第三話 失踪事件・オブ・ザ・デッド 2
「――それでは、『台山和町公務員失踪事件』の捜査会議を始めます」
いつものように勝手に会議室を乗っ取った雪平警部補は、ホワイトボードの前で重々しい口調で宣言した。もちろん、人員は私と雪平警部補の二人だけだ。
イベント会社に勤める早瀬朱美さんから、恋人の友田悟氏が、元カノの星山雪絵さんのマンションを訪ねた後失踪した、という相談を受けてから、三日が過ぎた。星山さんを職質から無理矢理しょっ引いて強引に吐かせるという警察の極悪コンボを決めようとする雪平警部補を何とか思いとどまらせ、私たちは慎重に慎重を重ねて、失踪した友田氏について調べたのだった。
「アリス巡査。事件の概要を説明してください」
雪平警部補に促され、私は手帳を開いて説明を始めた。「――失踪したのは市内に住む公務員・友田悟氏、二十八歳。交際相手の早瀬朱実さんからの相談で、今回の事件が発覚しました。早瀬さんの話によると、友田氏は、一週間前の十一月一日二十時頃、元交際相手の星山雪絵のマンションを訪ねる、との電話連絡を最後に、行方が分からなくなっています」
「その電話は、失踪した友田氏本人からのモノと考えてよろしいのでしょうか?」
「早瀬さんの携帯電話の履歴には、その時刻に友田氏の携帯電話からの通話履歴が残っていました。早瀬さんは、間違いなく友田氏の声だったと言っています」
「ナルホド。では、その電話は友田氏からのものと考えてよさそうですね。では次に、友田氏が訪ねたという、元交際相手の星山雪絵さんについての説明をお願いします」
「はい。星山雪絵、二十八歳、OLです。失踪した友田氏とは大学時代に付き合い始めたそうですが、二十五歳の時、友田氏の方から別れを切り出したそうです。性格の不一致と、友田氏の仕事が忙しくなったことが主な原因とのことです。別れた際、二人の間で特にもめたというような話は無いですね。しかし、友田氏と早瀬氏の交際が始まると、星山さんのストーカー行為が始まります。星山さんは友田氏に対し、電話、メール、手紙などで執拗に復縁を迫り、自宅や会社の前で待ち伏せすることも多かったようです。星山さんのストーカー行為は交際相手の早瀬さんにもおよび、同じく電話やメール等で、友田氏と別れるよう脅したりしていたようです」
「それらのストーカー行為は、立証できそうですか?」
「はい。早瀬さんに送られた手紙やメール等は処分されていましたが、友田氏の自宅から、復縁を迫る手紙等が大量に見つかっています。友田氏の会社の同僚や近所の住人からの証言も取れています」
「分かりました。では次に、失踪した友田氏の当日の足取りについてお願いします」
「当日友田氏は二十時に会社を出ています。その直後、恋人の早瀬さんに電話をし、これから星山さんに会って話をする旨を伝えました。台山和町にある星山さんのマンションに着いたのが二十一時。友田氏がマンションに入る姿を、マンションの管理人が管理人室から目撃しています。管理人はこの後二十三時までその管理人室にいたとのことですが、友田氏がマンションから出て行く姿は目撃していません。これ以降の友田氏の消息は不明です」
「二十三時以降に友田氏がマンションを出たということは考えられませんか?」
「失踪時から現在までの防犯カメラの映像を確認しましたが、友田氏がマンションから出て行く姿は確認できませんでした。短く編集したものを用意しましたので、ご覧ください」
「助かります」
私は用意しておいたモニターに防犯カメラの映像を映し出した。簡単にまとめると、以下のような感じである。
☆
撮影場所 星山雪絵の住むマンション八階のエレベーター・階段付近。
備考 映像は、エレベーター、階段、廊下、星山さんの部屋の玄関が一画面に映ったもの。八階に出入りすることができるのは、このエレベーターと階段のみ。
一日(金) 二〇時一八分 星山雪絵が帰宅。
一日(金) 二一時〇五分 友田悟が星山雪絵の部屋を訪ねる。以後、友田悟の姿は映っていない。
二日(土) 一六時〇三分 星山雪絵が外出。
二日(土) 二〇時五四分 星山雪絵がコートと帽子の人物を連れて帰宅。顔はハッキリと映っていないが、星山雪絵の証言によると、この人物は近所に住む星山の兄・雨文とのことである。雨文本人にも確認済み。
二日(土) 二一時二五分 星山雪絵と雨文が外出。
二日(土) 二一時四三分 星山雪絵が帰宅。
三日(日) 一五時二二分 早瀬朱美が星山雪絵の部屋を訪ねる。
三日(日) 一六時〇六分 早瀬朱美が部屋を出る。
四日(月) 〇七時五八分 星山雪絵が外出。
四日(月) 二〇時〇四分 星山雪絵が帰宅。
五日(火) 〇七時五五分 星山雪絵が外出。
五日(火) 二〇時三二分 星山雪絵が帰宅。
六日(水) 〇八時〇四分 星山雪絵が外出。
六日(水) 二〇時〇九分 星山雪絵が帰宅。
六日(水) 二〇時三〇分 雪平・有栖が星山雪絵の部屋を訪ねる。玄関先で一〇分ほど話を聞く。
七日(木) 〇八時〇二分 星山雪絵が外出。
七日(木) 二〇時二四分 星山雪絵が帰宅。
☆
