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『棄域 ―Layer-Zero―:肉から牙へ、名前を護るための血の変遷』  作者: 黎


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『盲信の切っ先』

棄域(Layer Zero)の路地裏で、最近、ある噂が静かに、けれど確実に広がって居た。 「なぎ」という名を、ひたむきに探し続けている少年が居る、と。 それは恐怖というよりは、どこか奇妙な「熱」を帯びた噂だった。なぜなら、その少年――十五歳のこうは、敵である鴉組の連中ですら、殺すためではなく「問いかけるため」に追い詰めていたからだ。


皓が凪を探して居ることが周知の事実となったのは、彼の行動があまりに「一点の曇りもなかった」からに他ならない。


彼は、鴉組の末端を見つけるたびに、二本の刃を突きつけ、静かに、けれど断固とした声で問い続けた。


「……凪はどこだ。あいつは、お前たちみたいな連中に屈する男じゃない。どこかに、あいつが残した『印』があるはずだ」


かつての鰐淵のような暴君なら、恐怖で口を割らせただろう。だが皓は、凪の強さを信じ、凪が何らかのメッセージを残しているはずだと確信して動いて居る。その「揺るぎない信頼」が、逆に鴉組の連中を動揺させた。 『あのガキ、本気であいつが戻ってくると思ってやがる……』 その必死な姿が、路地裏に住む人々の目には、危ういほど純粋な「狂気」として映り、噂に尾ひれがついて広がって行ったのだ。


また、皓は凪から譲り受けた銀光のナイフを、まるで御守りのように大切に、かつ誇らしげに振るって居る。 戦いの最中でも、その刃を汚すことを嫌い、丁寧に拭う少年の姿。それは鴉組の古参たちにとって、かつて自分たちの喉元を脅かした「凪」という男の亡霊を、目の当たりにするような心地だった。


「……凪の獲物だ。あいつは、凪の弟子を自称して、俺たちの拠点を荒らし回ってる」


その報告は、管理代行の灰崎を通じて上層へと吸い上げられ、皓は公式に『凪に関連する最優先監視対象』として登録されることになった。


皓は、略奪した物資を情報屋に差し出す際も、ただ一つ、凪の名前が入った記録ログだけを求めた。


「金はやる。だから、凪が上層のどこに連れて行かれたのか、少しでもいいから教えてくれ」


路地裏の情報屋たちは、この少年の「純粋な執念」を商売の道具にした。彼が凪を求めて奔走すればするほど、上層へのルートを餌にした偽の情報が集まり、皓はそれを一つずつ、愚直なまでに確かめて回ったのだ。


「……ふふ。そんなに彼に会いたいの? なら、招待状を送ってあげなきゃね」


上層のモニター越しに、懸命に「凪の影」を追う皓の姿を、紫苑しおんはうっとりと眺めて居た。 彼女にとって皓は、凪という人形を動かすための、最高の『ぜんまい』だった。 鴉組に命じて、『ステーション04』に凪が居るという情報を流させる。それは皓にとって、ようやく辿り着いた希望の光に見えるだろう。


皓は今夜も、二本の刃を愛おしそうに研ぎ澄ませながら、空の向こう側にいるはずの凪を想って居た。


『待ってろ、凪。あともう少しで、俺がそこまで行く』


十五歳の少年が抱くその無垢な期待。それが、上層の冷徹な実験場へと彼を誘っていることなど、露ほども疑わずに。

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