3 森の奥の底なし沼
森に入るのはもう何年ぶりだろう。
幼いころ……まだジェイド様と婚約をする前だったか。お父様とふたりで、森に入ったことがあった。お母様が病で亡くなり、ふたりとも失意のどん底にいたころだった。
「エルザ……たまには散歩にでも行こうか」
「はい!」
お父様と散歩なんてほとんどしたことのなかったわたしは、悲しみの中でも大いに喜んだ。
供は誰もつれていかなかった。
わたしとお父様のふたりだけ。はじめ、のどかな町並みを歩いていたわたしたちは、いつのまにか森の方へと足を向けていた。
お父様は口数が少なかった。
わたしは目に見えるさまざまな人や、家や、道端の野草や、鳥や、空の雲などを指してはお父様に逐一報告していた。そのたびに、お父様の目元はゆるみ、優しいまなざしを向けられた。
やがて、わたしたちは森へと到着した。
お父様は無言のまま、森の奥へと奥へと迷わず進んでいった。
わたしはだんだん怖くなっていった。けものみちだけがわたしたちの行き先を示していた。やがて、いっそう暗い窪地に来ると、そこには大きな濃緑色の沼があった。
水際にはいろいろながらくたが顔を出していた。
家具や、傘や、おおきなカバンなど。
「おとうさま……?」
わたしは、不安になって、思わずお父様を見上げた。
なぜここに来たのだろうと思っていた。お父様は言った。
「エルザ……私とお母様のいるところへ行こうか」
「おかあさまのいるところ……。てんごく、ですか?」
「ああ」
「そうですね。おかあさまに……わたしもあいたいです」
「そうか。そうだな……」
お父様はわたしをふわりと抱き上げると、そのまま沼の中へ足を踏み出した。
「おとうさま!?」
わけがわからなかった。
天国へ行くというのに、どうして沼の中へ行こうとするのか。そっちは天国とは逆の、むしろ地獄の方じゃないのかと。わたしは恐怖した。
「おとうさま! おとうさま、やめて!」