映像を見終わった雪平警部補は、あごに手を当てた。「――つまり、『一日に友田氏がマンションを訪ねて消息不明』『二日に星山さんと一緒にいかにも怪しい格好をした兄とされる人が出入りしている』『三日に早瀬さんが部屋の中を確認したが友田氏はいなかった』ということですね」
「三行で説明すると、そうなります」
「二日に出入りしているコートに帽子姿の人は、星山雪絵さんの兄の雨文氏で間違いないのでしょうか?」
「はい。雨文氏本人に確認を取りましたが、確かにその時間、その格好で、妹の部屋を訪ねたそうです。マンションの管理人も目撃しています」
「そうですか。では、コートの人物はミスリードということにしておきましょう」
「了解しました」
「防犯カメラの映像は以上ですね? では、他に何か、報告すべきことはありますか?」
「マンション内に秘密の抜け道や隠し部屋は存在しないことや、窓から出入りすることが不可能なことの説明を省略すれば、以上になります」
「その辺の説明はいいでしょう。もう三話目ですので」
「そうですね」
「しかし、これは困りましたね」雪平警部補は腰に手を当てた。「残念ながら、状況は良くないと言わざるを得ません」
「と、言いますと?」
「まず、友田氏が星山さんの部屋に入って、その後出てきていない以上、友田氏は星山さんの部屋の中にいると考えるのが妥当でしょう」
「監禁されているということでしょうか?」
「そうです。星山さんのストーカー行為から見て、友田氏への執着心はかなり強いと思われます。友田氏が自分のモノにならないのなら、力ずくで――という流れではないでしょうか?」
「しかし、友田氏は決して体育会系ではないですが、女性一人の力で監禁できるものでしょうか?」
「大丈夫ですよ。ゾンビにしちゃえばいいんですから」
「はい? ゾンビに、ですか?」
「そうです。ゾンビにすれば、動きは非常に鈍くなります。女性1人でも、十分監禁可能です」
当たり前のように言う雪平警部補だが、私にはすぐには信じられない。「そんなことに意味があるのでしょうか? いくら友田氏と一緒にいたいとは言っても、ゾンビにしてしまっては、意味が無いと思いますが」
雪平警部補は、ちっちっち、と人差し指を振った。「恋は盲目って言うじゃないですか。愛する人を誰かに奪われるくらいなら、ゾンビにしてでも自分だけのモノにしたい、という乙女心、アリス巡査には分かりませんか?」
「分かりません。雪平警部補には、分かるのですか?」
「分かるわけないでしょそんなの。どんなに好きな人でも、ゾンビなんてまっぴらごめんです」
「まあ、そうでしょうね」
「しかし、世の中にはゾンビでもいいという人もいるのです。実際、身内がゾンビになっても、処分をためらう人は、沢山いるじゃないですか」
確かにそのとおりである。ゾンビ法の施行により、ゾンビは処分するものという考えはかなり根づいたが、一方で、ゾンビの処分に反対する人も、まだまだ少なくはない。ゾンビを死者として見ることができず、生前の人格が残っていると考えているのだ。また、海外を中心に、日本のゾンビ法の撤廃を求めて活動する団体が次々と登場しつつある。たとえ医学上死んでいたとしても、動いている以上、生きている人と同等に扱うべきだ、ゾンビにも人権を与えよ、ゾンビと共存せよ、というである。中にはテロリストまがいの過激な抗議活動をする団体もあり、社会問題になっている。人肉しか食べないヤツとどう共存しろというのか我々には全く理解不能だが、日本は昔からこういう訳の分からないことで他国から抗議されることが多い国だ。
まあその話はいいとして。
私は、疑問に思ったことを雪平警部補に訊いてみた。「――確かに、ゾンビにすれば、生きている人より監禁は簡単かもしれません。しかし、星山さんは、一体どこに友田氏のゾンビを監禁しているのでしょうか? 星山さんの部屋は、一度、早瀬さんによって調べられています。部屋に友田氏の姿は無かったそうですし、監禁できるような場所も無かったと言ってます」
「そうですね。しかし、早瀬さんが探したのは、あくまでも生きている人を監禁できそうな場所です。ゾンビを監禁するとなれば、話は全然違ってきます」
「と、言いますと?」
「アリス巡査。それでもゾンビ対策課の刑事ですか? ゾンビの特性を考えれば、おのずと答えは出て来るでしょう?」
呆れたような口調の雪平警部補。むう。どうやら雪平警部補は、すでに謎を解いているようだ。私としたことが、ゾンビのことで雪平警部補に後れを取るとは。しかし、逆に言えば、それは雪平警部補がゾンビ対策課の刑事として成長したということでもあり、赴任当初から面倒を見てきた私としては、子供の成長を見るようで感慨深いものがある。
まあいい。それより今は推理だ。えーっと、ゾンビの特性を考えて、監禁する場所、と。ゾンビとはいえ体格は生前と変わらないから、隠すならそれなりの大きさの場所が必要だ。しかし、早瀬さんはクローゼットやベランダも確認している。他に人一人を隠せそうな場所は無い。
……いきなり行き詰ってしまった。難しいな。人の監禁とゾンビの監禁、一体どこが違うのだろう?
