表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/50

1-2

「!? !? !?」

 驚愕の展開に俺は目を見開いた。

 紗羅さんは無我夢中でえさにむしゃぶりつく獣のように、その口唇で、吐息で、舌で、容赦なく俺を蹂躙じゅうりんした。

 俺はすぐにその異常に気がついた。それはけして俺の思っていたような色事めいた行為ではなかった。

 力が吸い取られる――普段意識しない体の奥にあったものまでが無理矢理引きずり出され、口から体外へ放出されていくような感覚。それはまるで暴力じみていた。

 紗羅さんは止まらない。舌を絡め、なぶり、ねぶり、啜り――すべてを貪り尽くすように俺から奪い取っていく。

 頭が真っ白になり、俺は抵抗することすらできずに一方的にされるがままだった。それはひどく背徳的で残酷な行為だったにも関わらず、一種異様な快楽をともなった。

 エナジードレインという名の長い接吻は、始まりと同じように唐突に終わりを告げた。

 紗羅さんがようやく俺から口を離した。透明な糸となって二人の口を結ぶ体液がどちらのものなのかもわからない。ぼうと放心したように虚空を見つめるその肌につやが戻り、先ほどまでの憔悴が嘘だったように恍惚こうこつとした表情で満足げな吐息を洩らす。

 一方で俺の方は……べつにどうってことはなかった。えらく大量に何かを吸い取られたような気がしたが、ほんの少し気怠けだるさのようなものは感じたものの、妙に体が軽くなってむしろすっきりしたほどだ。終わってみればマッサージの時間が過ぎてしまったような物足りなさすら感じた。

「えっと……紗羅さん、もう大丈夫なんですか?」

 もう一回ちゅーしてくれませんか、とは言えなかった。

 俺の腹の上に馬乗りになっていた紗羅さんがハッとしたようにこちらを見て、急激に怒りの表情に変わったかと思うとボディブローを打ち出した。ぐえっ、とたまらず悶絶する俺から逃げるように距離をとると、耳まで真っ赤になりながら怒鳴り散らす。

「い、いいいい、いい、今起こったことは忘れろ! いいな、忘れろっ!! 命令だぞっ!!」

 ……なにこれ? もしかして照れてるの? そういうキャラだっけこの人?

 傍目にも暴走しまくっている紗羅さんは今度は玲子ちゃんにくってかかった。

「は、博士っ!! どうしてこんなことを! ひ、ひどいっ! いつもなら玲子が私に――」

「やだよ、あんな状態の紗羅ちゃんに吸われちゃったらボクだったら足腰立たなくなるもん」

 と玲子ちゃんは悪びれたふうもなく肩をすくめた後、ジト目になって紗羅さんの批難の視線を弾き返した。

「たまにエナジードレインされること自体は悪くないんだけどね。体内の老廃物とか悪いものも紗羅ちゃんが吸い取ってくれるからお肌の調子もよくなるし。でも紗羅ちゃんてちょっと偏食すぎるじゃん。ずっと前から注意してたのにボクにばっかり依存してる紗羅ちゃんが悪いんだからね?」

「う……。そ、それはだって……!!」

「だってじゃない。わざわざ極限状態を作り出してむりやり一郎くんとくっつけてあげたんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだよ」

 そのやり取りを見て俺はなんとなく理解するに至った。

 後から聞いた話も混じるが、紗羅さんは以前話していたように『呪い』のせいで、生命エネルギーを外部から補給しないと常に若返り続けてしまう体らしいのだ。彼女の見た目と実年齢に大きな隔たりがあるのはその所為せいだった。

 彼女にとっては普通の人間にとってマイナスとなるようなものでも貴重な栄養源となる。そしてそれは今のように経口から直接いただくのがもっとも効率いいのだが、紗羅さんは玲子ちゃん以外からのエナジードレインを頑なに拒み続けていたらしい。栄養の提供者をたった一人に絶対的に依存しているという状況は以前から問題視されており、玲子ちゃんはそれを打開するために強硬手段に出た、ということだった。

「まあこれでちょっとは安心かな。これからは一郎くんとボクが交代で提供者になればいいもんね、肩の荷が下りた気分だよ」

 てことは俺、定期的に紗羅さんとさっきみたいなことしていいわけ? しかもお医者さん公認とかすげー役得じゃないこれ?

