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世界の嘘で眠りにつく




 彼女はうつくしいけもの。気高さを隠して、残酷なふりをしてる。わたしは彼女に守られてばかりだけど、わたしも彼女を守りたい。彼女は、美しい獣。自由を望まぬ、囚われの獣。





 ― 世 界 の 嘘 で 眠 り に つ く ―






 その瞳に、誰もがくぎ付けとなった。不思議と人を惹き付ける、底無しの湖のような深い青の瞳。人間の眼球は、これほどうつくしいものであったか。瞳の奥に、宝石でも埋め込まれているかのようだ。しかしその瞳がうつくしいのは、その色の見事さゆえだけではない。強い意志が燃えて、その炎が彼女をうつくしくしている――そんな直感を、ユーノティアは感じた。 目隠しをとられたことに一瞬、彼女は動揺したようだった。しかしすぐに冷静さを取り戻し、彼女がつぎの動作に移ったとき、そのうつくしい身のこなしにまるで夢を見ているような気分であった男――彼女の目隠しを取った張本人であるユーノティアの喉元には、真っ直ぐに彼女の剣の切っ先が当てられていた。そこでユーノティアは、はっと我に返ったが、彼は動けない。彼を射抜く彼女の瞳から、目をそらすことさえできない。目線だけで心臓を絡めとられた気分であった。逃げられない。ユーノティアは、己のなかの獣の呻きを、聞いた気がした。逃げられない、しかし、逃げたいわけではない。喉元に刃をあてられているというのに。男は、女の瞳のなかに、宇宙を見る。ごくりと喉が、鳴る。彼女が、ふっと微笑んだ。目がほそめられて、睫毛がおりて白い頬に影を落とすようだ。どこか芝居がかかった微笑みである。それは間違いなくうつくしいのに、昂るよりむしろ腹の底が冷えていく気がした。



「……そうだね、ルミア。隠しとおせるなんてことはない。覚悟はしてたさ」



 微笑を浮かべた彼女が、じぶんの後ろの姫君にむけて穏やかに言う。あまり高くない、しかし低いわけでもない、中性的で、囁きを思わせるようなどこか甘さを孕んだ声。



「ただ、こんな茶番は予想外だったけれどね」



 そこまで言うと、彼女はユーノティアの喉元に向けていた剣を下げ、しゃらりと鞘に納める。至極あっさりとした動作であった。彼女の視線がそらされ、緊張がとけたユーノティアは、首筋にわっと一気に汗が吹き出たのを感じた。体の反応が、感情についていかない。彼女と目を合わせているとき――自分は呼吸を止めていたのだろうか。そう考えてしまうほどにその瞬間は、彼にとって戦慄であった。

 彼女はユーノティアの後ろ――玉座に座る皇帝のほうを見やる。そして優雅なうごきで、最上級の礼をする。それは両手でドレスのすそを軽くつまみ、ゆっくりと深く腰をおり礼をする、貴婦人の礼ではなかった。片手で胸に手をあて、片膝を地につき頭を下げる、騎士の礼であった。



「わたしは、ティアーナ・ヴァレン。……先程までの、無礼は……お詫びいたしません」



 彼女は顔をあげて、唇だけで不敵に笑む。不遜な笑みともいえる。しかしただうつくしい。彼女と目があった皇帝の、静かに彼女を見下ろすその目つきはおだやかであり、楽しんでいるようにみえた。



「……詫びぬ、か。この謁見の間で剣を抜くことが、どのようなことか、わかっているのか」




 レノバルディアが言った。しかし先程までの威勢は、とうに失せている。彼も困惑しているのだ。ユタの皇族――否、大陸中の誰もが、アミリアの灰色の騎士が、この若い女で、そして彼女が王族のしるしたる瞳を持っているなど、誰も知らなかったのだから。




「先に剣を抜いたのは彼で、わたしを試そうとしたのは、貴殿方だ。不躾にもルミアに名を名乗りもせず、――口を開いたかと思えば妃となる姫君の従者を権力を盾に責め立てるなど、とても大国の皇太子のやることとは、思えないけれど。」



