10 畑の毒を沼の魔法で
しばらく行くと、広い畑が見えてきた。
どうやらここがベラの家の畑らしい。
見たところ、なんの異常も無いように見える。けれど、畝には何も植えられていなかった。
「こっちが畑で、あっちが家だ。でも……今は家の方に行きたくない」
「どうしてですか?」
「父さんと、母さんが……いるから……」
ベラの両親。亡くなったばかりで、そのままの状態なのだろう。わたしは無理に家の中に入ることはせず、畑の様子だけ見ることにした。
道から畑の中に入り、よく見まわす。
やはり大した異変は感じられない。でも……。
わたしは濃緑色のドレスのすそをぞわぞわと長く伸ばすと、それを畑一面に広げた。
「なっ……! エルザ、アンタやっぱり魔女なんだな。すごい……」
「なんだなんだ?」
「あれは何をしてるんだ」
わたしの変化に、ベラも、近くの畑にいた他の農夫たちもみな驚いていた。
しかしかまわず、そのまま魔力を使って畑と「一体化」する。
「ああ、やはり……」
一体化してみてわかった。やはりこの畑の中には鉱物による毒が蓄積している。ドレスの裾をさらに延ばして近くの川にも浸してみると、川もまた毒によって汚染されていた。わたしは畑の毒のみを己の体の中に取り込んでみる。
畑全体が透明な緑色の光に包まれる。
するとすべての毒がわたしの中に入ってきた。何も苦しくはない。なぜならわたしは「沼」そのものだったから。
「エルザ、今何をしたんだ? うちの畑はどう……」
「ベラさん、今あなたの畑の毒を全部吸い出しました」
「ええっ!」
「これでまた安全な作物を作れると思います。ああ、でも……そこに毒の水を撒いたらまた同じことですね」
わたしは川のそばに行くと、ドレスの裾の中からたくさんのがらくたを出した。
それらを魔力で浮かし、それぞれを合体させる。
魔力の圧力で変形させ、癒着させる。わたしはそうして、川と用水路の間に、特殊な水車付きの水門を作ってみせた。濃緑色の水門は、同色の水車を回しながら川の水を用水路へと流しはじめている。
「あいかわらずすごいな、エルザ。それはいったい何だ?」
ベラがやってきて不思議そうに尋ねてくる。
「これは水門です。わたしの沼の一部から作ってみました。これが川の毒素を吸い出して、綺麗な水だけを用水路に通す仕組みです。これなら、せっかくきれいにした畑の土がふたたび汚染されることも、飲み水が汚染されることもないでしょう」
「ほ、本当か……?」
ベラは半信半疑だったが、用水路の水を手で汲んで飲んでみると、その味が急激に変化したのがわかったようだった。
「美味しい……! エルザ、これ本当に綺麗になってるよ。どうなってるんだ? これも魔法?」
「ええ。わたしの沼の魔法はこういう使い方もできるようです。少しでも、お役に立てたでしょうか」
「ああ。みんな! グリゴリーおじさんも! 来てくれ!」
周囲に集まっていた農夫たちや、隣の畑にいた男性らを招いて、ベラが用水路の変化を伝える。すると誰もが「信じられない」と声をあげた。
「これならもう、毒の野菜を作らなくて済む」
「そうだ。体にも毒を貯めずに済む!」
「なんという奇跡だ!」
「ああ、あの方が……。沼の魔女様というのか」
「沼の魔女様! 沼の魔女様、ありがとうございます!」
人々はわたしに対して口々に礼を述べていった。わたしはベラの家の畑だけでなく、他の農民たちの畑の毒も吸い出してやった。
「ああ、これでまだ作物を育てられる!」
「生きていかれる! ありがとうございます!」
こうして周囲はちょっとしたお祭り騒ぎになっていった。
わたしはベラのショールをいつはぎ取られて、「化け物!」とののしられるのかとひどくおびえていた。
しかし、誰もわたしの容姿に言及する者はいない。
どころか、すぐに新しい作物を植えよう、とかけまわる者たちばかりだった。
「みんな気持ちが折れかけていたのに……。こんなことされたら、アタシももう少し両親の畑を面倒みようかなって思っちゃうじゃないか」
「ベラさん……」
「ありがとう、エルザ。父さんたちは戻ってこないけど……どうにかまた頑張ってみるよ」
ベラは、泣きそうな笑いそうな複雑な表情を浮かべて、畑を見た。
わたしは水門のくるくる回る水車を眺めながらひとり、「これで良かったのだろうか」という思いを抱いていた。しかし、考えても詮のないことだ。
自分と似た境遇だったから、つい手を貸してしまった。そういう性分ではないと思っていたのに。でも、悪くないなと思った。
少しでもあの方の治める国が良くなればいい。ジェイド様は今はいないけれど、そういう風に思えるようになった。
しばらく他の畑も見回っていると、軍服を着た人々がぞろぞろとやってくるのが見えた。
「あっ、憲兵様あそこです! あそこに化け物が!」
一番うしろにいた農民らしき男性が、わたしを指さしながら叫んでいる。
「おい、そこの魔物、動くな!」
「えっ?」
憲兵のひとりもわたしを見てそう言っている。
「魔物」――それは十中八九、わたしのことだろう。
魔法を人前で使ったときから覚悟していた。
かならずしも友好的な人ばかりではない。だから、わたしのことを良く思わない人だって当然出るだろうと。案の定、そういう人が不安になって憲兵らに告げに行った。変な奴がよくわからないことをしている、助けてくれ、と――。
彼らは目の前までやってくると、数人がかりでわたしを取り囲んできた。




