Conocer Side・A
どうやら僕は立ち直りが早いらしい。自分で言うのもアレだけどね。そうさ、さっきは不幸な事故だったんだ。僕のせいじゃないさ。そんな感じで開きなおってみる。教室に着く頃にはすっかり忘れてしまっているんだろうなぁ、と自覚バカの自分に苦笑。えぇ自覚していますとも!
校内は剥き出しのコンクリートのせいでお堅いイメージの外観とは異なり、純度の高いアクリル系な素材を教室と廊下を繋ぐ壁や一部の天井、図書室等に使っているから光を効率的に取り入れ、開放的なイメージがする。確かに、どこもかしこも太陽光で明るい。しかもそのアクリル素材はボタン一つで曇らせたりもできるので、プライバシーの保護まで完璧。更に空調設備も抜群で温度調節や湿度調節も容易……らしい。全部パンフレットの受け売りだから仕組みとか良く分かんないけどね。
百聞は一見に如かず。なんて諺が今の状況にはぴったりだった。なんて、カッコつけてみる。
とにかく広い。でも開放感が溢れすぎて、自分が置き去りにされたかの様な感覚に陥りそう。第一学年の教室のフロアは何も無い空間が延々と続き、目当ての教室が見当たらない。ねぇ、このパンフレットに書かれている縮尺、本当に正しいの? 業者も先生も、何か勘違いしてるよ。
少し先に行くと大きな円柱が天井にまで伸びていて、その周りには生徒達が沢山いた。ぎっちり集まっていて、まるで海で見るフジツボのようだった。おぉう、自分で思って気持ち悪くなってきた。ゾワァってするよね、あのびっちりブツブツ。
パンフレットによるとそれは円柱電光掲示板って言うらしい。きっとこれも、お堅い人が考えた名前なんだろうなぁ。ネーミングセンスが全く感じられないよ。えぇと、何々? 月の行事やお知らせ等があらゆる角度で見られるそうです。へー。今、映し出されているのは多分、クラス編成だろうね。
「わっ……ごめんなさっ……あ、すみません」
あのね、僕ね、自慢じゃないけれど前倣えをしたら腕を伸ばして並んだ事が無いんだ。つまりはどういう事かっていうと、背の高さの順で並んだ時、最前列で横の人と最適な幅を取る為に腰に手を当てて肘と肘がぶつからない位置に調節してたっていう事。うん、チビなのは分かってるよ。ちゃんと自覚してるんだからね。おかげでかくれんぼと鬼ごっこでなら、誰にも負けない自信があるもん。かくれんぼは狭い所に隠れられるから。後者は小回りが効くから。足だって遅くはないんだから。寧ろ、早い方だし。鬼ごっこの時はチョロチョロと逃げ回るから「鼠」だなんて言われてたっけ。でもね、僕だって好きでチビッ子やってる訳じゃないんだよ。当たり前じゃない!! ちゃんとお風呂上がりに牛乳飲んでるし、毎朝ヨーグルトも食べてるんだよ! ……でも、僕って基本的に乳製品ダメだから、ほぼ毎日お腹壊しちゃってるんだけどね。乳製品食べたら、お腹がゴロゴロ言うんだよ。トホホ。
まぁ、何だかんだで前の方に行けたから良いや。こういう時だけは、ちょっと自分のチビさに感謝してみる。ええと、僕の名前、名前っと……。うーん、やっぱりさっきの感謝は取り消し。背が小さいと上の方が見えないよ。画面の上が黒く見えて、文字なんか読める訳がない。下の方ははっきり見えるんだけどなぁ。うー、上を見上げすぎて首が痛くなってきた。これはアレだね、姑が嫁に対するネチネチとした嫌がらせ。ちょっとどころではなく違う気もするけど、不快感なら同じだよね。ならば僕は僕なりの方法で見てやるんだから。よっしゃ! 俄然やる気が出てきたよ!
