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こっそりトイレに立ち寄った後で外に出て、警官や救急隊員なんかが忙しなくビルに出たり入ったりするのをぼんやりと眺めていたら五分ほどで紗羅さんが戻ってきた。
彼女は愛車の前に立っていた俺を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに無表情に戻ると吐く息を白くさせながら言った。
「なんだ貴様? まだいたのか。目障りだからとっとと失せろ」
事件解決の功労者に対してひどい言い草もあったもんだ。もう慣れてるけど。
「や、せっかくこっちまで出張ってきたんで、ついでに見鬼のとこに顔出そうかと思って。よかったら紗羅さんも一緒にどうかなーと」
「断る。あの子供はムカつく」
うわ、ムカつくって言った。こっちからお願いしてアドバイザーを引き受けてもらってる相手に対してよくそこまでストレートに言えるもんだ。
まあ、ムカつくのは概ね同意だし俺も仕事じゃなければ近寄りたくもないのだけども、近くまで来ておいて顔を出さずに帰ったと知られたら後で面倒そうなので仕方なくだ。あっちの都合で忙しいならそれまでの話だし。
「以前、この私を仔猫のようだと言いやがったのだぞ。自分は文鳥か何かのつもりか? 人智を超えた力をもつのか何か知らんが、不愉快極まりない」
「紗羅さんが仔猫……」
猫耳でうにゃ~んな姿を想像しかけたところで激烈な睨みが飛んできたので慌てて打ち消した。このお方をして仔猫ちゃん扱いとは恐るべきガキである。俺がそんなこと口にしようもんなら間違いなくギアナ高地のエンジェルフォールから紐無しバンジーを強要されてるだろう。
「いらん捕り物が発生しなければ今日は非番だったというのに……だいたい貴様如きが私を誘うこと自体が分不相応にして不快だ。私が仔猫なら貴様はナメクジだ。日陰のじめじめしたところに放置された鉢植えの下から出てくるな。私は帰る。じゃあな」
非番の日に呼び出しをくらった腹いせを思いっきり俺にぶつけた後、紗羅さんは一度も振り返らずに愛車の黒のシルヴィアに乗りこみ走り去っていった。
……って、置いてけぼりかよ。せめて送ってくれればいいのに、相変わらずの極寒ブリザード女だ。まあそこがチャーミングなんだけどね!
俺は一つ嘆息して、駅と反対方向に向かう通りをとぼとぼと歩き出した。