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美しい生き物のふり



 眠るなら、水葬がいい。土葬は暗くあまりに寂しく、花弔いは花が惜しい。火葬はきっときみの目に灰煙が染みてしまうだろう。ならば、水葬がいい。数多の生と死が溶ける青の世界をたゆたい、永遠に堕ちていけたなら、そこはもう夜の底だろう。指先から朽ちて、海に溶けたなら、きみのためのやさしい雨になりたい。きみの眼が、なみだで溶けてしまわぬうちに。


 うつくしく生きたいと、泣くきみへ。幸福な骨になるために、生きているのではないのだから。最期には心しか残らないのだから。どうか結末は、きみの涙で、葬ってくれ。花は、惜しいから。




    ― 美 し い 生 き 物 の ふ り ―      









 世界の創造主は、光であった。すべての根源なるものから、光の竜が生まれた。光の竜が、混沌から水を生み、水の根源から、それを司る青の竜が生まれた。光の竜は、混沌から風を生み、それを司る白の竜が生まれ、世界に風をふかせた。さらに光の竜は、混沌から熱たる火と、土たる地を生み出し、赤の竜と緑の竜が生まれた。そして光と、水、風、火、地により、さまざまな命が産声をあげた。

 かつて世界はひとつの大地であった。大地は長きにわたって竜とよばれる生き物たちに支配されていた。竜たちは自然の根源なるものから生まれた。すなわち事物の根源が、光の竜と四竜たちのように、さまざまに具現化して、世界に表れた姿が竜である。

 竜は意志と知性を持ち、そしておのおので根源なるものを司る絶対的な力をもっている。すべての生きとし生けるものの頂点は竜族であった。


 やがて人を含むさまざまな生き物が生まれ栄えた。かつてあらゆる生命と竜は共存していた。


 しかし知能を発達させて竜を倒す文明をも手にし、団結した人々は、万物に命があり、神があり、竜の存在がそれらを世界にあらわしていることを、次第に忘れていった。

 竜の命は、根源を司るという、その無限性ゆえに、終わらない。しかし、傷つけられたならば体は朽ちる。竜を殺すということは、事物の根源が世にあらわれる器を殺すということであり、竜を殺しても事物自体はなくならない。しかしそれに宿り、確かにあらゆる生命と心を通わせていた、竜の魂はみえなくなる。そして世界は神を忘れていく。竜が死ぬごとに、人は世界そのものから命を与えられていることを、その恵みを、感じられなくなっていく。

 竜は人間たちを避け、姿を隠すようになった。

 人間が増え、やがて大地の支配権をめぐって、人族による大規模な竜狩りが行われた。世界からどんどん竜が消え、自然の恩恵は人に与えられなくなった。さらに世界は荒れ狂った。様々な種ある竜族のうち、知性が低く、また力がよわく小さな竜たちは皆、絶滅した。

 世界に残った竜は、竜族の中でも別格の力を誇る、たった5匹のみとなった。青、緑、赤、白、そして竜族の王にしてすべての根源なるもの、光を司る黄金の竜である。黄金の竜は怒り、緑の竜に命じて地を破壊し、大地を四つにわけた。白の竜に命じて世界を蹂躙する風をおこし、大地の裂け目に人間を落とした。そして赤の竜に命じて三日三晩焼いたという。それから、青の竜に命じて裂け目には水を満たし、海をつくり、二度と人族が結して世界を支配させないように、生き残った者たちの住む地を離ればなれにした。


 そして青の竜は海の底で、眠りについた。他の赤、緑、白の竜たちも、四つに裂かれた大陸の、それぞれ別の地にわかれ、眠りについた。そして黄竜は、裂けられた4つの地のうち、いちばん大きな大陸に、その体を横たえて、眠りについた。


 人間たちは、二度と竜たちの怒りにふれないように、竜を畏れ、祀り、崇めるようになった。

 

 竜の地たるこの世界に伝わる、竜と人と世界の物語である。


 



「アミリアの地は、黄竜のおわすこの第一大陸の、竜信仰の中心であったな」



 ユタの皇帝が言葉を選ぶようにして、話始める。皆黙って耳を傾けている。人払いがなされているようで、謁見の間には、ユタの皇帝とふたりの皇子、そしてルミアと彼女の騎士しかいない。


 黄竜が眠るとされる地、ユタ帝国やアミリア王国がある大陸は、世界の四大陸のうちの、第一大陸とよばれている。大陸はほぼユタ帝国の間接的な支配下におかれている。アミリア王国など大陸内の国はすべて、ユタの中の自治国のようなものであり、大陸内で帝国と称せるのはユタ帝国ただ一国であった。


