Funny Soul Mates
「Funny Soul Mates」
重たい瞼を開けると同時に、馬小屋にいるような異臭が鼻をついた。何事かと正気に戻り、辺りを見回す。そこには地獄絵図が広がっていた。恐らく俺でなければ前線で闘う勇猛果敢な戦士だろうと気絶するだろう。
眼球が一つしかない小さな中年男。上半身しかない男、4本足の女性、さらには頭が常人の2分の1しかない男女が
藁の上で倒れ込んでいた。
「そうか...なぜだか馬小屋の臭いがすると思ったらここは馬小屋だ」
昨晩従業員たちと酒を鱈腹呑んだのだった。単眼の中年、モノール・ギヒの手にはウォッカの瓶が握られていた。
「ギヒさん、死ぬぞ」
涎を垂らして泥濘に沈むように寝ている彼にそうぼやくと、自分の重い頭を叩く。「久々の休業日だから」と宴会を開いたのが間違いだったか。
しかし、酒の席を馬小屋にしか設けられないのは心が痛い。彼らを酒場に連れて行く訳にもいかないし人権保護団体といざこざを起こす訳にもいかない。
「ん...?」
奇形の群衆が横たわる中、可愛い横顔を見せて眠る少女が目についた。薄いレモン色の髪に白い肌、歳は18もない。
「チェーカ...!!おい!!」
昨日仕事が終わってから帰らせたはずだ。なぜ彼女がこの酒に飲まれた大人たちの中で眠っているのだろうか。まさか呑んでいないよな。
「ん...どうしたんですか団長」
藁のついた髪を手で梳かしながらチェーカは言った。
「どうしたもこうしたも...お前何でここに?」
「え?団長が昨晩私を呼んだんじゃないですか。酒のつまみだけでも食っていけって」
全く記憶がない。
「さ、酒は呑んでないだろうな?」
「呑んでないですよ。呑めないですし」
チェーカはそう言うと、手元の水筒に入っている水を飲み干した。
「そうか。...ったく、いい大人が情け無いな...ガキの前で項垂れて」
「でも...団長が一番凄かったです...」
彼女は頬を紅潮させて言った。
どういう意味だ。本格的に酒癖を直さなくてはならないのかもしれない。
チェーカは網膜芽細胞腫という病気を小児の時患い、不幸にも両眼の視力を失ってしまった。
だが、この場所で働くにはそれが不幸中の幸いなのかもしれない。
ここ、見世物小屋 「Funny Soul Mates」では...
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彼らは朝8時にここ、Funny Soul Matesに集まり、各々の芸をして見物客を楽しませる。
Funny Soul Matesは俺が経営する数ある見世物小屋のうちのひとつだ。
モットーは「滑稽な心友」
決して彼らの身体的特徴を馬鹿にしたり、嘲笑ったりしない。
しかしここは見世物小屋、その特徴を使って商売するものだ。見物客は彼らの芸を見てか、将又彼らのその身体を見てか、指をさして笑う。
俺は見物客を憎んだりしない。もちろん従業員を哀れんだりもしない。
ここは彼らにとっての職場であり、家であって欲しいから。
朝日が昇り、小鳥が囀りを止める頃、サーカステントの入り口を潜って一番乗りの従業員が来た。
「ラガッツォ、オルニスキー!今日も早いな」
俺はコーヒーを片手に新聞を読みながら言った。
ラガッツォという名の少年は眼球が全て黒ずんでいて、目が合った者をギョッとさせる。俺も初めは驚いたが、好奇心旺盛で愛嬌に富んでいて、人当たりが良い性格はその辺のガキンチョよりも魅力的だ。
「おっす団長!!一昨日何で俺も呼んでくれなかったんだよ!!俺にも酒呑ませてくれよ!!」
ラガッツォが俺の向かいにある木製の机を両手で叩いて言った。
「お前はまだまだガキだろ?18になるまで酒は呑ませてやんねーよ」
俺が意地悪そうに眉毛を歪めて舌を出すと、ラガッツォは「ちぇっ」と不満を零した。
「へへへっ、だがよぉラガッツォ。団長の例の話は面白かっただろぉ?」
ラガッツォにおぶられたオルニスキーが笑いながら言う。
オルニスキーは事故で下半身を失った元浮浪者だ。ラガッツォが朝早く彼を迎えに行って一緒にここへ来ている。彼は頬を高くして酔っ払ったようにいつも無駄話をしている。
「あぁ!!あの話は傑作だったぜ!!団長やるねぇ!!」
「おいおい、何話したんだよ!?」
チェーカにも言われたが俺は酒に飲まれて何をしでかしたのだろうか。
ラガッツォの、とって付けたような大きい鼻がひくつき、俺の不安を一層煽った。
「へへへっ、まぁ良いさ。ところで俺にも新聞を読ませてくれよ。毎日英文を読んでないと本の読み方を忘れちまうっ」
「本なんて読むのか。ほらよ」
オルニスキーは目元に皺を作ってウインクをした。
その後、続々と従業員がテント内に集まり、ざわざわと騒がしくなる。
チェーカもテスタ夫妻に手をひかれてやってきた。夫のデンテ・テスタと、その妻ポッカ・テスタは2人とも軽度の小頭症を患っている。
軽度と言っても、やはり知能の発達障害が顕著となっている。しかし、テスタ夫妻は世話焼きで、よくチェーカをかまってくれる心優しい夫妻だ。
俺も行き詰まった時、度々テスタ夫妻に励まされてきた。
テント内が騒がしくなる中、入り口の隅で腕を組んでいる女性が目に入った。
(セルペンテ...)
