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一二月二五日、新月。
夜空には月の姿こそないものの、美しく瞬く光のつぶが無数に散りばめられた星空が広がっている。
ホワイトクリスマスにならなくて残念だったな、世のリア充ども! と呪詛をぶちまけるほどには非リア充な俺だった。
まあ雪が降ろうが降るまいがイベントはイベント。世間は昨日に引き続きクリスマスムード一色の夜、色気とは無縁の俺は約束通り見鬼の元を訪れていた。
今日は仕事抜きの日なので夕方頃から人社に出向いて、目の見えない見鬼の手を引きながら境内を散歩したり部屋で適当にくっちゃべったりして過ごした。
夕食に誘われたので断る理由もなくご馳走になることにした。純和風のお宅らしく、夕食は当然西洋かぶれの料理やケーキなどではなく、高級感漂う懐石のコースだった。
夕餉の席で見鬼はいつもの狩衣姿になぜかクリスマスカラーの三角帽子をかぶっていた。給仕に勤しむ巫女さんたちも、たぶん見鬼の命令で色違いの三角帽子をつけていたが、つっこんだら負けだと思っていたので無視した。
夕食をご馳走になった後で風呂をいただき(もちろん一人で入った)、湯上がりに脳内棋盤のガキ相手に将棋でボコボコに連敗し、今は昭和臭漂うレトロな火鉢を囲みながらまったりとしているところだ。
巫女さんが用意してくれた甘酒が体の芯から温まる。普段ロクでもない一人暮らし生活をしてる身にとっては至れり尽くせりの待遇なのだった。
見鬼はもう飽きたのか三角帽子をかぶっていない。よし、勝った。
ようやく一矢報いたと心の中でガッツポーズを取っていると、ジーパンにつっこんだままの携帯が短く振動した。
メールの差出人は、末原むつみだった。
『ぜんぱい……ざみしいです。いっしょにあたため愛ませんか? 人写研のクリスマス会に参加中ですけど、いつでも抜け出す準備はおっけーです!』
無視しようと思ったが、添付ファイルがついていた。
『むっちゃんサンタ』という邪悪なファイル名だけであらかた予想がついたので見ずに削除しようかと思ったが、好奇心もあってつい開いてしまった。
予想通りの肩まで露出したサンタコス、ミニスカ。てへぺろ☆のポーズを決めてもう片手でスカートの裾を持ち上げ、赤と白のストライプがちらっと覗いている。……アホだ。
「誰からメール?」
「大学の後輩。アホなやつだが、まあ俺にとっちゃ数少ない友達みたいなもんだ」
「えっ、風間さんて友達いたの?」
心の底から意外そうな声をあげる見鬼。
「……おまえ本当は俺のこと嫌いだろ?」
「好きか嫌いかで言ったら、愛してるかな」
「痛いわ!」
とそのまましょうもない世間話的なものからお約束のホモォ的なボケツッコミを経て、グダグダと話しているうちに話題は自然と先日解決したばかりの事件へとシフトした。
「士堂拓真と鎧神か。そこそこ手強かったみたいだけど、ひとまず無事に解決してよかったね」
「べつによくねーよ……こっちは何度も死にかけたんだぞ」
「ぼくの老婆心が役に立ったでしょ? お礼にきもちいいことしようよ?」
「人の話を聞け!」
元はといえばこいつが聞きかじった噂話を俺に聞かせたことから始まったのだから、礼どころか賠償を請求したいくらいだ。俺はそもそも半強制的に〝D〟を狩る仕事を手伝わされてるだけで、できれば関わりたくないってのが本音なのだから。
まあ見鬼の情報網が馬鹿にできないのは事実で、こいつは俺が事件の顛末を話すまでもなく、すでに粗方の事情に通じていた。いったいどこから仕入れてくるのか謎だが、本当に地獄耳な奴だ。
「しかし士堂がなんであんなまどろっこしい方法を選んだのかは、いまだによくわかんねーな」
「どういうこと?」
「ほら、わざわざ相手に質問してただろ。『我と立ち会う度胸はあるか?』だっけ。そんなことせずに、問答無用で襲いかかればよかったんじゃねーの?」
