5 沼と一体化
どのくらい経っただろう。
いつのまにかわたしは沼の中で分解され、すっかり白骨化していた。
どうしてそんなことがわかるのか。死んだはずのこの身であるのに、なぜ自分の身に起きていることがわかるのか。
この不思議は、実はわたしが沼に沈んだ直後から発生していた。
どろどろとした沼の水が口や鼻から入ってきて、わたしはすぐに溺れ死んだ。体は深く深く沼の底の泥に埋まっていき、やがて――。
沼と一体化する感覚になった。
それはなんとも奇妙な現象だった。沼にはいろいろな生物がおり、それらの死体もあり、人々が捨てた不用品もたくさん存在していた。それらが今、すべて自分のことのように感じられる。わたしは、沼のあらゆるモノと一体化してしまっていた。
数日経って、お父様が沼にやってきた。
目などもうないのに。
耳などもうないのに。
沼と一体化していたおかげで、わたしはありがたくもお父様を知覚することができた。
「エルザ! エルザいないのか!」
お父様は必至でわたしの名前を呼んでいた。
沼は底なしのため、一度沈んだものは浮かび上がらない。
顔を出しているのは沼の中ほどまで投げ入れられなかった、水際にある不用品ばかりだった。それらをかき分けながら、お父様はわたしがどこかに沈んでいないか一所懸命に探している。
お父様。そうされてもすぐに見つからないように、わたしは沼の奥深くまで入り込んだのですよ。わたしの身元がわかりそうな所持品も、すべてこの沼の底に沈んでいます。どうやっても見つかりはしないでしょう。ですのでどうか、あきらめてください。
見守っていると、やがてお父様は大声で叫びはじめた。
「ああ、エルザ! エルザ! ここではないのか! では、どこへ行ったのだ! 死んだかどうかもわからないとは……。ああ、なぜ私はあのときエルザをひとりにしてしまったのだ! 妻も、娘も……失ってしまうとは! もう私には生きていくための理由がない!」
今度こそ、死のうとしている。そう思った。
お父様はあの日と同じように沼の中へ入ろうとしている。
でも、一歩足を沈めた瞬間。ハッとされてこう言った。
「いや……まだわからない。娘はどこかで生きているかもしれない。なら、私がここで死んでしまったらどうなる? あの子は帰る家を失う。そうだ……。まだ死んではならない。あの子がこの世のどこかで生きている限り、その帰りをあの屋敷で待っていなければ!」
お父様はやはり強い。
また思い直して、沼を去っていってしまった。それ以来、ここにお父様がやってくることはない。
きっとあの屋敷で何年もわたしの帰りを待ちつづけているのだろう。
それからまた、長い長い時が過ぎた。
青年がその間、不用品を捨てにきた。
中年の女性が、不用品を捨てにきた。
子どもが、亡くなった猫を捨てにきた。
以前来た青年が、歳をとった中年になって、不用品を捨てにきた。
いろいろな人間がモノを捨てにきた。
やがて――。
また永い永い時が経ち、空に、たくさんの星が流れる夜がやってきた。




