第六話 これぞ、連携
その日のうちに、クシャナたち十人の討伐チームは幼魔獣出没エリアに出向くことになった。
足場には岩石が多く、先には峻厳な山岳地帯が広がっている。
──岩場の方から流れる風に、クシャナはすん、と鼻を鳴らした。西の方からか。
チームを先導し、山の麓を見回したハリスが一同へと振り返る。
「依頼書の目撃エリアはこの辺りになります。視界も開けているし、瘴気もないので少し先を探索してみましょうか──」
「探索は全員でまとまって、ですよね?」
強張った声で訊ねたのは、今回のチームに加わるもう一つのパーティだった。問いかけたリーダーと思しきライフルを背負った青年と、近接攻撃の剣を携えた髭面の男、鎖鉄球付きの棍棒持ちの大男の三人。順に名はクレン、ホセ、ジョエルと紹介された。
三人だけでも倒せる三等ランクの幼魔獣討伐は経験済みだが、十人がかりでの大物は初めてらしい。
──ちなみにここに来るまでにクシャナとナタリーが挨拶をしたら、三人とも「クシャナって『あの』?」という顔面になっていた。が、真横でナタリーが番犬のように険しい目つきで「ぐるる」と喉を鳴らしていたので、何かの危機を感じ取り無言でいた。察しがよくて助かる。
クレンの問いにハリスは頷く。
「もちろんです。手分けして探索中に遭遇してしまったらことですし。そうですね……まずは西の岩場に向かいましょうか」
──おや、とクシャナは訝しむ。
もうそっちに行くのか?
異論なく探索のため歩き出す一同に、後ろからクシャナが声をかけようとしたところで、
「え、なんで?」
びっくりしたように目を丸くしたナタリーが声を上げた。
一斉に振り返る冒険者たちの視線を、ナタリーは順番に見つめ返す。
「いきなりそっちから行くの? 真正面からの正攻法なら、事前に作戦考えた方がいいんじゃ、」
「はあ? なにワケわかんねえこと言ってんだ、チビガキ」
荒々しい語気を挟んで来たのは、数刻前ナタリーに顎を蹴られたドミニクだ。
眉間に皺を寄せ、威嚇するように手持ちの盾を地面に刺してガンと音をたてる。
「まずは幼魔獣の探索だって言ってんだろ。逸ってんじゃねえ」
「? だってそっちに──」
ナタリーが眉根を寄せながら、これから向かおうとしている西の岩場を指さしている。
──どうにも現況の認識にズレがある。クシャナは口を開いた。
「クレン君、ライフル持ちってことは、後方でのサポートだよな?」
「え? あ、はい」
「じゃあ、この辺で。できれば高い場所押さえてほしいんだけど、この辺りの岩場崩れやすいから無理はするなよ」
突然声をかけられ身を竦めるクレンに、クシャナは有無を言わさず指示を始めた。
「他に後方支援役は?」
「あの、私たちです、けど……」
おずおずと手を上げたのは、ハリスのパーティにいる女性二人だった。カミラとユーナ──狙撃銃と双眼鏡持ちから、ツーマンセルだと判る。
「なるべく距離をとって。できれば同じ場所で攻撃し続けない方がいい」
クシャナは手短かに告げると、あとの冒険者たちを見回して各自の得物を確かめる。
──ここは戦闘の連携より安全優先だ。
「おい、あんたさっきからなんだよ、まず探索を」
盾持ちのドミニクの横から言って来たのは、槍持ちのラウルだった。クシャナに、というよりナタリーと剣呑なやりとりをしていた分、態度にも棘がある。
だが、構っている時間はない。すでに凄まじい速さで迫っている。
言えるとしたら、あと一言。
「まずは距離を取れ」
「来るよ、岩、気を付けて!」
間髪入れず、ナタリーの鋭い声が迸った。
次には。
一同で探索に足を向けようとしていた西の岩場が派手な音とともに炸裂していた。
