或る晴れた日のこと
「ねえ、ない部活ってあるかしら?」
入学式翌朝のホームルームが終わった時のこと。
朝日の差し込む窓際で、俺の後ろの席の女子——春日が俺の背中をつついてから、こう言った。
「…………なぞなぞ?」
不自然な間は開いたものの、どうにか打ち返した俺を褒めてもらいたい。
「なぞなぞじゃないわよ。これ見て言ってんの」
春日は先ほど配られた部活紹介のプリントをひらひらとさせる。
「……うん」
「何か思いつく? 奥田くん」
「……思いつく、とは?」
「え、今『うん』って言ったじゃない」
春日は眉を顰める。
「いやいや、今の『うん』は相槌の『うん』であって、理解の『うん』じゃない。『うん……それがなに?』の『うん』。先を促す『うん』」
「うんうんうんうん言い始めた……! 何言ってるのか全然わかんないんだけど?」
「うーん、今そっちが言っていい言葉じゃないだろうな!」
「また『うん』って言った!」
「肯定じゃなくて呻いてんだよ! 会話出来ないから」
「あーうるさい!」
天井を仰ぐ春日。そっちの方がよっぽどうるさいよ。入学二日目だぞ?
「奥田ってあーいえばこーいうタイプなのね!」
いつの間にか敬称略されてるし。
「だーかーら、ない部活ってあるかしらって言ってんの!」
「声量上げても情報量は増えないから。だから、どういう意味?」
自分で言うのもなんだけど、俺ってば結構忍耐強い方じゃない?
「わかったわよ。順を追って説明するわよ」
「情報不足の自覚はあったのかよ」
「あのね——」
春日は思いついたとっておきのイタズラを打ち明けるみたいな顔をして俺に顔を近づけてくる。近い。石鹸みたいな良い匂いがする。
「——部の新設って良いと思わない?」
「ん?」
うーん、まだわかんない。
「ドラマとかアニメとかで見たことない? 『部として認められるには5人必要です』みたいなやつ。あれをやりたいのよね!」
「はあ……。だから、ない部活を新設するために、この学校にない部活を探してるってこと?」
「そういうこと! ない部活ってあるかしら……」
「そういうことね……!」
やっとわかった。アハ体験だ。(多分ちょっと意味が違う)
つまり、春日が言ってるのは、『(この学校に)ない(けど、あってもおかしくない)部活ってあるかしら』ってことだ。
ややこしい言い回しだな……っていうか。
「部活ってそういうもんなのか? 目的と手段が入れ替わってるというか」
やりたいことがあって、その部活があればそこに入るものじゃないのか? ないなら作ってもいいと思うけど。
「入れ替わってないわよ。部を新設するのが目的だって言ったじゃない」
「変なこと言うなあ……」
「ヘン! 良い響きね! あたしがまるで特別なことを言ってる選ばれし存在みたい!」
「ううん、全然そんなこと言ってないよ」
変って言っただけだよ。
「まあ、あたしをそんな風に評してくれるのはありがたいんだけど、」
「評してないけどな」
俺のツッコミを無視して彼女は勧める。
「残念ながら、これってあんまり変じゃないのよ」
「どうして?」
常識人ぶった彼女の言葉が続くのを待つ。
「青春って憧れるでしょ?」
「……いや、別に?」
「え?」
春日は目を丸くする。
「じゃあなんで高校生になったの?」
「なんでって……」
「あなたの言ってることこそヘンだわ! 絵を描くのが好きじゃないのに画家になったとか、将棋が好きじゃないのに棋士になったとか、それくらいヘン」
「いやいや、そんなこと言ったらこの教室のほとんど変だよ。高校生は別に青春をするためになるものじゃないだろ」
「じゃ、なんのためになるものなの?」
大きな目でじいっと見つめられる。なんだよこいつやめろよ美少女の自覚あんのか好きになるだろ8.2秒見つめあったら好きになるんだぞ?
「……勉強……だろ?」
タジタジの中捻り出した至って一般的な回答を
「本気で言ってる?」
と皺の寄った眉間で一蹴された。
「自分の頭ちゃんと使って考えた? その上でそう思う?」
「すごい責めてくるじゃん……」
そんなに言わなくてもいいじゃん……。
「だって! 勉強するために高校入ったなんてそんな人、このクラスに何人いると思ってんの?」
「そりゃ……」
俺はクラスをなんとなく見渡す。
「……まあ、青春したい人の方が多いかも、しれないけど。勉強したい人よりは」
「でしょ? だから、目的は青春することなの!」
「はい……」
まさかこんなエキセントリック女子に論破されるとは。
「野球部に入って甲子園目指すのも青春、生徒会に入って学校を牛耳るのも青春ね。で、あたしは部活を作るタイプの青春をしたいのよ」
「……まあ、分かった。共感は出来ないが、理解は出来た。だけど、だとすると、部活作った瞬間に青春終わっちゃうんじゃないのか?」
ま、どうせ何か考えがあるんだろうけど、と思って振ると……。
「…………たしかに」
「おいおいそこは理屈用意しとけよ!」
ずっと雄弁だったから「そんなことないわ!」とか言って論破してくると思ったのに。実はこの人結構頭いいんじゃないかとか思ってたんだぞ、俺は。
「えー……どうしたらいいかなぁ?」
「しらんけど……」
なんか口調変わってないか?
