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花冷えの底の物語



 きみを殺せない夢をみる。爪先が冷えて、感覚は遠くなっていく。胸の奥の、わたしのやわらかいところ。いとしいきみの鼻のかたち。なにもかも。すべて白く塗りつぶしてしまって。失ったのだ。

それからわたしは、かかとを忘れて。ためらいがちになってしまうのだろう。





  ー 花 冷 え の 底 の 物 語 ー









 花は偽物だった。やわらかな、いのちの感触はない。ほんのすこし光沢のある、乾いた固い布のようなもので、その花はできていた。ルミアはその感触を確かめているうちに、心が冷えていくのを感じていた。指先から、自分自身も乾いていくかのようだ。


 偽物なら、いらない。


 心にぽつりと浮かんだ言葉に、何故だか泣きたくなる。触れてみなければわからないほど、精巧につくられた偽物の花。初冬に咲くはずのない花。淡い色彩。確かに、うつくしいのに。どうして本物でないと、いけないんだろう。どうして、満足できないのだろう。本物でなかったことが、どうして、こんなにも悲しい。




 愚かな感傷だ。ルミアはわかっていた。だから目を閉じる。時折のぞく、自分自身のそこはかとない脆さに、蓋をする。誰かが自分を呼んでいる。行かないと。今日はきっと、せわしない日なのだから。







 皇帝の執務室は、真白な石造りの壁の部屋で、金の刺繍が施された青い絨毯が敷かれていた。ルミアとティナが部屋に通されたときには、二人の皇子はすでに濃紺の長椅子にかけていた。皇帝は彼女たちをみると、皇子たちの向かいの長椅子にかけるよう目で合図した。皇帝らに朝の挨拶を軽くすませ腰掛けると、長椅子はやわらかな弾力をもって彼女たちを受け止めた。ルミアの隣のティナは、すこし居心地が悪そうである。おもむろに、第一皇子が口を開く。



「さて、昨日はよく眠れましたか?」



 彼女たちを気遣う言葉をかけ、柔らかく微笑む。昨日の様子と全く異なるレノバルディアの態度に、ティナは眉を潜める。ルミアは彼に応えて、微笑み、そんな彼の気遣いに礼を言った。そんな二人の様子に、ティナのひそめられた眉は、ますます戻らない。しかし、ティナのその表情は、彼女がまたしても目隠しをして前髪で顔半分を覆っているために、誰もわからないのだった。



「さっさと本題に入ろう」



 ティナが言った。皇子たちと、皇帝は頷いた。



「何が知りたい」



「黄竜の剣のこと、それから何故お前がそれを持つか、それから……」



 何故お前はアミリアの王家の瞳をもつのに、王家の者として記録がないのか、そう言おうとしてレノバルディアは口をつぐんだ。



「まぁ、そう急かすな、レノよ。姫君たち、ゆっくりでいい、教えてくれ」



 穏やかに皇帝が言ったので、ティナは深呼吸してルミアのほうをみた。ルミアからは彼女の隠された目はみえないが、彼女が言いたいことはわかっていた。だからルミアは頷いた。



「私達の住む第一大陸、呼び名は様々あるが、アミリアの古い言葉では、この大陸はアリアの地と呼ばれていた……」



 アミリアの古代人、ユタの子孫達、その他様々な民族、国家が住まう地、アリア。アリアの地は世界を創造した光の竜、黄竜が治める地として、現在まで語り継がれ、様々な伝承が各地に残っている。


 長い歴史のなかでそれらの伝承は生まれ、消え、或いは人々の都合で捻じ曲げられ、政治のため利用されることすらあった。

 何が真実で何が虚偽か。わかるものはいないだろう。また、竜神の存在をただのおとぎ話、あるいは気休めのための宗教と考える者も少なくない。




「しかし、我らの神、黄竜の存在は真」




 ティナはそう言うと、不恰好な鞘におさめられたままの黄竜の剣を取り出し、膝の上に横たえる。それを、愛おしいのか、あるいは、狂おしいのか、どちらとも判断つかぬ手つきで撫で、そしてまた語り出す。




 竜と人の戦い。この世界で唯一共通する伝承、否、人々の魂の記憶。その戦いののち黄竜は、その身を現第一大陸、アリアの地に横たえた。そして、黄竜は他の竜たちのように眠りについた、とされている。しかしその後、語られない物語があった。


 それは竜と、ひとりの少女の物語である。


 戦いに疲れた黄竜は大陸に身を横たえた折、自身の、この世界での器が朽ちようとしているのを感じていた。

 大陸中、焼け野原であった。しかし竜たちは全ての人間を滅ぼしたわけではなかった。また人間社会を復興できる程度の人口が、バラバラになった四大陸のそれぞれに残っていた。


 その人間たちの生き残り、あるひとりの少女が、横たわる黄竜の眼前で、傷つき息絶えようとしていた。

 全知を司る光の竜は、気まぐれにその少女を助けた。憐れみなど、世界を焼いた時から持ってはいなかった。ただの気まぐれだったのだ。


 しかし少女は竜に感謝し、やがて竜を心から愛するようになった。黄竜は自らの肉体が完全に朽ちて世界の一部となるまでのつかの間、精神体をヒトの男の姿に変えて、少女との生活を楽しんだ。




 竜にとっては一瞬ともいえる早さで年月は過ぎ、少女は大人の女になった。彼女は竜を世界中の何よりも愛していた。また竜自身も、弱く脆い彼女を慈しむようになり、そしていつしか愛してしまった。


 しかし竜の体はほとんど朽ちて、その精神体が目に見える形で世界に存在していられる時間も、残りわずかだった。



 ある日、竜に愛された女は、懐妊し、子を産んだ。女と同じ深い青の瞳を持つ子供だった。


 竜は言った。


『その子を連れて、大陸を南下しなさい。そして、私の体の腹の辺りで、眠りなさい。私の力を、そこに残しておく。私の体が朽ちて、山になったあとも、貴方とその子供らを守ろう』



 しかし女とその親しい者たちが大陸を南下する途中、事件が起こった。

 女は、彼女が竜神と通じていることをよく思わない者の手によって、あっけなく殺されてしまったのだ。竜神が世界を焼き、そして家族を失った者だった。竜に愛された女は、竜の腹に抱かれた地に辿りつくことなく、死んだ。黄竜はもはや消えかかり、世界に干渉する力が弱まっていたために、彼女を守ることが叶わなかった。幸い子供は善良な者の手によって、約束の地に辿りついた。愛する者の死に嘆く、竜は言った。



『せめて、愛しい子だけでも守らねばならぬ。私の愛した彼女と同じ瞳を持つ者を。私は、私の残りの力と魂の欠片を、この世に残そう。私が眠りについても、それが私の愛しい者たちを守り続けるだろう』






『そして、いつか、彼女にまた、会うのだ』
















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