第四話 見立て殺人・オブ・ザ・デッド 1
クリスマスも間近に控えた十二月の朝、蛇石倭山の麓にある駐在所に、一人の若い男が助けを求めて駆け込んだ。山の中腹にある古い洋館で、昨夜、パーティーに集まった七人の男女が何者かに襲われ、殺された、と言うのだ。現場を確認した駐在員は、無線で私たちの警察庁に状況を説明した。
通常、七人もの人が殺された事件ともなると、当然、捜査一課の出番となる。
しかし、今回の事件で出動を命じられたのは、我々ゾンビ対策課だった。
何故なら、七人が殺害されたという事件現場からは、一人の死体も発見されなかったからである――。
「――いやぁ、死体無き殺人事件、なんて、聞いただけでワクワクしてきますね、アリス巡査。犯人は、どうやって死体を隠したんでしょうか? もし死体が見つからなかった場合、目撃証言だけで殺人を立件できるのか? ああ、ウデが鳴ります」
洋館へ向かう覆面パトカーの助手席で、雪平警部補は刑事にあるまじき不謹慎なことを言う。これまで多くの事件を解決してきた雪平警部補。優秀な刑事であることは間違いないのだが、事件を推理小説やサスペンスドラマ感覚で扱うのが欠点だ。
「何を言ってるんですか。今どき死体無き殺人なんて、珍しくないですよ」私は大きくハンドルを切り、カーブを曲がった。
六年前のアウトブレイク発生以降、死体は、放っておくと二十四時間以内に動き出すようになった。通報があってから警察が駆けつけるまでの間に、死体がゾンビになってどこかへ行ってしまう、というのは、よくあることなのである。だから、こういった死体無き殺人事件には、まず我々ゾンビ対策課が駆けつけることになっているのだ。
「でも、さすがに七人もの死体が消えるっていうのは、普通じゃないですよ」と、雪平警部補。「これは、ゾンビ対策課最大の事件になる予感がします」
「そうですか? 七人も消えたなんて、私はイタズラの可能性が高いと思いますけどね」
私は、さっきとは反対の方向にハンドルを切り、カーブを曲がった。ウネウネと曲がりくねった山道を三十分ほど上り続け、ようやく問題の洋館に着いた。
「ゾンビが多いですね」雪平警部補が窓の外を見て言った。
洋館の門の前はちょっとした広場になっており、車が三台ほど停まっている。駐車場として使われているのだろう。その広場には、どこから集まったのか二十体ほどのゾンビが徘徊していた。さらに、三台の車の内一台が、事故に遭って爆破炎上したかのよう黒コゲになっていた。いったい、何があったのだろう。
車を降りる。私たちの姿を確認すると、さっそく寄ってくるゾンビたち。二十体くらいなら私一人でも倒せないこともないが、今は捜査が第一優先だ。私は防犯アラームを取り出した。ゾンビ対策課刑事の必須アイテムである。スイッチを押し、遠くへ放り投げる。ゾンビたちがアラーム音におびき寄せられるている間に、私たちは館へ向かった。
「お待ちしておりました」
鉄格子式の門の前に立つと、先に現場を確認した制服警官がやって来て、門を開けてくれた。門をくぐり庭へ入る。広い庭には噴水や花壇らしきものがあるが、水も出ていなければ花も咲いていない。手入れは行き届いていないようで、かなり荒れている。
「庭にも何体かゾンビがいますので、お気を付けください」制服警官が言った。
確かに、広い庭には数体のゾンビがフラフラとさまよっている。襲われないよう、私たちは足早に洋館の方へ走った。
木製の大きな扉の前に立つ。扉だけで見上げるほどの大きさだ。洋館はクラシックなレンガ造りで、まるでお城のようである。
「この洋館は、どういうものなんですか?」雪平警部補が駐在員に訊いた。
「今から二十年ほど前のバブル期に建てられたものです。土地やマンションの売買で大もうけしたどこかの金持ちが、この山を丸ごと買い取って、年に一度来るか来ないかの別荘にしてたという話です」
「それはまた、ずいぶんと景気のいい話ですね」感心半分呆れ半分の雪平警部補。
「はい。まあ、そういう時代だったんでしょう。しかし、バブルがはじけた後は所有者がコロコロ変わり、誰のものか分からない状態ですね。少し前に海外の資産家が買い取ったという話がありますが、本当かどうか……」
いわゆる、バブル期の遺産というヤツだろう。確かに、遠くから見るとかなり豪華な雰囲気の館だったが、こうして中に入ってみると、庭は荒れ放題、建物は苔むしており、豪華とは程遠い。恐らく地元の子供たちからは、幽霊屋敷と言われているだろう。
玄関から中に入ると、三十坪はあろうかという広いロビーだった。正面に二階へ上がる大きな階段、左右には廊下が続いており、いたるところに鎧兜や動物のはく製などが飾られてある。
階段のそばに、疲れきった表情の若い男性が立っていた。今回の事件を警察に知らせた人らしい。昨夜、この洋館で何が起こったのか。我々は、詳しい話を聞くことにした。
男性は、本間和彦三十二歳。元自衛官で、三ヶ月ほど前に除隊したそうである。
