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第二話 叙述トリック・オブ・ザ・デッド 解決編

 七年前、大庭町で起こった女子大生刺殺事件。この事件にはゾンビが絡んでいるということで、ゾンビ対策課に捜査依頼が来た。いろいろ推理したが謎は解けず、監察医の緋山先生に相談すると、「この事件にはゾンビ対策課には関係ない」と言われる。それを聞いて、ついに謎を解いた雪平警部補。私たちは、この事件を押し付けてきた特命捜査対策室の事務所へ向かった。


「あの、すみません」特命捜査対策室の受付をバンバン叩く雪平警部補。「この、七年前の大庭町女子大生殺人事件を、ゾンビ対策課に回した人は誰ですか?」


「――なんですか? また、あなたたちですか?」迷惑そうな口調でやってきたのは、さっき、忙しげにパソコンのキーボードを叩いていた刑事だ。


「この事件、あたしたちの部署には関係ないですよね?」資料をカウンターに置く雪平警部補。


「はい? 何を言ってるんですか? この事件は、ゾンビが重要参考人になってます。だったら、あなたたちゾンビ対策課が捜査するのが当然でしょう?」


「雪平警部補、この人の言う通りですよ」私は、後ろからなだめるように言う。「確かにこの事件の犯人はゾンビではなく、ゾンビに変装した生きた人間という可能性が高いです。しかし、それを証明するまでは、我々ゾンビ対策課の仕事です」


 雪平警部補は振り返った。「アリス巡査、まだ気付いてないんですか? この事件には、ゾンビ対策課が扱うゾンビは、絡んでないんですよ」


「は? 何を言ってるんですか? 資料には、ゾンビを見たという証言が、多数あるじゃないですか?」


「アリス巡査、落ち着いて考えてください」


「はい」


「この事件が起こったのは、いつですか?」


「七年前の、十一月十二日午後九時頃です」


「では、アウトブレイクが起こったのは、いつですか?」


「それは、六年前の――」


「…………」


「…………」


「…………」


「ああああぁぁぁぁぁ!!」


 奇声を上げる私。そうだ。事件の発生は七年前。アウトブレイクが発生したのは六年前。つまり、この事件が発生した時、世界にはまだゾンビはいなかったのである。


「し、しかし――」私は慌てて資料を見る。「目撃証言には、ゾンビが走り去ったとあります。これはいったい、どういうことなのでしょうか?」


「そこなんですよ。七年前、この世界にはまだゾンビはいなかった。だったら、犯人がゾンビに変装して犯行に及んだということは考えにくいです。顔を隠すためなら、覆面で十分です。ゾンビの格好なんてしたら、逆に目立ってしょうがないですから。それに、仮に犯人がゾンビに変装していたなら、ホンダ氏や入橋杏奈ちゃんが、ズバリ、『ゾンビを見た』と証言するのは、おかしいです。当時は、ゾンビがこの世に現れるなんて考えもしなかった時代です。そんな時代に、もし、ゾンビの格好をした人が走っていたとして、『ゾンビを見た』なん言うでしょうか? おそらく『ゾンビの格好をした人を見た』と言うはずです。犯人は、ゾンビに変装していたんじゃないんですよ」


「では、なぜホンダ氏と杏奈ちゃんは、『ゾンビを見た』と証言しているのでしょうか?」


 雪平警部補は、人差し指を立てた。「ゾンビのいない時代に『ゾンビを見た』と言う人がいて、一方で、ゾンビが駆け込んだトイレを同時刻に利用していた人が『ゾンビなんて知らない』と言っている。そして、緋山先生の言う、『ゾンビはシリアにいる』という情報。これらを総合して導き出される答えは――」


 ゴクリ。息を飲む私。


 雪平警部補は大きく息を吐き出して言葉を継いだ。「――ゾンビというのは、人の名前なんです」


「…………」


「…………」


「……はい?」


「……ですから、この資料に書かれてあるゾンビというのは、死んでるのに動き回るあのゾンビではなく、犯人の名前なんですよ」


「…………」


「…………」


「……ゾンビなんて名前の人が、存在しますかね?」


「分かりませんが、中東辺りでは、ワリと一般的なのかもしれません」


「まあ、仮にそうだとして、犯人の名前がゾンビだと、どうなります?」


「つまりですね、『ゾンビを見た』と証言している人は、犯人と顔見知りで、『ゾンビなんて知らない』と証言している人は、犯人と面識はないということです」


 そう言えば、証言の6と7、荻原公園(資料では萩原公園と誤記)のトイレを利用した人は、『ゾンビなんて見ていない』ではなく、『ゾンビなんて知らない』、と言っているな。これは、そんな名前の人は知らないってことだったのか。


「そして――」雪平警部補は、この事件をゾンビ対策課に押し付けた特命捜査対策室の刑事を見た。「あなたはこの資料を見て、ゾンビという文字が出てきているので、最後まで読まずにゾンビ対策課に回した。その際、資料の一部が抜け落ちていませんか? 監察医の緋山先生から、ゾンビという人は、今、シリアにいるって聞きましたけど?」


「……す、すぐに確認します!」


 担当刑事は慌てて資料室の方へ飛んで行き、五分ほどで戻ってきた。


「おっしゃる通りでした。この資料をお渡しするとき、最後の一枚が、抜け落ちてしまっていたようです」


 担当刑事はペコペコと頭を下げながら、捜査資料の最後の一枚を差し出してきた。


 その資料によると、事件発生から一週間後、捜査本部は被害者の水沼久美子氏と同じ大学に通っていた、シリアからの留学生ゾン・ビ氏を、犯人と断定したようだ。動機は、痴情のもつれだそうである。さっそくゾンビ氏の逮捕に踏み切ろうとしたが、問題が起こった。ゾン・ビ氏は、事件発生直後に母国シリアに帰国していたのである。捜査本部は、国際刑事警察機構・通称インターポールを通じて、シリア警察にゾン・ビ氏の逮捕と身柄の引き渡しを要請した。しかし、当時シリアは激しい内戦状態にあり、警察機構はほとんど機能しておらず、なんの回答も得られなかった。内戦は七年経った今も続いており、シリア警察からの回答は、まだ得られていない。ゾン・ビ氏の逮捕は、絶望的だとのことである。


 雪平警部補は平謝りする担当刑事に散々文句を言い、特命捜査対策室を後にした。


「――まったく。貴重な時間を無駄にしましたよ」まだ怒りの治まらない雪平警部補。「ゾン・ビという人の名前をゾンビと勘違いして、しかも、一番重要な資料を紛失した状態で、あたしたちゾンビ対策課に押し付けるなんて、ホント、ヒドイ話ですね」


「そうですね。本当に、ヒドイ話ですよ」


「まったく、ヒドイ話です」


「ええ。ヒドイ話です」







      (第二話 叙述トリック・オブ・ザ・デッド 終わり)








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