下半身の筋肉、出来るだけ多くの筋肉に力を入れて、ニ、三回、屈伸。これは準備体操ね。そして床を蹴り上げる。つまり僕はその場で垂直に跳ぼう……としたのだが、変な所で力んでしまったらしい。恐らく隣で電光掲示板を見上げてたのであろう人物に頭頂が当たってしまった。あわわ。
遅れて、鈍い痛み。だけど僕が呻くよりも先に、ぶつかってしまった相手の人物の方が反応した。
「い゛っ……てぇ」
「……いてて……あぁっ、ご、ごめんなさい!! えっと、よそ見しててごめんなさい!」
床にちゃんと両足の裏をつけ直してから、上から降り注いだ声の主の顔を見上げる。チャラい。ちょっと、関わり合いたくない。一言で表現すると「恐い」だね。マジで身がすくむ。そんな男子が立っていた。
少しルーズに気崩した制服。ブレザーは脱いで、袖を腰に回して結んでいる。シャツは前を寛げて、緩めたネクタイの結び目は鳩尾辺りに垂れていた。腰パンぎみのスラックスには、白黒の蛇の鱗のような模様の入ったベルトが通されている。尻ポケットとベルトを通すスラックスの輪の部分の間でウォレットチェーンが垂れる。ガン見されたら即、固まってしまうような鋭い眼光。ライトブラウンに染められた髪の毛。
その人の名札が、丁度良く見えた。ブレザーは脱いでるのに、名札はつけているんだね。真面目なんだか不真面目なんだか、微妙だ。名字は笹谷……ササタニ、で読めたけど、名前が読めない。何て読むんだろう? CEROの審査が結構厳しい今のご時世で、あんまり対象年齢の高いゲームはやらないし。一応、Dランク以下のは全年齢が遊べるから、振り仮名が多いの……。漢字って難しい。この場合は……?
「笹谷……シンキ?」
「マサキ。ササタニ、マサキ。眞樹の眞は、確かにシンって読む方が多いけどな」
「笹谷眞樹、眞樹、眞樹……」
やった! 高校生活初の、記念すべき友達が出来たよ。早速出来ちゃったよ!
最初はなんか近寄りがたいオーラが出てて「あ、僕の死亡フラグ立った」みたいな感じだったけど。危なかったけど、正しい選択肢を選べたみたい。フラグ回避した上にパーティーメンバーまでゲット!!
ん、まぁ、うん。友達とは一緒のクラスが良いなぁ。眞樹君、眞樹君、眞……あ、あった! 神様、奇跡をありがとう。
「じゃあ、僕と同じクラスだ! 眞樹君の名前、僕の二、三個ぐらい後ろにあったから!」
これには眞樹君も驚いているはず! あれ、なんで手をグーにしているんだろ。何か変な事、言ったっけ? 何で首を横に振るの? 目眩でもしてるのかなぁ。あ、もしかして、眞樹君って貧血気味? 体温とか血圧も低そうだし。
で、何で僕の胸辺りをジロジロ見るの? 僕は男の子だからあんまり見ても楽しくないよ? なんてね。うん、冗談。名前の事だよね。
「あ、これね。アヤタリって読むの……だからってアヤちゃんとかは止めてね」
「OK、アヤちゃん」
「…………」
昔から、女の子っぽいとか言われてたよ、うん。この前なんて街でナンパされたし、中学の頃は体育の度に女子にスカート履かされてたし……けどね、アヤちゃんなんて呼び名が定着したら、僕の男としての威厳は無くなっちゃうよね!?
そんな僕の心境を察したのか、眞樹君は表情を緩め、極めて優しい声を出した。泣き止まない子供を寝かしつけるような、そんな声音。
「行こうか、ヘタレアヤちゃん。俺達は何クラスだ?」
「……Cクラス。何だか、あだ名が昇格しているような気がするし……」
優しい言い方に思わず騙されそうになった! 内容はむしろ、酷くなっているじゃない。
ねぇ、僕の抗議の声を聞いて。お願いだから耳を塞がないで。僕の目を見て。僕は男の子なんだからね? あ、ちょっと。笑わないでよ! 絶対に聞こえているよね!?