「この洋館に来たのは、プレゼントに当選したのがきっかけだ」本間氏はそう切り出した。「『ゾンビ洋館体験ツアー』だったかな? ゲーム会社が商品の宣伝のために企画したもので、ツブヤイターの宣伝用アカウントをフォローして、宣伝のつぶやきをリツブヤキすると応募できるってヤツだ」
ツブヤイターとは、百四十文字以内の短い文章を投稿するミニブログのことで、世界的に流行しているインターネットのコミュニケーションツールのひとつである。一般の人はもちろん、芸能人やスポーツ選手、政治家やゆるキャラまで、幅広く利用されている。企業が商品の宣伝に使用することも多く、本間氏の言うような、宣伝用のつぶやきを他の人に広めることでプレゼントに応募できる、という企画は多い。
しかし、ゾンビ洋館体験ツアーのプレゼントという企画は、聞いたことが無かった。私はゾンビ好きが高じてゾンビ対策課の刑事になったくらいの人間で、今でもゾンビ映画やゲームの情報はよくチェックしている。大手のメーカーがそんなキャンペーンをやれば、私が知らないはずはないのだが。
まあ、最近のゲーム市場は、家庭用ゲーム機からスマートフォンへ移行しつつある。開発がしやすいおかげか、大手企業だけでなく、中小企業や学校などのサークル、あるいは、個人でもゲームを作って販売できる時代だ。小さな企業のキャンペーンなら、私が知らなくても別に不思議ではない。
「ツアーの参加者は、俺を含めて六人」本間氏は話を続ける。「他に、洋館の従業員である執事とメイドが一人ずつの、計八人が、昨日の夕方、この洋館に集まったんだ」
「その方たちの身元は、分かりますか?」雪平警部補が訊いた。
「さあな。昨日初めて会ったばかりだから」
「警部補殿――」制服警官がノートを取り出した。「こちらに、ツアー参加者と、従業員の名簿があります」
名簿を受け取り、中を確認する。昨夜、この洋館に集まった人物は、以下のとおりである。
☆
本間和彦 三十二歳 元自衛官
野崎誠一 四十一歳 医師
橋本由美子 三十八歳 主婦
橋本朱美 十歳 小学生 橋本由美子の娘
松坂洋介 二十六歳 警備員
木崎理恵 二十四歳 家庭教師 松坂洋介の恋人
吉沢利彦 二十一歳 洋館従業員 大学生
吉沢恵里香 十九歳 洋館従業員 フリーター 吉沢利彦の妹
☆
私は、名簿の内容を細かくメモし、そして、本間氏に話の続きを促した。
この洋館の持ち主は、アン・ブレラ氏という人物で、今回のツアーを企画したのもその人らしい。しかし、本人は多忙のためこの洋館にはおらず、もてなしは、二人の従業員が行ったという。
ツアーの参加者は、まず、各々宿泊する部屋に案内されたそうだ。本間氏の部屋は、二階の東側、一番奥の部屋だったという。
「その部屋に、ある詩が書かれた額縁が飾られてあるんだが……」
「詩?」
私は雪平警部補と顔を見合わせた。詩、とは、何のことだろう?
「口で説明するより、実際に見てもらった方がいいな。こっちだ」
本間氏はロビー正面の階段を上がる。私は雪平警部補と共に後を追った。
階段を上がり、右に曲がって長い廊下を一番奥まで進むと、左手側に、本間氏が泊まったという部屋があった。中は十畳ほどの広さで、ベッドにテーブル、クローゼットが置かれてある。
「――あれがそうだ」本間氏は、クローゼットの隣の壁を指さした。額縁が飾られてあり、中には、短い文章が書かれた紙が収められている。
「……これは、何でしょうか?」額縁の前に立ち、私は本間氏に訊いた。
「この地域に古くから伝わる詩だと、執事が言っていた。他の参加客の部屋にも、同じものが飾られてるみたいだ」
「詩、ですか」うーん、と、ひとつ唸り声を入れ、私はその詩を読んだ。
八人の日本人、墓参りに出かけた。
一人が墓石に頭を打ちつけ、七人になった。
七人の日本人、ドライブに出かけた。
二人が車の爆発に巻き込まれ、五人になった。
五人の日本人、ケンカになった。
一人が銃で撃たれ、四人になった。
四人の日本人、子供を助けようとした。
一人がゾンビになり、三人になった。
三人の日本人、子供を助けようとした。
一人が胸を刺され、二人になった。
二人の日本人、ゾンビと戦った。
一人がゾンビに連れ去られ、一人になった。
一人の日本人、一人ぼっちで朝を迎えた。
そして故郷に帰り、誰もいなくなった。
どこかで聞いたような詩だな。なんだっけ? 私は記憶を探ったが、すぐには思い出せなかった。
「本間さん」雪平警部補が本間氏を見る。「ツアーに参加した人たちが、何者かに殺されたということですが?」
「ああ。刑事さんの思っている通りだ」本間氏は、大きく頷いた。「その、詩の内容通りに、みんな殺されていったんだ」
詩の内容通りに殺された? つまり、一人目は墓石に頭を打ちつけ、二人目三人目は車の爆発に巻き込まれ、三人目は銃で撃たれた……ということだろうか?
「雪平警部補。これは、まさか?」雪平警部補を見る。推理小説やドラマに疎い私でも、こういうシチュエーションには覚えがある。
「ええ、そうです」雪平警部補は、目をキラキラさせて頷いた。「これは――見立て殺人ですね」