 紗羅さんは悔しそうな顔でこちらを睨みつけていたが、玲子ちゃんの手前、文句を言うこともできないようだった。

「紗羅ちゃんもそんな顔しないでよ。もう事後なんだから、一回するも千回するも同じでしょ?」

 それはさすがに桁が跳びすぎだと思った。普段は優しい顔してるくせに玲子ちゃんも意外とパネェ人だな……。

「でもなんで紗羅さんて玲子ちゃんだけオッケーだったんですか? 何か理由があるとか」

 血液型とか年齢とか何か相性的なもの? と考えたところで玲子ちゃんが肩をすくめながらかぶりを振った。

「ただのわがままだよ。提供者には特殊な制限はないし、さすがに重病人や子供はまずいだろうけど、それを差し引いても紗羅ちゃんの潔癖っぷりは頭の痛い問題だったんだ。刷り込み(インプリンティング)的に最初の相手であるボクとはちゅーできたけど、他の人は怖かったみたい。じつは友達としてもけっこう心配してたんだよね。だって、いい歳こいて男嫌いとかちょっと痛いじゃん?」

「……余計なお世話です。というか玲子、個人的な話はしないで」

 自分こそ今日は玲子ちゃんの呼び方が一定していない紗羅さんである。研究所ここでは玲子ちゃんの方が上司っぽいけど、この二人ってプライベートでも付き合いあったんだ?

「でもさっきの見てたらちょっとけちゃったな。二人とも夢中でずっとちゅーしてるんだもん。紗羅ちゃんもボクとする時より気持ちよさそうだったよね? えっちぃ顔してた」

「そんなことありません! し、仕方なくです! そうでなければ誰がこんな奴と……!!」

 赤面しながら声を荒げる紗羅さんを無視して、玲子ちゃんは強引に話をまとめに入った。

「それじゃ二人の絆も深まったところで、紗羅ちゃんにお願いしとくね。一郎くんが退院したら次の現場から一緒に連れてってあげて。それとちょくちょく連絡も取り合って、週一くらいで定時報告をお願いね」

 ……んんん? なんかおかしくない?

 話の雲行きが怪しくなってきたことに気づいたのは俺だけでなく、紗羅さんもまた困惑気味に口を開いた。

「博士……こいつを外に出すことには反対したはずです。それだけでなく現場に同行させろとはどういうことですか? 承伏致しかねます」

「もう決定したことだから反対したってムダだよ。誰かさんが謹慎中に決まったことだけどね。後から文句ゆったってダメに決まってるじゃん」

「…………」

 ギリッと歯軋りの音が聞こえた。こ、怖ぇ……こっちに飛び火しなけりゃいいけど。

「それにこれはけして無茶でも意地悪でもないんだよ。魅麻ちゃんの件でわかったように、一郎くんは対〝D〟戦において貴重な戦力になりうる。銃でいくら撃っても効かない〝D〟を無力化できるなんて、現場にとっては願ってもないでしょ。紗羅ちゃんにとっても一郎くんが相棒になることはけして悪い話じゃないと思うけどな? エナジードレイン用のお弁当にもなるわけだしさ」

 リスクを冒しても余りあるメリットとはそのことだったらしい。まあそこに俺自身の意向は微塵も反映されてないんですけどね!

「ま、待って下さいって! そんな話聞いてませんよ! 化け物と戦うなんて絶対に嫌ですからね!?」

 玲子ちゃんは俺がそう言い出すことすら予想済だったらしい。余裕の笑みを浮かべてふっと鼻で笑った。

「三つめの条件が『紗羅ちゃんたちD対策課に積極的に協力すること』だったんだけど、拒否するならべつにいいよ。退院の話はなかったことにして、特別医療棟の七奈ちゃんの隣の部屋を至急用意させるから」

「うゎあああああッ!? そ、それって脅迫じゃないですかっ!」

「そうだよ? ボクのこと甘く見てるとヤケドしちゃうんだからね?」

 玲子ちゃんは妙に魅力的な微笑を浮かべて軽くウィンクして見せた。

 ……今わかった。表面的に怖いのは紗羅さんの方に軍配が上がるものの、その紗羅さんをして反論の余地なくやりこめて、優しいところを見せてくれたかと思えば躊躇なく脅迫まがいの要求を突きつけてくる玲子ちゃんの方が真の意味で恐怖だ。

「やります。なんか急にやる気が出てきました……」

「よかったー。ほら、一郎くんはやってくれるって。紗羅ちゃんもそれでいいよね?」

「……良い悪いで言えば最悪ですが、了解です。一つだけ個人的なことを言わせてもらえれば、『おぼえときなさいよ玲子』――以上です」

「あはは。今度お酒奢ったげるよ。そーだ、一郎くんも一緒にどう? いつも飲みに行っても女二人だけだからつまんないんだよねー」

「それは断固拒否します。おい風間、オフの時に私たちの前に現れたら粉砕するからな」

 俺は何も言ってないのになんで憎悪剥き出しの表情で睨まれるんだろうか。これからはこの人の相棒として危険な現場も手伝わされるなんて、ちゅーの一件を合わせても割に合わねぇ……。

「さーて、それじゃ話も終わったし、紗羅ちゃんは謹慎中に溜まった仕事でも片付けてきなよ。一郎くんはボクについてきて。あっちでイイコトしよ?」

 どうやら退院前にまだ検査が残っているらしい。

 もはや逆らう気力もなく、俺は素直に従って玲子ちゃんと一緒に取調室を出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