「……! お前……」



「ルミアとの初の謁見をないがしろにするほど、これが気になるのか?」




 彼女は片膝を地につけたまま、右手で鞘から剣を抜き、それをかざしてみせた。先程ユーノティアの喉元に突きつけた剣だ。ユーノティアが彼女の手から飛ばした剣とは比べ物にならないほど肉厚で刀幅が広い、その刃は見たことのないような――あえて言うなら月の影の色をしているのだろうか――不思議な鉱物で出来ているようだ。片手剣として扱えるギリギリの大きさであるその剣は、彼女が軽々と片手で扱っているのが奇妙にさえみえる重厚さである。十字型であるその剣の(つば)全体と柄の付け根までを、分厚い革のベルトのようなものでぐるぐると巻いてあり、ひどく不格好だ。その古っぽい革の下に何かを隠してあるのは、誰の目からも一目瞭然だった。しかし彼女が剣を鞘から抜かない限りは、その剣はただの古い剣にしかみえないだろう。


「黄竜の剣……? 」



 疑問の声をあげたのは先程までぼんやりしていたユーノティアだった。レノバルディアと皇帝は、彼女のその剣をじっと見つめている。



「……貴殿方は、わたしの剣に興味があると見受ける。しかしわたしも、……そしてこの剣も、貴殿方に興味はない。わたしは、ルミアを守るだけだ。それだけがわたしの存在理由だから。ルミアを傷つけるものはすべて、斬る。だから……――話してもらいたい、この結婚の裏……貴殿方の意図を。貴殿方が、黄竜の剣を求めている理由を」




 そしてしばしの沈黙が謁見の間を支配した。彼女は皇帝から視線をそらさない。その瞳には有無を言わさぬ強さがあふれている。

 ルミアは人知れず、目を閉じる。どこか祈るような気持ちであった。自分には到底できないことを、いつも彼女はやってのける。


 この政略結婚の裏で、国家間の政治的意図以上のなにかが動いていることに、ルミアも気が付いていた。なぜ、ユタの皇太子が小国のアミリアの姫君を望むのか。同盟や戦争回避のための国家間の均衡、それらのための政略結婚であれば、ユタ帝国はアミリアの姫君を迎えるはずないのだ。帝国の勢力下にあるアミリアは、そもそも戦争のための軍事力などはほとんど持たないのだから。アミリアの姫君と結婚し王家に迎えても、ユタ帝国に利はない。ルミアはうつくしいが、麗しいと噂の姫君なら他国にもいる。レノバルディアの様子からしても、ルミアに興味があるわけではなさそうだ。

 ルミアはなんとなくわかっていた。ルミアを守ると言う彼女が、面倒事がきらいな彼女が、ルミアのためにユタの皇帝に向かっていっていることを。そして自分が、レノバルディアの婚約者になった理由を。


 挑発的な態度をとる彼女が静かに怒っているのを、ルミアだけは感じとっていた。それが、自分のためであることも、わかっている。しかしそれが、苦しかった。自分は自分の運命に対して、立ち向かうだけの強さなど持っていない。自分の代わりに、彼女が戦っている。情けなかった。けれどどこかで、自分のために怒ってくれるひとがいることがしあわせだとも思う。矛盾しているが、最後にはいつもそこにたどり着く。わたしは恵まれている、と。

 皇帝に、どうか、答えてほしい。ルミアは、一生に一度の結婚がこのような形で、自分が望まれているわけではない理由を、知りたいと思う。





「……わが息子たちの、無礼を詫びよう。アミリアの姫君たちよ。……ティアーナ、だいたいはそなたが察している通り、だ。我々は、黄竜の剣を求めていた。伝説の竜の剣を……――」





 皇帝が静かに話はじめる。レノバルディアはうつむいているルミアに気が付いた。

 彼女はやはり、皇帝から目をそらさない。ユーノティアはそんな彼女の背中をみつめている。


 すべては世界が生まれたとき、世界の真ん中におわした竜の伝説から話ははじまる。










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