私がありす。
「おじいさんとおばあさんは、幸せに暮らしました。めでたしめでたし。」
この本も、
「こうして姫と王子は、永遠に仲良くしていました。」
この本も。
どうして物語というのは、ハッピーエンドで終わるのだろう。
私はありす。佐久間ありす。お金持ちの家のお嬢様。
ひとりっ子だった私は、物心ついた時から、友達は本だった。
長い年月をかけて、家にあるすべての本を読み終えた。
八月二十九日。そう、今日。
広い屋敷の広い部屋。私一人にはもったいない。
四人掛けのソファ、トリプルベット、大きな大きなクローゼット…。
どれも、私には大きすぎる。
すべての本を読み終えた私は、次に何をするか考えていた。
……おもしろいことがしたいな。
…といってもすぐには思いつかない。
暇だし、本でも読み返そうっと!
<ガチャ>
倉庫のドアを開ける音。もう、何回聞いたかな。…だが、目の前を見てはっとした。
何あれ、本が…
十段目あたりの、一冊の本が光っている。
ありすの身長を少し越したくらいの高さ。
はしごに登って、本を手に取ってみる。
全部…読んだはずなのに…
表紙を見て、はっとする。
月の国の…アリス…。
表紙には、決して黄色とは言えない、
写真のようなリアルな月が描かれていた。
まだ読んでないみたい。…おもしろそう。
ありすはその本を大事に抱え、部屋に向かう。
だが、部屋に帰ると、本の光は消えていた。
さっきの…夢?
とにかく、ありすは本を開く。一ページ目。
何これ……声に出して読んでください?
「私はアリス。ムーンタウンに住む月の精。
この本を開いたあなたにだけ、秘密の呪文を教えましょう。
声に出してとなえてださい。」
呪文…、あ、これだ。
「ムーン・フェアリー・……うわっ!」
また本が光った。さっきより強い。これはまさしく、月の光じゃないだろうか。
二十秒位光っていた。
光が途切れた瞬間、妖精が出てきた。
手のひらにのるくらい小さな体で、一瞬目を疑ったが、ピンク色で半透明の羽に、
小さなティアラ、そして、絵本で見たことある露出の多いドレス…。
これは妖精としか思えない。
「ありすさん。ありがとう。」
「…え?」
目を疑った。
…それどころか自分自身全体を疑った。
私の名前を言われた。
…体全体が、凍りつくように驚いた。
「わたしはアリス。ムーンタウンから来ました。」
「…」
ムーンタウン…月の町…。
「今、ムーンタウンはブラックフェアリーという悪い妖精が私たちの町を
滅ばせようとしているんです。
だから、ありすさん、あなたの力を貸してください。」
「…え、力…?」
「その、あなたが首にしているネックレス…」
アリスは、私の首の青と白で、
宝石みたいに光る石のネックレスを指さす。
「あぁ、これね。川の近くで小さい頃拾ったの。
貧乏くさいけど、光っててきれいでしょ?」
私は、首にかけていたネックレスを倉庫の小さな電球の光に当ててみる。
「それ、月のカケラ。」
「そうそうそれよ。…ってえ、月!?」
「ムーンタウンの神が、地球にただ一人存在する選ばれし女神に月のカケラをさずけたそうです。そしてそれがあなた、ありすさん。まさかそれが私と同じ名前だったなんて…。」
「…私に、何をしろって言うの?」
「来て頂きます。」
アリスは足早に去っていった。
……たどり着いたのは…屋敷の庭。
噴水の前にあるベンチに立っている。
「え?ちょっと待って何それ!」
「ムーン・フェアリー…」
また、あの強い光。不思議な感覚。
本が光って、それに吸い込まれるようで…。
「わぁぁぁぁっ!」