第四話 見立て殺人・オブ・ザ・デッド 2
『見立て殺人』とは、古い童謡や物語、言い伝えなどに沿って殺人が行われることで、推理小説や映画でよく見られる手法である。その歴史は古く、一九二九年に発表された『僧正殺人事件』という作品が、推理小説初の見立て殺人と言われている。しかし、このテの作品で恐らく最も有名なのが、ミステリーの女王と呼ばれるアガサ・クスリティの『そして誰もいなくなった』だろう。この作品では、孤島の洋館に集まった十人の人々が、マザー・グースの詩の一節に沿って次々と殺されるというもので、筋書き通りに殺されていくという展開が多くの推理小説マニアを虜にした傑作である。
……という、いつもの雪平警部補の長い推理小説語りを適当なところで遮り、私は本間氏に話の続きを促した。
「夕食は七時からだと、執事が言った。それまでは館内で自由にして構わないが、館の外はゾンビが多いので、決して外に出ないように、と、クギを刺された。俺は少し疲れていたので、部屋で休ませてもらった」
その後、本間氏は七時前に起き、ロビーに降りて行くと、他の客はすでに集まっていた。メイドに連れられ、食堂へ向かう。用意された豪華な酒と料理を食べながら、しばらく談笑したという。
そして、九時を過ぎ、そろそろお開きかという時に、突然、部屋の照明が切れた。山奥で月明かりの届かない館は真っ暗になった。何が起こったのか分からずみんなでオロオロしていると、部屋に、謎の声が響き渡ったという。
「すばらしいです。セオリー通りの展開ですね」雪平警部補が嬉しそうに言った。「『そして誰もいなくなった』では、その謎の声が、館に集まった人たちの過去の罪を暴いたんですよ」
「ここで起こったのも、同じような感じだ」本間氏が忌々しそうに言った。「俺と、他の招待客、そして、執事とメイド、一人一人の名前を呼び、過去にどんな罪を犯したか挙げて行った。それが終わった後、照明が点いた。後で部屋を探したら、テーブルの下に古いテープレコーダーがあって、声はそれから流されたものだった。今も食堂にあるはずだから、実際に聞いてみるといい」
と、いうことなので、私たちは本間氏の部屋から一階の食堂へ移動した。一度に二十人は食事ができるであろう大きなテーブルが真ん中に置かれ、その隅に、小さなテープレコーダーが置かれてあった。私は再生ボタンを押した。しばらくして、機械の合成音のような声が流れた。
《皆様、ようこそ当館へお越しくださいました。心ばかりの料理とお酒、楽しんでいただけましたでしょうか?
さて、皆様は厳選なる抽選によって選ばれた方ということになっていますが、実は、そうではありません。ここにいらっしゃる皆様は、過去に何らかの罪を犯したにもかかわらず、正当な裁きを受けることの無かった方たちなのです。
まず、元自衛官の本間和彦さん。あなたは、後輩の自衛官に暴行および恐喝を行い、自殺に追い込みました。
続いて、医師の野崎誠一さん。あなたは、手術ミスによって患者を死に追いやり、そのことを隠蔽しました。
主婦の橋本由美子さん。あなたは信仰しているカルト教団体の教えを広め、教団の詐欺行為に加担しました。
橋本由美子さんの娘、橋本朱美ちゃん。君は、小学校のクラスメイトに対するいじめに加担しました。
警備員の松坂洋介さん。あなたは、かつて勤めていた建築会社で、同僚を事故に見せかけて殺害しました。
家庭教師の木崎理恵さん。あなたは、松坂洋介さんの罪を隠すため、警察に嘘の証言をしました。
執事の吉沢利彦さん。あなたは、十年前の母親の死に責任があります。
メイドの吉沢恵里香さん。あなたは、兄の吉沢利彦さんと同様に、十年前の母親の死に責任があります。
以上の罪により、あなたたちは、今宵、神による裁きを受けることとなるでしょう》
テープは、そこで終わった。私は停止ボタンを押した。
「館に集まった八人が、法で裁かれることの無かった罪を犯している……」雪平警部補はあごに手を当てた。「これも、『そして誰もいなくなった』と、同じですね」
