Conocer Side・B
先刻のようなアクシデントは、新しい生活を始める為に必要不可欠な、ちょっとしたイベントだとでも思えば良い。どうせ、いつかはすっかり忘れ去られる出来事だ。
中の方は外見とは反対で、開放感に満ち満ちているような気がする。純度の高いアクリル素材をこれでもかと取り入れていて、室内は電気を使わなくても十分に明るい。これだけの設備を整えるには、かなりの金が飛んだだろう。
ちなみに、俺の兄貴もこの学校の出身で、ここの校舎が大幅にリフォームされたのは兄貴の卒業後だそうだ。だから、公共の建物としてはかなり新しい部類に入るだろう。
パンフレットによると、プライバシーの保護、温度調節、エトセトラ……この学校は生徒を甘やかしすぎるような気もする。学校にプライバシーなんて、有って無いような物だろうに。
てか、その金は何処から入ってくるんだか……一見した所、無駄も多くあるような気がしてならない。
初めて見た時に戸惑った奴らも多いだろう。俺は去年の晩秋にやった学校見学には来なかったし、入試は本校ではなく家から近い別の会場で受けた。まともに見るのは初めてだ。だから圧倒される。
幾ら設備を整えても、それに合わせて不良達が更正するわけでもなかろうに。よりよい清潔な学校を目指しているならば、入学者をもっと振り分けておくべきだ。それをしないから俺みたいなのが入ぢちまう。内側からバキバキに壊されても知らねぇぞ。
何となく人の流れに沿って歩いていくと、これまたデッカイ柱が立っている。天井がガラス張りの吹き抜けの中心に立っている物だから、天辺が眩しすぎて見えねぇ。お空にまでも届いちゃいそうだなーと見ていたら、その根元にゴミ、基、人が犇めいていた。
ゴ……生徒達が見上げているのは、円柱電光掲示板という物らしい。列になった文字が円柱の表面に表示され、全方向から見えるようにゆっくりと回転している。株式証券取引所みたいだな、と思う。
普段は月の行事やお知らせが映されるようだが、ゴミ達の興奮度合いと囁きあっている言葉から見るに、クラス編成が映されているのだろうな。
生憎ながら俺の視力は良い方ではない訳で、勉強中や読書中は眼鏡をかける事もある。つまり何が言いたいのかというと、この位置からでは全く見えねぇぞ、という事。もう少し近付いてみるか。ゴミ達の方へ嫌々ながら行ってみる。
だが、その一部が大きく歪んで。
「い゛っ……てぇ」
「……いてて……あぁっ、ご、ごめんなさい!! えっと、よそ見しててごめんなさいっ!」
大きく揺らいだそこから飛び出してきたのは、今朝のヘタレ君だった。勢い良くおでことおでこがごっつんこしたらしい。
俺は蟻さんではないから断じてあっち向いてチョンチョンなんてしないけど、ぶつかった所は腫れてはいないものの、熱を持っていてかなり痛い。
どなりつけてやろうかとも思ったが、上下にピョコピョコ動く水色の頭を見ると、何故か怒気が霧散していく。よし、その不思議髪色に免じて許してやろう。
と思ったら、そのヘタレ君は俺の胸元に留めてある名札をしげしげと見つめていた。
「笹谷……シンキ?」
「マサキだ。ササタニ、マサキ。眞樹の眞は、確かにシンと読むこともあるけどな」
「笹谷眞樹、眞樹眞樹……」
自分の名前をそう何度も呼ばれるのは気持ちの良いものではない。そろそろ黙らせようか、拳を固める。
だが、不意にヘタレが俯かせていた顔を跳ね上げやがった為、またぶつかるかもと、反射的に一歩下がってしまう。
上向いたヘタレの顔には満面の笑み、そして背景にはお花畑……お花畑?
「じゃあ、同じクラスだ! 眞樹君の名前、僕の二、三個後ろにあったから!」
うわぉう、いきなりの下の名前呼びかよ。
というか、同じクラスだって? このヘタレと俺がか? このクラス編成の担当者は誰だよ、もの凄く悪意を感じるぞ。
頭痛を覚えて、手を額に当てて首を横に振ってみるが、ちっとも良くなった気がしない。そればかりか、ヘタレがきょとんとした顔で俺を見ている。
ふとヘタレの名札に目が行った。……柏木綾足? 名字はカシワギで分かるが、名前の方はアヤタリで良いのか。
俺の視線に気付いたのか、ヘタレが自分の胸を見下ろす。
「あ、これね。アヤタリって読むの。……だからってアヤちゃんとかは止めてね」
「OK、アヤちゃん」
「…………」
おや、アヤちゃんが萎れた。何だこれ、すっごく楽しい。
それにしても、何だか名前負けしてるな、コイツ。強そうな名前の割りに、中身は女子みたいなヘタレだし。
俺が言うのもアレだけど、変な奴。これはアレか、類は友を呼ぶって奴か。
何はともあれ。
「行くぞ、ヘタレアヤちゃん。俺達は何クラスだ?」
「……Cクラス。何かあだ名が昇格してるような気がするし……」
うん、やっぱり楽しい。
やっと……