『研ぎ澄まされた再会』
鉄と油の臭いが鼻腔を焼く。 『ステーション04』。その心臓部へ繋がる最終隔壁。数分前までそこを護っていた鴉組の連中は、今はただの物言わぬ肉塊だ。俺が切り拓いた血の道に、無造作に転がっている。 肩で荒い息を吐きながら、左手のククリで制御パネルを叩き割った。鋼鉄の扉が、招き入れながらも威圧するように、重低音を響かせて左右へ分かれる。
その向こう側。かつて凪が連れ去られたあの日から、一度も絶やすことなく心に描き続けた「再会」が、そこにあるはずだった。
「……凪、迎えに来たぞ」
期待に震える声を絞り出し、皓は煙の立ち込める中へと足を踏み入れた。
だが、そこに居たのは、俺を待つ「師」ではなかった。
動線上に立ち塞がる、無機質な黒い防護服の男。 その身のこなし、重心の置き方、そして――絶対的な「静謐」を纏った佇まいに、心臓が不快なほど跳ねた。十歳の冬、俺の牙を研いだあの「凪」の残像が、眼前の男に重なり、そして残酷に上書きされていく。 男は、上層の富を護るための漆黒の装甲に身を包み、バイザーの奥の双眸は、記憶の欠片すら宿さない虚ろな「凪いだ海」のまま、俺を捉えていた。
「……凪、か?」
掠れた声が炎の爆ぜる音に消える。 男は答えない。ただ、抜かれたナイフの切っ先が、寸分の狂いもなく俺の喉笛を指し示した。その銀光は、あの日高架下で、俺のために研いでくれたあの刃と同じ、冴え冴えとした殺意を放っている。
言葉など、最初から不要だった。 俺が地を蹴ると同時に、凪もまた、音もなく間合いを詰めてきた。ククリの重厚な一撃を、奴は最小限の動きで受け流し、鋭いカウンターが俺の頬を掠める。……熱い。痛い。だが、その痛みが、俺の奥底に眠っていた十歳の『皓』を狂おしく呼び覚ます。奴の刃が空気を裂くたびに、脳裏にあの修行の日々がフラッシュバックした。
「……無駄な呼吸を捨てろ、だったな」
俺は肺に残る酸素をすべて吐き出し、「獣」としての本能に身を委ねた。 凪の動きは、かつてよりもさらに冷徹で、精密な機械のようだった。上層の再調整プログラムによって、名前さえも剥奪された『最上位個体』の動き。俺は己のククリを逆手に握り直し、肉を切らせて骨を断つ、泥臭い下層の流儀でその懐へと潜り込んだ。
互いの刃が交差し、火花が散る。至近距離。 バイザー越しに奴の三白眼と視線がぶつかった。俺は、その冷たい硝子のような瞳に向かって、笑みを浮かべて見せた。かつて凪が、俺の口元に刻みつけたあの歪な弧だ。
「肉じゃ、ねェ……ぞ。俺は、皓だ……ッ! 凪、お前が研ぎ澄ませた、お前の最高傑作だ……ッ!」
俺のククリが凪の装甲を裂き、肩口から鮮血が噴き出す。 だが、凪の表情は一切変わらない。彼はただ、負傷したことさえ計算の一部であるかのように、無機質な一撃を俺の脇腹に叩き込み、距離を取った。 そこには、再会の喜びも過去への決別もない。ただ、上層の命令を遂行するだけの、美しくも虚しい『牙』だけが立っていた。
上層の増援を知らせるサイレンが、遠くで鳴り響く。 凪は、深手を負った俺を一瞥し、そして、追撃の手を止めた。それは慈悲ではない。任務の優先順位が切り替わっただけの、冷徹な判断。 彼は、かつて俺に傘を差し出した時のように、一瞬だけ足を止め、そして夜の帳へと姿を消した。
後に残されたのは、降り始めた灰の雪と、俺の掌に残る「凪の血」の熱さだけだった。
「……あァ、……研ぎ足りねぇな。まだ」
俺は、雪の上に吐き捨てられた血を、己の指でなぞった。 凪が俺を忘れていても、この傷が、この血の熱さが、俺が『皓』であることを証明し続けている。 俺は、ボロボロになった身体を引き摺りながら、再び下層の闇へと戻っていく。 次に会う時、その空っぽの瞳に、俺の名前を刻み込んでやるために。