「罪を犯した? 冗談じゃない」本間氏が、外国人のような大げさな仕草で両手を上げる。「俺は、自衛隊で後輩を自殺に追い込んだりなんてしてないぜ」
「ふむ、そうですか……他の方は、どんな様子でした?」
「同じさ。みんな、そんな罪に心当たりはないと言っていた。まあ、口ではそう言っていたが、何人かは、心当たりがありそうな顔をしていたがな」
雪平警部補は、駐在員の制服警官を呼んだ。「すみません。無線で本署に今のことを伝えて、ツアー参加者の過去にそういったことがあったかどうか、調べてもらってください。ついでに、怨恨、恋愛、金銭に関するトラブルのことも」
怨恨、恋愛、金銭。殺人の動機は大体この三つに分類されるため、殺人事件はこれらの方面から調べるのが常套手段とされている。まあ、中には非常に歪んだ動機や、動機なき殺人もあるのだが。
「かしこまりました」制服警官は敬礼をし、部屋を出て行った。
「本間さん。続きをお願いします」
雪平警部補に促され、本間氏は続きを話し始めた。
「声が止み、しばらくすると電気が点いた。みんな、かんかんに怒ってな。執事とメイドに詰め寄ったが、二人は何も知らないとのことだった。二人ともアルバイトとして一晩だけ雇われただけで、洋館の主には会ってもいないそうだ。バイトの面接は書類選考のみで、仕事の内容も、全て手紙やメールなどで指示されていたらしい。まあ、あのテープの内容によると、執事とメイドも罪を犯してここに集められたらしいから、あり得ることだと、俺は思った。しかし、医者の野崎が納得せず、かなり激しく詰め寄り、言い争いになってた。その時、子供が発見したんだ。テーブルの上の、それを」
本間氏はテーブルを指さした。中央に、陶器でできた十センチほどの大きさのゾンビの人形が一体置かれてあった。
「――今は一体だけだが、最初は八体あったんだ。館に集まった人数分。つまり――」
「誰かが殺されるたび、一体ずつ減っていったんですね」
雪平警部補の言葉に、本間氏は無言で頷いた。
私たちは、話の続きを聞く。
医者の野崎氏はしつこく執事とメイドに詰め寄ったが、二人は何も知らないと繰り返すばかりだった。らちが明かないので、警備員の松坂氏の提案で、みんなで手分けして館の中を探してみることになった。メイドと執事が何も知らないなら、パーティーを主催したアン・ブレラ氏が、館のどこかに隠れている可能性が高い。
しかし、一時間ほど、館を隅から隅まで探したが、八人以外の人物はいなかった。さらに、言うまでもないが、館内には秘密の抜け道や隠し部屋などは存在しなかった。
再び全員で食堂に集まった。他に誰もいないので、やはり執事とメイドが怪しい、と言って、医者の野崎氏が再び二人に詰め寄り、それを本間氏たちが止める。
その時、執事の利彦氏が、窓の外に人影を見た、と言った。
すぐに本間氏も窓を確認したが、誰もいない。本間氏が「ゾンビではないのか?」と訊くと、利彦氏は「こちらに気付くと走り去っていったからゾンビではない」と応えた。
謎の人物は館の外に身を潜めているのかもしれない。そう思い、本間氏たちは館の外を調べてみることにした。外はゾンビがいるので、男性のみで外に出ることになった。
暖炉の火掻き棒やハットスタンドなど、館内にある物で武装し、懐中電灯を持って、本間氏たちは庭に出た。この洋館は南向きに建っている。庭の西側を本間氏と医者の野崎氏が、東側を、警備員の松坂氏と執事の利彦氏が調べることになった。
五分ほど調べていると、医者の野崎氏が、トイレに行ってくると、館へ戻った。野崎氏は数分で戻って来て、ふたたび捜索をはじめた。さらに五分ほど調べていると、館の東側から、男性の悲鳴が聞こえてきた。本間氏と野崎氏が駆けつけると、執事の利彦氏が倒れていた。頭から血が流れている。松坂氏の話によると、突然襲い掛かって来たゾンビともみ合いになり、倒れた拍子に地面の大きな石に頭を打ちつけたという。医者の野崎氏が利彦氏の容体を調べ、首を振った。即死だったようだ。