 第一大陸は背骨のような大山脈に貫かれている。ユタの起源は、大山脈をひろく支配していた騎馬民族であり、山脈沿いの巨大内陸国、それが現ユタ帝国である。


 アミリアはユタとは山脈を挟んで東側に位置しており、大山脈のちょうど真ん中の、山々がゆるやかに窪んでいるところが、アミリアとユタの国境だった。

 険しい山脈を越えるのは昔から至難の業であり、内陸部で東側と西側を結ぶ中継地が、アミリア王国とユタ帝国であった。そのためアミリアという小さな国には、昔から多くの人が訪れた。およそ大陸の中心に位置し、その風土も温厚で豊かで、また大山脈を竜の背骨と見るならば、王国は竜の腹に抱かれたような地にあり、黄竜に守護された地として、アミリアは第一大陸の竜信仰の中心であった。大陸一大きな古い竜神殿が、アミリアの王都におかれている。



「アミリアの竜神殿では、竜伝説にまつわる秘宝を守っている―――これは昔から言われてきたことであり、この大陸中だれもが知るところであろう。ただ、神殿の関係者と王族以外、その秘宝を知る者はいない……」


 皇帝がゆるりと、笑む。ルミアはユタの皇帝が、穏やかな緑の瞳をしていることに気づく。彼が笑うと、目元深くに皺が目立ち、大帝国を統べる皇帝とは思われないような、あたたかさを感じさせる。



「――……黄竜の剣」


 呟いたのは、ユーノティアであった。




「左様、最後の竜伝説……黄竜の剣。知る者は少ないが、たしかに民承口伝も残っておる。しかし、詳細はあやふやだ。黄竜にまつわる伝説の剣が存在する――……いくら調べさせても、確かに判明したのはそのことと、剣の保持者が、ついに現れたこと。それだけであった。ティアーナ、そなたを見つけるのに、3年かかった」



「……なぜ」



「1年前の、大陸武道大会だ」




 彼女の問いにユーノティアが答えた。彼女はすっと目を細める。確かに、1年前ユタ帝国で開催された大陸武道大会に彼女は出場し――優勝した。




「……あの試合か」



 彼女は心底忌々しげに、顔を歪ませた。大陸武道大会は第一大陸中の強者が、素手、剣、槍、――つまりなんでもありで、己の力を競いあう、7年に一度の大会である。時には死者も出る危険な催しだ。各国から3人代表者を選出し、国の威信をかけて、戦いが繰り広げられる。彼女は――灰色の騎士は、彼女の国王の志願もあり、例の如く、身分や顔などの一切を隠して大会に出場し、見事優勝した。それからだ。アミリアの灰色の騎士が大陸で最強を誇ると謳われるようになったのは。


 彼女は大会では一切、黄竜の剣は抜かないつもりであった。しかし準決勝において、相手が二刀流の剣士であり、激しい剣技の対決が繰り広げられた。そこで彼女は黄竜の剣を抜いてしまい、二刀流で応戦し、勝利した。だが、はたから見ると古く不格好な剣を黄竜の剣と見破る者などいないと、思っていた。



「我々が黄竜の剣を求めていたのには、理由がある」



 レノバルディアが静かに言う。彼をルミアは見つめた。レノバルディアは彼女の目線を避けるように、視線をさまよわせながら語り始める。



「第二大陸……ミトラ帝国で、ここ数年、不穏な動きがある。調べによると……竜の眠りを覚まそうとしているのかもしれないのだ」


「ミトラ帝国が……?」




 ルミアは思わず声をあげた。ミトラ帝国は、第一大陸の東側に位置する第二大陸の、ほぼ全土を掌握している帝国である。他の大陸の国々がしているような通商貿易を、ミトラ帝国――及び第二大陸は一切行わず、鎖国政策をとっている。そのためミトラ帝国では、独自の文明が築かれ、人の業を越えた魔の術とよばれる、怪しげな技能の研究が発達しているという。

