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菊王丸と平教経 怪談  【あなや愛しき童髪】 壇ノ浦にて

作者: 西海道真秀

己が身体を水泡がゆき、錆付いた甲冑を動かさず、聞こえる筈も無い衣擦れに久方ぶりの思考が動けばそこには覚えのある光景があり、

夢か幻かと自嘲をした。



「花は花の盛りを過ぎて、今や時は戻らんとす。


 両様の名を持てど宿命は変わらず、ただ如来の手の内にありき人の生よ。


 なれど己が記憶のままのそなたは妖であるか、仙であるか。」


光に揺れる水面の中でただ彷徨うが如く幾月幾年の時間を重ねかたは定かでは無し。


身体に巻き付く藻や幾つもの白い骨や甲冑紐も今は解け、

海月と共に惑い波に遊ばれし者と成り果ててからの白い手に絡む懐かしき指先にカタカタと鳴る骨が問えば小さな水泡と共にかの者が笑む。


童髪が水に遊ばれ伸ばした掌をすり抜けるそれを掴む術は無いと見えるが、かの者の名すら思い出せぬ、

ただ姿だけが焼きついた如く離れぬは己のおもう者であったのだろう。


かの者は小魚のすり抜ける手に手を添え、その白き頬に手をあてると軽く瞳を閉じ、桃色の唇を押し当てれば手に髪が絡まった。


かの者は口角をあげ、己の頬を撫でる指にもう一度唇を押し当て、次に腕に唇を押し当てる。


引き寄せられるまま肩、胸、腹、足と唇を寄せ、まざまざと蘇る錦の装束のまま強く抱けば頬に当たる唇。



こめかみ、額、旋毛に唇が触れればもうかの者はかの者ではなく、

こみ上げる言の葉を待ち焦がれ唇と唇が重なれば水泡が弾ける音がした。



「菊王丸。」


己が何者か、平氏一門が能登守であり、かの者は己が小姓である。


瞼に押し付けられた唇でようやっと艶やかな色彩が目に入ればそこには真っ青な色の菊王丸が在りし日のままで腕の中におり、

切る事を最後まで許さなかった童髪に唇を押し当て、青ざめた頬を掌に収めて温めれば、春の宵の杯に落ちた花びらの如く頬が染まった。


「己が命はとうに果て、なれど己が命も全ては能登守様が為にありし。

 

 遅参なれど今一度逢えんと思えばお許し願いたく。


 願わくば今一度我が主の元にて散るが本望。」


水泡が菊王丸の涙のように上へとあがってゆく。


「その言葉が誠なれば今一度唇をよせ給へ。」


髪を撫で、告げた甘さに涙を流し、菊王丸は乞われるまま唇を寄せれば一面に宵の風が吹きすぎた。


たゆたう水面の奥底の、ただただ朽ち行くを待つ寒気は既に無く、遠くに聞こえる青山と青葉の音に舞う紅梅。


思えば先刻水面の中で感じた菊王丸の温かさにも似た懐かしさに思わず立ち上がればことりとへいじが倒れ、それを白い手が戻す。


「教経様。」


空いたへいじを横にやり、新しいへいじを手に持ち、空いた杯にささが注がれその上に紅梅が散る。


懐かしくも狂おしい六波羅の夜の月を見上げ、教経は皆が揃うたのかと問えば、黙って頷く菊王丸に海月に似た揺れる月を指してわらう。



「見よ、波の下にも都はありき。」


遠くの樂弦が狂おしく鳴った。









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