15 同じだけど違う
「ジェイド……。王太子様……? どういう、ことですか。そのお名前はあの方だけの……」
七十年前にわたしの婚約者だったお方、ジェイド様。
目の前にいるこのお方は、その同じ「ジェイド」という名前を名乗られた。どういうことなのかさっぱりわからない。
わたしは震える声で繰り返した。
「本当に……どういう、ことなのですか。どうしてあの方と同じ……お名前なのですか!」
「あの方?」
「な、七十年前にもおられたはずです。ジェイドという名の王太子様が……この国に!」
そう叫ぶと、兵士たちに殿下と呼ばれていた方はこう言った。
「ああ、たしかに七十年前、隣国の姫と政略結婚をしたジェイドという王太子がいたな」
「そ、そうでしょう。その方と、どうして同じお名前なのですか!」
「それは……以後の王太子が、代々その高名を引き継いできたからだ」
「えっ」
意外な事実にわたしは呆然となる。
ジェイド様と同じお名前の、ジェイド様の子孫? 頭がこんがらがりそうだったが、わたしはなんとかそれを理解しようと努めた。
「なんだ。知らないということは、君は我が国の国民ではないのか? そのようなこと今日び誰でも知っているぞ」
「たしかにわたしは、かつてこの国の国民でした。でも……そうでしたか。失礼いたしました、ジェイド殿下」
「わかってもらえたか」
うむ、と満足したようにうなづくジェイド殿下。
しかし、同じ名前でも違うと感じた。このジェイド殿下は「ジェイド様」ではない。わたしの愛したあのお方では……。
「とても、よく似てらっしゃるのに……」
顔も、雰囲気も、二十歳くらいという年齢もほぼ同じだった。
でも違う。
同じだけど違う。
あれから七十年経っているが、この方はいったい何代目の「ジェイド」なのだろう。
「似ている、それはよく言われるな。曾祖父上の肖像画があるのだが、俺はまるでその生き写しのようだと」
「曾祖父上……。ということは、あなた様は七十年前のジェイド様の御曾孫でいらっしゃるのですね」
「ああ。それにしても……さきほどからのその口ぶり。魔女というくらいなのだから、君は長く生きているのだろうな。だからこそ、曾祖父上のことも――良く知っている」
「……」
わたしは沈黙した。
「それは、肯定と受け取ってよいのかな? ますます謎だ。君はいったい……」
「いずれあなた様のお耳にも届くかと存じます。わたしが何者であるか……」
あいかわらず不思議そうな顔をしているジェイド殿下に、わたしは床に落ちていた本を返す。
それは、以前わたしにジェイド様が貸してくださった本だった。
「『海洋上の天候把握』……」
いつか、一緒に洋上遊覧でもしてみたいと語り合ったことがあった。そのためには気象の予測と、潮の流れも把握せねばなるまいと。
「とても面白い本です。どうぞ、大事になさってくださいませ」
わたしはそう言うと、深く一礼をして踵を返した。
しかし、その手をジェイド殿下にとられる。
「待ってくれ。その……また、会えないだろうか。君のことを、もっと知りたい」
「……機会がありましたら」
「なぜだ?」
「?」
「なぜ……ここへ来た。エルザ……。今まで、どこに……」
「ジェイド殿下?」
殿下は左手で本を抱え、右手でわたしの手をつかんでいた。
しかし、また苦しそうに頭を押さえ、わたしの手を放す。
「ううっ……」
額に手を当て、苦悶の表情をされている。わたしはあわてた。
「大丈夫ですか。今、人を呼びます」
「いや、いい……平気だ。なにか君には事情があるんだろう。このまま、行っていい。だがお願いだ。どうかまた、ここに来てほしい……」
「……」
「せっかく、会えたんだ。頼む……」
わたしは軽くため息をつくと、自嘲ぎみに微笑んだ。
「わたしは、魔女ですよ。人ではないのです。本当はカエルの顔をしていて……あなた様が今見ているのは、嘘のわたしの姿なのかも。そんな、王太子様に会いにきてくれと思われるような良いモノではありません。それでも、そうおっしゃられるのですか」
「ああ……」
「しかたのないお方ですね。その頭の痛み、きちんとお医者様に診てもらってくださいませね。また来られるかどうかは……本当にまたその機会があれば。それでは、」
ごきげんよう。
わたしはドレスの裾を持ち上げて完璧なカテーシーをしてみせると、足早に部屋を出た。この気持ちを振り切るように。
ダメだ。あの方はジェイド様ではない。同じだけど違うのだ。
あんな、あんな熱い視線で見られたら……。
勘違いをしてしまう。
同じかも、と。
わたしは、廊下の壁をまた魔法ですり抜けて外に出た。
そしてそのまま、城下町まで飛んでいった。




