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『棄域 ―Layer-Zero―:肉から牙へ、名前を護るための血の変遷』  作者: 黎


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『熱の残滓』

棄域(Layer Zero)の最下層、錆びた配管が剥き出しになった地下貯蔵庫。そこが、こうの選んだ仮初の巣だった。 「……ッ、ぅ゛、あ……」 脇腹に叩き込まれた衝撃を思い出し、皓は肺に溜まった血を吐き出す。消毒液などという贅沢品はない。略奪した強い酒を傷口にぶっかけ、歯を食い縛りながら、自らの手で裂けた肉を縫い合わせる。


手当てが終わると、彼は冷たいコンクリートの上に横たわった。 上層の人間が享受するナノマシン医療も、清潔なベッドもここにはない。あるのは、己の生命力への絶対的な信頼だけだ。 (……眠れ。食って、眠る。それが一番効く……) ククリを抱きかかえ、丸まって目を閉じるその姿は、傷ついた若い獣そのものだった。だが、意識が闇に落ちる寸前まで、掌に残る凪の血の「熱」だけが、彼の魂を凍りつかせまいと燃え続けていた。



一方、標高二千メートルの静寂。紫苑しおんは、薄暗い私室で巨大なホログラム・モニターを弄んで居た。 再生されているのは、ステーション04の記録映像。そこには、漆黒の装甲を纏った凪と、泥にまみれた皓が火花を散らす「殺し合い」が、高精細な映像で記録されていた。


「信じられない……。あんな安っぽいナイフで、枢軸すうじくの最新装甲を裂くなんて」


紫苑は、皓が凪の肩口を切り裂いた瞬間の静止画を拡大し、その歪な笑顔を指でなぞった。 下層の「肉」は、通常、上層の圧倒的な武力の前に震え、屈するだけの存在だ。だが、この少年は違う。対等に、あるいはそれ以上の「熱量」を持って、凪という完成されたシステムに挑んで居る。


「……いいわ。もっと近くで見せて。あなたが、凪くんの心をどこまで掻き乱せるのか」


彼女の優美な瞳に、冷酷な好奇心と、得体の知れない期待が灯る。紫苑にとって皓は、もはや単なる「ぜんまい」ではなく、自分と同じ孤独な頂点に風穴を開けてくれるかもしれない、興味深い「共犯候補」になりつつあった。



上層の整備ドック。白一色の無機質な空間で、なぎは装甲を脱ぎ捨て、生体メンテナンスを受けて居た。 脳内に直接リンクされたデバイスが、今日の戦闘データを処理し、不要な感情や記憶を「最適化」という名の下に削ぎ落として行く。


だが。 (……肉じゃ、ねェ……) 脳の深奥で、電子の海を泳ぐはずのない「声」が響く。 目を閉じれば、バイザー越しに見たあの少年の笑顔――凪がかつて、慈しむようにその口元に刻みつけた「歪な弧」が、網膜に焼き付いて離れない。


「……異常、なし」


合成音声のような呟きが、凪の唇から零れる。 心拍数、脳波、血圧。すべては規定値内だ。論理的には、あの少年は排除すべき「ノイズ」に過ぎない。 しかし、肩口の傷が塞がるたびに、そこにあったはずの「痛み」が、古い記憶の扉を叩くような奇妙な感覚を呼び起こす。 凪の双眸は、依然として凪いだ海のように虚ろなままだ。けれど、その海面の下では、一粒のつぶてが投げ込まれたかのような、微かな、けれど消えない波紋が広がり始めていた。


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