17 墓守の男、ネルブス
墓守の名は、ネルブスといった。
七つの時からここで働いているという。見た目は二十代後半くらい。身長が高いうえに痩せているのでひょろひょろとしている。常におびえたような目つきをしており、ちょっとの物音でも飛び上がって驚いていた。
今も、墓石と墓石の間からひょっこり小鳥が出てきたのだが、大きな悲鳴を上げてひっくりかえっている。
「だ、大丈夫ですか……?」
「あ、ああ。平気だ……」
声をかけると、男ははずかしそうに腰の土を払って立ち上がった。
「おかしい、と思うだろう。墓守なのにこんな臆病で……」
ネルブスは自嘲気味にそう言う。
霊園は広く、どこまでも墓石が続いていた。わたしは少し考えてから答える。
「いえ……ただ、大変では? と思いました。そんな風なのになぜ、こんな死と関連深いところで働いてるんですか」
ネルブスは落としていたシャベルを拾うと、遠くを眺めながら言った。
「先代の墓守に、世話になったからだ」
彼はかつて孤児であったという。
あるとき、教会の関係者に拾われて、以後は墓守の仕事を手伝わされるようになったとか。
「先代の墓守が親代わりだった。おれは本当の親を知らない。家族を知らない。だから、この墓地が俺のすべてなんだ。たとえ怖くとも、育ててもらった恩がある」
「でも……怖いんですよね。お仕事辛くないですか?」
「辛くとも、おれはここ以外を知らない。それに、案外やりがいもある」
さきほどから思っていたのだが、初めてわたしと会ったときと今とではしゃべり方がだいぶ変わっている。何かに驚いて動揺しているときは子供っぽい口調なのに、落ち着いているときはそれなりの年齢の口調になるのだ。
それは、特殊な環境下で育ってきたからかもしれない、とわたしは思った。
やがて、霊園の一番奥までやってきた。
そこは木立が生え、ちょっとした森のようになっている。
「ここだ。この中に、王族の墓がある」
「ここまで案内していただき、ありがとうございました。あ……でも……」
森は鉄柵に囲われ、厳重に施錠されていた。
「お前は、誰の墓参りをしに来たんだ? さきほどは『ここにある王族の墓を案内してほしい』とだけ言っていたから、こちらを案内したが……ここの公営墓地にあるのは一部の王族の墓だけだ。残りはすべて教会の近くに埋葬しなおされている」
「ええっ、そうなんですか?」
「ああ。ずいぶん昔に区画整理があってな」
「わたしは……ジェイド一世。そのお方のお墓を探しています」
「くわしくは聞かないが、そのお方のならここにあるな。少しだけならいいだろう。開けてやる。妙なことはするなよ?」
「はい、ありがとうございます!」
ネルブスは腰に下げていた鍵の束を外すと、その中でも一等大きなものを探し出し、鉄柵の入り口の鍵穴に入れた。
がちゃりと音がして、扉が開く。
「一応おれも同席する。何かしようとしたらすぐに対処するためだ」
「な、なにもしませんよ……」
扉をくぐり、中に入ると、そこは木々に囲まれつつも広々とした空間となっていた。いくつか家の形をした墓石が並んでいるが、ネルブスはその中でも一番日当たりのいい場所にあるものの前に行く。
「これが、ジェイド一世の墓だ」
それは白い石造りの、神殿のような形の墓だった。
数本の太い柱で屋根を支え、その中央に石棺らしき箱状の物が置かれている。その石棺の前に、本のかたちのモニュメントがあった。
「ジェイド一世は別名『蔵書王』とも呼ばれていたからな、それを称えてこのような意匠の石碑が追加されたらしい」
「蔵書王……」
碑文には、およそ六十年前に三十歳の若さで亡くなったことが刻まれていた。
そしてその下に――、彼の愛した本の名前が列挙されていた。
「ああ、ジェイド様……!」
それらは、どれも見覚えのある題名だった。お互いに貸し合ったり、内容を語り合ったりした本たちばかり。さまざまな思い出が熱くよみがえる。
「ああ……。あれからわずか十年あまりで……亡くなられてしまったのですね。こんなお若くして……ああ……」
わたしは亡くなられた歳を思って泣いた。
まだお子様も小さかっただろうに。どのようにして亡くなられたのかまではわからなかったが、長生きはなさらなかったのだと知り、胸が引き裂かれる思いになった。
わたしは近くに咲いていた野花を摘むと、ひざまずいてその墓石の前に供えた。
「申し訳ありません。こんな身になってまで、またなんの準備もせずに墓参してしまいました。お許しください。ただ、わたしのいなくなった世で……ジェイド様はどう生きておられたのか、それだけを知りたくて参ったのです……」
わたしは詫びるように頭を下げ、胸の前で手を組んだ。
今はただ彼の方のご冥福を祈ることしかできない。
「そんなことをしても、ジェイド一世の魂はもうここにはないよ」
「……!?」
どこからか声がした。
それは墓守とは違う男性の声だった。
「なに……?」
「ここだよ、ここ」
見上げると、いつのまにか神殿の屋根の上に白い貫頭衣を着た男が立っていた。