ウラル・セルペンテ。見物客から蛇女と呼ばれ、この見世物小屋でトップの人気を誇っている。彼女は美しい容姿と、東洋の着物で人々を魅了させた。
だが、彼女が人気なのはその美麗な姿だけではない。彼女はそのあだ名のように蛇を纏うのだ。身体を這わせたり、蛇を食らったりする。
外見と衝撃的な行動が見物客を毎回驚かせている。
チェーカは蛇を食らう彼女を苦手としているようだが。
モデル顔負けのスタイルを持つ彼女が、なぜ見世物小屋にいるのか。
それはまだ俺も把握していない。
「さて、みんな集まってくれたな。今日も1日よろしく頼む」
俺は木箱で立ち台を作り、朝礼をかける。従業員達は私語を止め、皆俺の顔を見た。
「「「今日という日が幸多き1日になりますよう」」」
全員がそう唱えた後、それぞれの持ち場に着く、基本的には檻に入って身体を見せたり、何かしらの芸を披露している。
「あら団長さん。一昨日は凄いことをおっしゃっていましたが、今日は平静を取り繕っていらっしゃるので?」
「ガンベ夫人...その話は耳が痛くなるほど聞いたよ。朝礼終わってすぐに紅茶を飲むなよ」
バッスルスタイルのドレスを身に纏い、丁寧に机と椅子を用意して、紅茶を淹れて寛いでいる。
「いいじゃないの。だって私は観客が顔を近づけてきたらこうやって...ドレスをつまみ上げればいいだけですもの」
綺麗な長い指でつままれたドレスの下には4本の脚が見えた。
「まぁそうだが...」
彼女にそう言われると言葉が詰まってしまう。
所謂彼女は「見世物」なのだから、準備も糞もない。チェーカのように芸をする者は別だが。
チェーカは青い壺を抱えて檻の中に入った。彼女は白い笛を吹いて蛇を操るという芸を持っている。
いつも見物客は盲目の彼女に近づく蛇を見ながらハラハラした顔をしていた。
だが、正確に言えば「操る」ではなく「遊ぶ」だ。
彼女の相棒の青い蛇「アズ」は、彼女がここに来た時から一緒いる。
アズがチェーカを噛むことは「ある時」以外ありえないのだ。
サーカステントの中には、黒光りした檻が幾つも設置されていて、その中で従業員達は半日を過ごす。
新米だった頃の俺は、彼らを珍獣のように扱うこの檻を嫌ったが、今は見物客から彼らを護るものとして重宝している。
「団長...」
隣で檻の中のチェーカがボソッと言った。
胡座をかいて座る彼女には緊張の色が見られなかった。
俺は屈んで檻の中を覗く。
「ん?」
「今日も1日よろしくお願いします」
彼女はそう言って可愛らしい八重歯を見せてはにかんだ。
「おう」
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見世物小屋。世間一般からするとそこは異質な場所だろう。
その奇異な光景から、同情や哀れみの目を向けてしまうだろう。
だが違う。それは最低の行為だと俺は主張したい。
彼らには彼らの幸せがあって、彼らなりの気持ちがあった。
それを全て「可哀想」という言葉で済ませるのは人間の屑だ。
俺は彼らと真摯に向き合っていきたい。
同じ酒を呑んで、同じ場所で笑いあって、彼らと同じ時間を過ごしたい。
「Funny Soul Mates」はいつだってそういう場所なんだ。