何ヶ月もただ質問するだけで去っていったせいで鎧武者の幽霊なんて妙な噂話になり、士堂は結局、俺たち以外まともに試合することもできなかった。結果だけ見れば何がしたかったのかよくわからない。
まあ〝D〟の考えることなんて理解できなくて当たり前かもしれないが。
「誰でも彼でも襲ったりしたらただの辻斬りだよ。それは試合じゃない。鎧神と士堂琢真の人格は別個に存在したみたいだけど、ルールに関しては互いに了解し合っていたんだ。鎧神もそこらの付喪神より神格が上の分、がっついてないっていうかさ」
そんなものなのだろうか。イカレた戦闘狂が変にルールを徹底していることが俺には理解しがたく感じられたのだが、見鬼からすればそれは不思議でもなんでもないらしい。
「ただAの逃亡に関しては許されざる行為だった。自分たちの抱えるもっとも強い慚愧は『試合ができなかった』ことだから。相手が逃げても『試合ができなくなる』もんね。ゆえに逃亡は彼らにとって絶対の禁忌だったんだよ。代償としてAは切腹というむごい方法で殺された。まあちゃんと立ち合っていたところで、真っ二つにされていたと思うけど」
鎧神――士堂の問いにYESと答えた時点で、逃げようと立ち向かおうとその先には死しかなかったわけだ。ここでもルールとやらは絶対のものとして存在しており、俺は苦いものを飲み下したような気分になる。
見鬼はこちらのことなどお構いなしでマイペースに話を続けた。
「そういえばさ、その後、鎧神たちはどうなったか聞いてる?」
俺は畳の上にだらしなく横になったまま「んー? 知らね」とそっけなく返した。
「興味ないの? 事件が解決したら後は知ったこっちゃないって?」
「当たり前だろ。後のことは医者とか研究者の仕事だもんよ」
「そうじゃなくてさ、試合への妄執に取り憑かれてたわけでしょ。最後に風間さんに負けたことで一時的な充足感は得られたと思うけど、本当は勝利したかったと思うんだ。このまま諦めると思う?」
「……奴が俺への復讐を誓ってると脅かしたいわけか?」
「それもあるけど、もっと単純にさ。鎧神はまだまだ戦闘を望んでるって意味」
「特別医療棟に入院させられるんだから、そんなん望んだってどうなるわけでもねーだろ」
「そうかな? あくまで風の噂だけどね。彼女、最近けっこう研究所に協力的だって聞くよ」
は……? 俺は目をぱちくりとさせて見鬼を見やる。
見鬼は口許にニヤニヤ笑いをへばりつけながら言った。
「以前のミズチみたいに脱走を企てたり、暴れて手がつけられないような連中を統率、管理するのに利用できるって考えた人たちがいるみたい。抑止力的な意味でね。鎧神が反抗的で手に負えない時は、もしかしたら彼女に躾けてもらうことになるかもね?」
「抑止力どころの話じゃないだろそれ……」
だいたいそんな馬鹿げたことを玲子ちゃんが認めるわけがないし、噂どころか妄想の域だ。
見鬼はけれど、妄想にしてはやけに自信に満ちた口ぶりで続けた。
「風間さんは知らないことだろうけど、研究所内にも人間たちの派閥があるのは事実だよ。これまでは国木田博士を中心とする穏健派が幅をきかせてただけで、治療の成果が芳しくないことを理由にして彼女を追いやろうとする革新派勢力が力をつけつつある。彼らの推す抑止力の話はすでに準備段階で、国木田博士たちは今後反対を押し切れなくなる可能性は充分にあるよ」
本当か嘘かはわからないが、考えたらゾッとしない話だった。
まあ情報の出所も信憑性も不明な段階でびびってもしょうがないか。そもそも俺がそれを知ったところで何がどうなるって話でもなかった。妹が絡んでいるならなおさら関わりたくもない。
……もしも本当にそんなことになったとしたら、嫌でも関わらざるを得ない気もするが、考えたら頭が痛くなりそうだったので何も聞かなかったことにしておこう。うん。
俺、何も知らないよ?




