1 婚約破棄という悲報
暗い暗い、沼の底。
誰にも気づかれない沼の底で、わたしは今、白骨死体となっている。
なぜこんなことになったのか。
世界に絶望したあの日。
死を望んだあの日。
わたしは沼の底でいまも、繰り返しあの日のことばかりを思い出している――。
※ ※ ※
「すまない、エルザ。外交上の理由でお前たちの婚約は破棄となった。ジェイド様は代わりに隣国の姫と――」
お父様が何か言っている。
あの日、わたしは「話がある」とお父様の執務室に呼ばれていた。
「許せ。こうでもしないと隣国と戦争になってしまうのだ。お前たちのことは、幸い国民のほとんどには知られていない。よって滞りなく隣国とは――」
「ジェイド様は……? ジェイド様は、なんと?」
婚約破棄。
そんな話は到底信じられるはずもなく、わたしはようやくその問いだけを口から絞り出せた。
「許してほしい、と。君の幸せを陰ながら祈っている、と。そうおっしゃられた」
「そんな……。ああ……っ!」
わたしは顔を覆って、その場に崩れ落ちた。
床のじゅうたんがわたしのひざを優しく受け止めてくれる。
幼いころから遊び相手として交流をさせていただいていた、この国の王太子様――ジェイド様とわたしは婚約者同士だった。
年頃になってからはお互いに愛をささやき合うまでの関係となっていた。
結婚ももう少しで行われる予定だった。
……それなのに。
「エルザ……! 頼む、辛いだろうが理解ってくれ。これもこの国の未来のためなのだ!」
「お父……様……」
「私も辛い。我が国に、もっと力があれば……」
お父様は両のこぶしを血がにじむほど握りしめていた。わたし以上にくやしい思いをされているようだった。それでも、この身にはただただ悲しみしかない。
王城の園庭で、ジェイド様と語らった日々を思い出す。
黒々とした御髪に、翡翠色の瞳をされていたジェイド様。いつも優しく笑いかけてくださって、様々なお話をしてくださっていた。わたしたちはお互い、かなりの読書家だった。それぞれが見つけ出した珠玉の物語を、お茶を飲みながら教え合ったりもしていた。
けれど、あのようなきらめく日々はもう訪れないのだ。
「ああ、ジェイド様……」
わたしはひどいめまいを感じながら、しばらく立ち上がれずにいた。