「――八人の日本人、墓参りに出かけた。一人が墓石に頭を打ちつけ、七人になった」
雪平警部補が、部屋の額縁に飾られていた詩の一番をつぶやいた。
「館の東側は、確かに墓地のようになっていたな。誰の墓かは知らないが」本間氏が言った。
つまり、詩の通りの事件が起こったことになる
本間氏は話を続ける。死んだ利彦氏と一緒に行動していた松坂氏の話によると、利彦氏ともみ合いになったゾンビは、そのままどこかに行ってしまったらしい。本間氏は周囲を探したが、ゾンビの数が多く、また、暗いため、特定をすることができなかった。三人は、仕方なく館に戻った。
本間氏たちが庭を調べている間、主婦の橋本氏とその娘朱美ちゃんと家庭教師の木崎氏は、一緒に木崎氏の部屋にいたという。メイドで死んだ利彦氏の妹・恵里香氏は、食堂奥の厨房で、食事の後片付けをしていたらしい。
再びみんな食堂に集まり、本間氏は外での出来事を告げた。女性たちはショックを受け、特に妹の恵里香氏は、ショックで気を失ってしまったそうだ。
これからどうするかを話し合っていると、子供がテーブルの上を指さした。
八体あったはずのゾンビの人形が、七体になっていた。
テープの声はイタズラではない、本当に、自分たちを殺そうとしているのでは? 家庭教師の木崎氏が怯えながら言った。そう言えば、利彦氏を襲ったゾンビが、何もせずに立ち去ったのはおかしい。ゾンビは、生きている人と、ゾンビになる前の死にたての死体は、必ず食べる。死体をそのままにして立ち去ったからには、それはゾンビではなかったのだ。誰かがゾンビに変装し、利彦氏を殺したのだろう。
こんな所にはいられない、と、松坂氏は木崎氏を連れ、荷物をまとめて館の外に出た。二人は車に乗り込み、エンジンをかけた。その瞬間、車は爆発し、炎上。火の手が強く、また、ゾンビが集まって来たので、本間氏たちにはどうすることもできなかった。
食堂に戻ると、ゾンビの人形が二体消え、五体になっていた。
ここで、本間氏が気付いた。
執事の利彦氏は、墓地で頭を打って死亡。警備員の松坂氏と、家庭教師の木崎氏は、車が爆発して死亡。
部屋に飾られてある詩の通りに殺害されている。
本間氏は警察に連絡しようとした。しかし、山奥の為携帯電話は繋がらず、館の電話も、犯人が電話線を切断したのか、同様だった。車は他に三台あるが、松坂氏の車と同じ爆破する仕掛けがされているかもしれない。外は暗く、ゾンビが多いから、歩いて山を下りるのは危険だ。五人は、館に閉じ込められてしまった。
動揺する女性たちに、本間氏は言った。夜が明けたらみんなで山を下りよう。それまでは、みんな集まって行動した方がいい。それなら犯人は簡単には手を出せないし、仮に襲って来たとしても、自分は元自衛官で身体を鍛えているので、簡単に迎撃できる。
しかし、医者の野崎氏が反対した。食事の後、全員で館中を探したが、自分たちの他には誰もいなかった。犯人は、この五人中にいるのではないのか? そうなると、自分は犯人ではないし、女性や子供に人を殺せるとは思えない。つまり、一番怪しいのは本間氏だ、と言うのだ。
本間氏は否定したが、野崎氏は受け入れなかった。しばらく言い合いになったが、やがて野崎氏は、殺人鬼なんかと一緒にいられるか、と、一人で部屋に閉じこもってしまった。いわゆる、死亡フラグである。
本間氏は橋本氏と話し合い、結局それぞれの部屋で夜明けを待つことにした。部屋にしっかりと鍵をかけておけば安全だろう。本間氏は、意識を取り戻したメイドの恵里香氏と共に屋敷中の出入口にしっかりと鍵をかけ、それぞれの部屋に戻った。
本間氏は二時間ほど部屋で起きていた。深夜〇時過ぎ、館の様子が気になったので、異変が無いか見回りをすることにした。ロビーから食堂に行くと、メイドの恵里香氏がいた。橋本氏の娘の朱美ちゃんが熱を出したそうなので、薬が無いか降りてきたのだそうだ。一応、医者の野崎氏に診てもらおうと扉越しに声をかけてみたのだが、相手にされなかったという。
