拭った。


涙は木に染み込むように、彼の手に吸収される。


「君のような人に会えてよかったよ」


アルベロは、初めて頬を綻ばせて笑った。





 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




翌朝、アルベロは仕事場に顔を出していた。


テスタ夫妻の世間話に耳を傾け、ラガッツォにはカッコイイ腕と尊敬されている。





「それでは今日も一日よろしく」


「「「今日という日が幸多き1日になりますよう」」」



俺の挨拶の後に、みんなが一斉に唱える。


アルベロも見よう見まねで唱えていた。



気のせいか、いつもより笑顔を見せている。




「おっ、小鳥だ。どこから入ったんだ」


気づかない内に青い小鳥がテント内に浸入してきていた。


小鳥は俺たちの上を何周も飛び回った後に、アルベロの肩に止まった。



「おぉ!いいじゃないかアルベロ!これはきっと人気になるぞ!」


小鳥はまるで自分の巣に戻ってきたように、彼の苔むした肩でのんびりと羽根を休めていた。








心が木になる前に 彼女に出会えた


もしかしたらこの病気は ワシが心を


閉ざしていたのが原因だったのかも


しれない


例えこの体が苔むし朽木に成り果て


ようとも ワシの隣に誰かがいる


それだけで幸せだ



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