『錆びた楔の昼食会』
ある程度の回復を経て、覇気を取り戻した俺は、三人の様子を改めて観察する余裕ができていた。
暁は、その名前とは裏腹に、理知的な落ち着きの窺える端整な顔立ちの艶のある黒髪を少し長めに伸ばした青年だ。煤けた軍用コートがトレードマークの模様。
陽は、燃えるような鮮やかな赤い髪を肩先で跳ねさせているショートカットが特徴だ。動きやすさ重視のショートパンツと、いくつものポーチを下げたタクティカルベストを着用。大きく輝く暗褐色の瞳は、暗い下層でも希望を失っていない。
星は、黒から水色へとグラデーションの掛かった長い髪を、適当に後ろで束ねた、どこか儚げな青年。常に眠たげな半眼で、周囲にホログラムのコード(星屑)を浮かべている。肌は日光を知らず、不健康なまでに白い。衣服も、ゆるだるな魔法使いみたいなワンピースだ。
親交を兼ねて食事会をしようという流れで、アジトの片隅、乱雑に積み上げられたモニターと基板に囲まれた場をかりそめの食卓とした。
「……なんだ、この固形物は」
皓は、陽から差し出されたトレイの上の、黄色く光る「何か」を怪訝そうに睨んだ。
「あはは、ひどーい! 特製の合成タンパク質ケーキだよ。見た目はアレだけど、味は……ま、慣れればいけるって!」
陽が豪快に笑いながら、自分の分を口に放り込む。
暁はコーヒー(という名の泥水に近い飲み物)を啜りながら、皓の疑問に先回りした。
「……凪さんは、優秀な『使い手』だったが、機械の扱いに関しては、お前が思ってるよりずっと不器用だったぜ」
「不器用……? あの凪が?」
皓の三白眼が不信感に揺れる。彼にとって、凪は完璧の代名詞だった。
「本当だよ。特に、俺が渡した『ジャミング装置』の使い方がね」
サーバーラックの影から、星がホログラムのコードを指先で弄りながら言葉を繋ぐ。
「……あれ、僕の初期作品。少し不安定で、時々、上層の監視網を『甘く』通しちゃうバグがあった。……でも、凪さんはそれを直せって一度も言わなかった。……わざと、足跡を残すみたいに」
「足跡……?」
「そうだ」
暁がリボルバーのシリンダーを弄りながら頷く。
「あいつは、自分がここにいた証拠を、誰かに、あるいはあの上層の『檻』に、敢えて見せつけていた節がある。……お前を匿っていた一年間もな」
皓の手が止まった。 自分が凪に守られていた時間。それは、凪が上層という「呪い」と戦いながら、同時にその絆を断ち切れずにいた時間でもあったのか。
「……ま、今はそんなことより自分の牙を心配しろ。星のハッキングで、ステーション04の防御データは抜いた。次は陽がルートを引く。俺がそのククリに、上層の装甲をバターみたいに裂く『高周波発振器』を組み込んでやる」
暁が不敵な笑みを浮かべて、空になった瓶をテーブルに置いた。
「……あァ。……不味いケーキだが、力は出そうだ」
皓は、泥臭い合成肉を噛み締め、初めて「チーム」という名の重みを胃に落とし込んだ。
凪が信じていたらしい連中というのもあるが、腹に一物もなさそうな快活なやりとりが、疑心というものを華麗に霧散させていた。
だが、次々と疑問は浮かぶ。真顔になって、恐らくはリーダー格と思われる暁へと視線を向けた。
「あのさ、棄域って、鴉組の刃が上層に肉収めて、収入得るってのがデフォルトだろ? あんたら、どうやって糧を得てるんだ?」
尤もな疑問だと言わんばかりに、暁が落ち着いた頷きを寄越し、淀みない口調で語り出す。恐らくは、メンバーを増やす際に語り慣れているのだろうと推測された。
「上層様が捨てたガラクタ――軍用ハードや警備ドローンの残骸を、俺が『現役』まで叩き直す。最新技術の逆解析だ。下層の錆びた安物より、俺が刻印を打ったブツの方がよっぽど信頼されるんでね。闇市じゃちょっとしたブランドだ」
自信たっぷりに言い終えた暁の言葉の後を継いだのは、どこかのほほんとした星の穏やかな声だ。
「……あとは、データのゴミ漁り。上層が投棄したストレージから、あいつらが隠したがってるスキャンダルや個人情報を掘り起こす。それを情報屋に流すか、当の企業に『匿名』で買い取らせる……実質的なゆすりだね。お綺麗な上層様も、欲望からは免れられないってわけ」
ウインクして、茶化すような口調を引き継いだのは、陽の弾むような声だ。
「はいはーい!あたしは足担当! 道楽で下層に降りるエリート様や、闇業者の『ガイド』兼『ボディガード』。棄域の裏道は全部頭に入ってるからね。報酬は、こういう汚染されてないレーションとかエネルギー。現物支給が一番確実だしさ。……で、そのケーキ、美味かったっしょ?」
得意げに笑う陽の言葉を受け継ぎ、締めくくるように、暁が、どこか重みのある笑顔を向けて口を開く。
「俺らはただ金が欲しいわけじゃない。回り回って上層に一泡吹かせてやれれば、それでいい。あいつらの道楽に付き合うのも、いつか足元を掬うための下準備だ。――……蓄財は、着々と、な」
そして、改めて俺に真っ直ぐに視線を向けて問いかけてくる。
「皓、お前も、一人では限界を知った筈だ。一緒に戦おう。」
陽が言葉を続ける。
「あたし、それなりに人を見てきたけど、あんたはただ真っ直ぐすぎるだけ。信用は、できるよ」
星が、ケーキを咀嚼しながらもごもごと告げる。
「暁と陽のお眼鏡に適ったっていうんなら、俺も信じられるかな」
ここに来て、流石に理解している。こいつらが、凪にやられた夜に助けに来てくれなければ、俺は今頃、あの薄汚れたコンクリのうえで、鼠に囓られる肉塊になっていただろうことを。
それに、随分と久しぶりに、人とのぬくもりや繋がりを、噛み締めることができた心地良さに、少し力が抜けていた。
あまりにも真っ直ぐな誘いに、視線が惑い、結局伏し目がちになって…
「ああ、宜しく、頼む。――……ただし! 立場はイーブンな!」
顔を上げ、三人を見渡し、譲れぬ一点だけは、言い切った。