「……おやぁ? もしかして、もうギブアップですかぁ? アリス巡査のゾンビの知識も、大したことないんですねぇ?」
イジワルな目で見てくる雪平警部補。なんか腹立つな。こうなったら、意地でも謎を解かなくては。ゾンビを生きている人間と同じと考えるから分からないのかもしれない。ゾンビは医学的に見て死んでいる。要するに、死体を隠すのと同じと考えればいいわけだ。部屋に死体を隠すとすると……。
…………。
「……雪平警部補、まさか?」
「何かひらめきましたか?」
「ゾンビを生きている人間と考えるのではなく、死んでいる人間と思って推理してみたのですが」
「そうです。その方向で、推理を進めてみてください」
「しかし、ありえません。いえ、死体を隠す方法としては、ワリとあることなのですが……」
「死体とゾンビは同じです。ですから、死体で行えることは、ゾンビにも行えます」
「……つまり、星山さんは」
「はい」
「友田氏を、バラバラにして」
「はい」
「部屋の中に隠した、ということでしょうか?」
「よくできました。恐らく、そういうことだと思います。おっしゃる通り、死体をバラバラにして隠すというのは、推理小説でも現実世界でも、よくあることです」
「しかし、確かにバラバラにすればかさばりませんから、冷蔵庫の中や、段ボールに入れて押し入れの中に隠すことは可能でしょう。ゾンビは脳さえ無事なら、たとえバラバラにされても動き続けますが……しかし……」
言葉がうまく継げない。それほどの衝撃だ。いや、バラバラ殺人は、残念ながら決して珍しいことではない。死体を捨てやすくするため、運びやすくするために、あるいは、人々が恐怖する様子を見るため――死体をバラバラにする理由は様々だ。しかし、一緒に暮らすためにバラバラにする、というのは、私の理解を超えている。
「ストーカーのやることです。あたしたちが理解しようとしても、ムダでしょう」
愛する人を別の女に奪われるくらいなら、ゾンビにして、さらにバラバラにしてでも、自分のモノにする――サイコだ。サイコ過ぎる。人を愛しすぎると、心はそこまで歪むものなのか。
「しかし、まだ分かりません」私は最後の疑問を訊いた。「ゾンビも不死身というわけではありません。脳が無事でも、一週間食事をしないと、活動を停止します。ずっと一緒に暮らすというわけにはいかないのではないでしょうか?」
雪平警部補は少し真面目な顔になった。「その通りです。ですから、家宅捜索するなら、早い方がいいでしょう。星山が、ゾンビのエサを調達する前に」
ゴクリ。私は息を飲んだ。この推理が正しいとしたら、友田氏がゾンビになってから一週間。そろそろエサを与えないと、ゾンビは活動を停止する。
そして、ゾンビのエサとなるのは、ひとつしかない。
「……す、すぐに、家宅捜索の準備をします」
私は捜査会議室を飛び出した。
通常、家宅捜索をする場合は令状が必要だ。令状を取るには、家宅捜索を行う場所やら時間やら何を探すかやらを報告書にまとめ、裁判官に提出。それらが認められて初めて『捜索許可状』が発行される。それらもろもろの手続きには当然それなりの時間がかかるのだが、今回のように緊急性が高い場合は例外である。ゾンビ対策課の近藤課長に報告すると、すぐに家宅捜索を認めてくれた。
私たちは、星山雪絵の自宅へ向かった――。