本間氏は恵里香氏と一緒に薬を探したが、見つからなかった。
その時、館内に銃声が鳴り響いた。
二階からのようだった。二人は、慌てて階段を上がる。まず橋本氏の部屋を確認し、由美子氏と朱美ちゃんの無事を確認した。野崎氏は姿を見せなかった。本間氏は女性たちを部屋に戻らせ、一人、野崎氏の部屋に向かった。鍵はかかっていなかった。部屋の中で、野崎氏は胸を撃たれて死んでいた。その側に拳銃が落ちていた。
本間氏は、壁に掛けられた額縁を見た。
――五人の日本人、ケンカになった。一人が銃で撃たれ、四人になった。
これで、四人の人間が、詩の通りに殺されたことになる。
死んだ野崎氏がゾンビになる恐れがあるので、本間氏は野崎氏の死体を玄関から館の外に出した。二階に戻る前に食堂を確認すると、やはり、ゾンビの人形が一体消えていた。
二階に戻った本間氏は、まず、メイドの恵里香氏にいきさつを説明し、続いて、橋本氏に説明しようとした。しかし、部屋は鍵がかけられてあり、どんなに呼びかけても返事が無い。
本間氏は、詩の四番と五番の歌詞を思い出した。
――四人の日本人、子供を助けようとした。一人がゾンビになり、三人になった。三人の日本人、子供を助けようとした。一人が胸を刺され、二人になった。
恵里香氏は、朱美ちゃんが熱を出したと言っていた。もしかしたらそれは、ゾンビ化が始まっているのではないだろうか? 人は、ゾンビに咬まれるか死ぬかしない限りゾンビになることはない。しかし、相手は子供だ。少し目を離したスキに外に出て、ゾンビに咬まれたということは、十分にあり得る。
メイドの恵里香氏が様子を見に廊下に出て来たので、事情を説明した。恵里香氏は、兄の利彦氏が各部屋の合鍵を持っていることを思い出した。利彦氏の部屋を調べたら合鍵が見つかったので、橋本氏の部屋の鍵を開け、中に入った。
朱美ちゃんはゾンビとなっており、母親を食べていた。
母親の死体の胸には、鋭利な刃物で刺されたような跡があった。ゾンビは生前習慣化していた行動を繰り返すことがあるから、ゾンビが胸を刺すということはあり得なくはない。しかし、幼い朱美ちゃんに、そんな習慣があるとは思えなかった。誰かに胸を刺されたのだ。
朱美ちゃんが襲い掛かって来たので、本間氏は、朱美ちゃんを捕まえ、窓から外に放り出した。同じく、ゾンビ化する恐れのある橋本氏の死体も、窓の外へ捨てた。
と、メイドの恵里香氏が怯え始めた。生き残ったのは自分と本間氏のみ。自分は犯人ではないから、本間氏が犯人だ、と言うのである。
だが、その考えは本間氏も同じだった。自分は犯人ではない。ならば、この女が犯人だったということになる。
本間氏は恵里香氏を捕まえようとした。恵里香氏は逃げ出した。階段を下り、玄関を開けて外に飛び出した。
玄関の外には、大量のゾンビが待ち構えていた。恵里香氏を捕まえ、食べようとする。本間氏は恵里香氏を助けようと戦ったが、数が多く、無理だった。恵里香氏は一体のゾンビに連れ去られ、闇の中に消えた。そのゾンビは、執事の利彦氏の姿をしていた。
館に戻った本間氏は、部屋に閉じこもった。犯人が恵里香氏であれ、他の誰かであれ、一晩中起きて警戒していれば、相手は襲ってこられないだろう。本間氏には、たとえ相手が銃で武装していたとしても、素手で撃退できるほどの自信があった。
しかしその後、誰も襲って来ることはなく、やがて夜が明けた。
本間氏は館の外に出た。庭を確認したが、昨夜放り出したはずの野崎氏や橋本氏の死体は、どこにもなかった。恐らく、ゾンビになってどこかに行ったのだろう。
本間氏は山を下り、ふもとの交番に駆け込んだ。
「……以上が、昨夜この館で起こった出来事の全てだ」本間氏は、疲労を隠しきれない表情で語った。
話を聞き終えた私と雪平警部補は、顔を見合わせ、唸るしかなかった。