「え、奥田って関西人なの?」
「ちゃうわ」
「え、でも関西弁……」
「ごめんなさい本当に全然違います」
エセ関西弁なんて使っちゃったよ、誰かにしばかれちゃうよ。
「うーん、どうしようかしら……」
春日は腕を組んで、シャーペンを鼻と上唇の間に挟んで悩み始めた。
「授業始めるぞー」
一時間目の教員が部屋に入ってきて、会話はフェードアウトした。
やれやれ。変なやつに捕まった……のか?
俺はどこかもどかしい気持ちでいながら……放課後を迎える。
キーンコーンカーンコーン……。
終鈴が鳴ると同時、
「ねえ、奥田!」
「んぐっ!?」
後ろから襟首を引っ張られた! 苦しい!
「あ、ごめん。死んだ?」
「死んでたらごめんじゃすまないだろ!」
俺は「けほ、けほ……!」と咳をしながら振り返る。
「あ、そう。生きててよかった! あのね、これ、どうかしら!?」
「……なんだよ?」
俺が顔を上げると、春日の持っている部活紹介の裏紙には、
『青春部』
デカデカと、そう書いてあった。
「せいしゅんぶ……?」
「そう! 青春部!」
「それが……何?」
「察しが悪いわねえ。新設する部活の名前よ。どうかしら?」
「はあ……どうって?」
「良いと思わない? 主な活動内容は、『青春すること』! これなら、部活を作った後も様々な角度から青春が出来るわ!」
「……なるほど」
「えっ?」
「……じゃない! そんな謎部……変な部活が認められるわけないだろ! 活動内容が漠然としすぎてる!」
一瞬本音が口をついて出たが、慌ててかき消す。
「申請なんて出すだけタダよ! 今日新部活申請書をもらって、明日出しに行くわよ!」
「行くわよって……俺も行くのか?」
「当たり前じゃないの! 見届けたいでしょ!? 来ないと——」
なんだ? 死刑にでも処されるのか?
「——あたし、すっごい悲しむから!」
「……わかったよ」
後ろの席ですっごい悲しまれるのはいやだからな。
そしてその日は新規部活設立申請用紙(正式名称はこっちらしい)を受け取って、解散とあいなった。
「なんだあいつ……」
俺は自宅に帰ってカバンを床に放ると、ベッドに倒れ込む。
「なんだあいつなんだあいつなんだあいつ……!」
そして、顔をあげる。
「最高じゃん……!!」
一生懸命めんどくさそうに、だるそうに、「巻き込まれてますよ」感を出してみせていたが!
「最高すぎる、春日さん! 理想の青春そのものだ……!」
すごい。
まずあんな美少女なだけでもすごいのに、変人と来た。
そしてどことなく香る聡明さ。青春へのスタンス。
間違いなく、選ばれし存在だよ……!
エキセントリックな美少女と、巻き込まれる地味な男(=俺)。
この後、無口な文芸部とか、ほんのりエロい先輩とか、いろいろ出てくるんだろうなあ……。
いやあ、本当にすごい。
灰色の中学時代とは大違いだ。
「高校ってマジでこんな感じなんだ……!」
* * *
「何あの人……!」
私は自宅に帰ってカバンを放ると、ベッドに倒れ込む。
「何あの人何あの人何あの人……!」
そして、顔をあげる。
「最高だよぉ……!!」
私の無理な提案にもやる気なさそうに、だけど突っ込んでくれた!
中学時代の男子たちなんて……いや女子も含めて、「え? あ、うん……あはは……」って言って避けてきたのに! だから私は家から2時間もかかる高校に通う羽目になったのに!
でも、それでよかった。私の選択は間違えてなかった……!
「理想の青春そのものだよぉ……!」
私は枕にもう一度顔をうずめて喜びを噛み締める。
「高校ってほんとにこんな感じなんだぁ……!」
* * *
ちなみに、後日談。というか、翌日の朝。
「はあ……聞いた?」
職員室の前で春日はため息をついて俺を片目で見上げる。
『青春部』は当然、担任に却下された。
申請書をチラ見したら、さりげなく俺の名前が部員に入っていたが、それも当然っちゃ当然だ。むしろ入ってなかったら意味わかんない。
「ありえないわよ……」
そして春日が落ち込んでるのは、部活が却下されたからじゃなかった。
「『部員5人も集めなくてもいいよ』って……」
なんと、正当な活動内容の部活でさえあれば、なんと部員は1人でもいいらしい。まじか。
「なんのためにあたしは高校に入ったのかしら……」
「逆に目的を見失ってないか……?」
「でも、ま!」
俺の指摘をものともせず、気を取り直したらしい春日はガバッと顔を上げる。
「そうこなくっちゃね!!」
「はあ……」
俺はやれやれと首を振っていたが、内心では激しく同意していた。
高校生活の始まりは、こうでなくっちゃな!!
或る晴れた日のこと。
俺たちのイミテーションブルーの青春が幕を開けたのだった。