 第二大陸に眠るのは、白竜である。




「竜の眠りを覚ます、それはすなわち……世界大戦を意味している」


 ティアーナは、剣をつよく握りしめる。彼女の、竜の魂が眠る、その剣は話をきいているのだろうか、と彼女はふと思案する。



「……おそらく、竜を操る、もしくは倒す術を開発しているのだろう。ミトラ帝国はかの地に眠る白の竜を復活させ、世界大戦を起こすつもりであるとみえる」



「何故そんなことを……?それに、どうして断定できるのですか」



 ルミアがレノバルディアに問う。レノバルディアは目を細める。



「ミトラ帝国からの、亡命者がいるんだ。情報提供をしてくれている。彼は……信用できると、我々は判断した」



「亡命者……」



「ミトラ帝国はおそらく、世界帝国の建設を目論んでいるのだろう。……つまり目的は、竜の絶対的力を後ろ楯に、世界全土を掌握することだ」



「……そこで、黄竜の剣と、黄竜に選ばれた者を探すことが必要になった」



 ユーノティアが、彼女を見る。彼女は彼を見つめてから、自身の剣に視線を落とした。



「黄竜に選ばれた……か」



 彼女は、唇だけでかすかにわらった。その目は伏せられている。



「我々は、黄竜の剣と、黄竜に選ばれた者を求めていた。近い未来、世界大戦があるやもしれぬこの事態に……帝国を、否、第一大陸を守るには、われわれの竜神……黄竜の力が必要なのだ。黄竜の剣は、竜の力を秘めた剣だという。しかし、伝説の詳細を、我々は知らない。――……教えて欲しい。アミリアの姫君たちよ。第一大陸を守るため……いや、それどころか、世界を守るためにも、黄竜の力が、必要なのだ」




 皇帝はゆっくりと、しかし威厳ある様子で、真剣に言葉を紡いだ。ルミアはティアーナのところへ歩み寄った。いまだ膝をついている彼女の肩に、そっと手をおいた。皇帝と、ふたりの皇太子の目は、彼女たちに注がれている。ティアーナがゆっくりと立ち上がって、言った。凛とした響きを、決意としてその言葉に、こめて。




「……わたしの、剣は、ルミアを守るためのものだ」



 彼女は皇帝を、見据えた。そして言葉を続ける。



「――わたしは、ミトラ帝国の陰謀にも、世界とか、戦争なんかにも、興味はないんだ。勝手にやっていればいい。国が滅びようが、民が死のうが、わたしの知ったところではない。……だけど、ルミアがユタ帝国の皇室に入る……戦争で不利になれば、ルミアだって危ない。それなら、わたしは剣を振るうよ。絶対に、負けない。わたしは負けない。だけど国のためなんかじゃ、ない。わたしは、ルミアのために、時が来たならば、貴殿達と共に戦おう」






 ユタの皇帝はゆっくりと頷いた。先程のような笑みは、もう浮かべていなかった。その表情は真剣そのもので、いささかの個人的感情も見えない、ただ威厳ある大国の君主のものだった。

 ルミアは、彼女の横顔をみて、何も言わずに俯いた。ユーノティアは、考えずにはいられない。黄竜に選ばれた彼女にここまで言わせる、ルミアはどんな人物なのだろうか。彼女たちは一体どんな関係なのだろう。ただの主従か? ならばなぜ、彼女は深い青の瞳を持っている?


 レノバルディアは、ただ、理解できない、そう感じた。主君に仕える――己の正義を全うする――それは、いいだろう。それはきっと、うつくしいことなのだろう。しかし、彼女は言った。世界など、民など、知ったところではないと。第一皇子であるレノバルディアは、理解できない。彼女の瞳からは、強い意志を感じる。それが確かにゆるぎないものなのだから、言葉の重みを理解していながら、彼女は言ったのだろう。そう思うと、余計に。理解できない。彼女の、身勝手なまでの、強さ。それが黄竜に選ばれた所以とでもいうのか。



「……黄竜の剣の物語を、聞かせて欲しい」



 レノバルディアが言った。しかし、皇帝が制した。



「いや……やはり明日でよい。今日は、我らと戦ってくれる、その言葉が聞けただけで満足だ。いま一番優先すべきなのは、長旅に疲れた姫君たちを、一刻もはやく休ませることであろう。……明日、皆で余の執務室に参れ」




 その言葉に、ルミアは丁寧にお辞儀をした。退室の礼である。ティアーナは至極あっさりと軽く頭を下げると、何も言わずに踵をかえし、目隠しやマントをさっと拾い上げて扉のほうへ歩いていく。ルミアも扉へ向かおうとしたとき、ふと、レノバルディアと目があった。レノバルディアはすこし、どきりとする。はじめての謁見が終わってしまう。彼女は行ってしまう。自分は、自己紹介はおろか、あいさつさえしていないのだ。彼女の揺れる瞳をみて、一気に襲ってくる罪悪感、そして恥ずかしさ、情けなさに、レノバルディアは彼女から目を反らした。

 そしてアミリアから来た姫君たちは、謁見の間から退室していった。なにかが、確かに動き出す。そんな予感を、誰もが感じていた。








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