「うおお⁉」「わあ────っ」「きゃああ⁉」
地を震わせる衝撃に、一同の悲鳴が重なる。
が、それを巨大な咆哮が圧し潰す。
巨大な壁を築いていた岩場を頭突きで破砕した四肢の魔物が姿を現した。鈍い光に照る鋼色の分厚い鱗、顎から覗く凶暴な牙の筵。顎を広げて吼えると、首筋に沿って生えた硬そうな骨板から黒煙のような瘴気が勢いよく噴出した。
大きさで言えば、ナタリーと二人がかりで斃した幼魔獣とほぼ同じ。
「……ひぃ……」
呼吸を慄かせ、どさっとその場に尻餅をついたのはドミニクだった。
十人以上を要する討伐──人数さえ集めれば可能だと思っていたのか。
いかに手強い幼魔獣であるか、ランクをもとに想定できるほどの経験がまだないのだろう。それは他の冒険者たちも同じだった。みな、一つ吼えただけの幼魔獣を前に戦意を根こそぎ奪われている。
「──こうなったんなら、真正面からの正攻法しかないかっ」
ナタリーが銃剣を構えていた。
戦闘に研ぎ澄ませた目で、幼魔獣を見据えている。奇襲やそのサイズにも微塵の怯みもない。
──一瞬、その青い目がクシャナを見た。
動けずにいる冒険者たちをどうするか、といったところか。
クシャナは無言で頷いた。
細かいことも含め自分に任せておけ──そう視線をやると、ナタリーはテレパシーでも受け取ったように力強く頷き、
大きく地を蹴った。
風を切り裂き疾駆するナタリーが幼魔獣との距離を詰める。
躊躇いなく迫近したものに、幼魔獣が飛び掛かっていく。
顎が開かれ、居並ぶ牙がナタリーを呑み込もうとする。
ガチン、と鋼が擦り合わされたような音。幼魔獣の顎が噛み合う、が、獲物は不在だ。
ナタリーは跳び上がり、その頭上にいた。
真下に向けた直刀で幼魔獣の頭蓋を狙い──切っ先を突きたてた瞬間、引き金を引く。
ドン、と銃声が轟く。火薬で増幅されたナタリーの銃剣が、刀身の半分以上埋まるほどの威力で幼魔獣の頭蓋を刺し突いた。
冒険者が唖然としている間に、ナタリーが初撃を喰らわせていた。
脳天から瘴気を発し、頭を悶えさせる幼魔獣の甲高い絶叫で、一同はようやく我に返る。
「……っ、ぅわ……!」
「動けるか?」
乾いたうめき声を漏らしていたハリスに、クシャナが横から声をかけると、
「なんっ、なんで……いきなり幼魔獣が……⁉」
剣の柄を握りしめ、混乱を口走る。
警戒していたのに、幼魔獣が襲い掛かってくるまでその気配に気付けなかった──完全な不意打ちにハリスは混乱しながらクシャナへ問い尋ねる。
「どうして幼魔獣がそこから来るって知ってたんですか……⁉」
悠長に説明している場合ではないので、クシャナは簡単に答えた。
「匂いだよ。幼魔獣の瘴気が西風に乗って来た。現界が確定してるから、戦闘準備をした」
東の辺境デクストラでひとり幼魔獣を狩っていた頃にも、瘴気は幼魔獣や魔獣の現界を捕捉するための重要な気配だった。クシャナはそれを「匂い」のように嗅ぎ取れる。
瘴気あるところに幼魔獣・魔獣あり。だが厄介なのは、奴らが異界とこの世界とを「行き来している」ことだった。瘴気や目撃情報をもとにいざ討伐に向かうも、その姿が消失していることもままある。唐突な魔獣の現界に剣聖が急ぎ向かうも間に合わず、潰滅させられている悲劇も数多い。
神出鬼没の魔物を完全駆逐は不可能──人類による討伐の歴史に終わりは見えない。
「瘴気の匂い……? でもそんなの、全然……」
瘴気をもとに幼魔獣に警戒することは討伐の鉄則だ。知っていながら、ハリスも他冒険者たちも気付くことはできなかった。
「俺は犬みたいに鼻が利くんだ。──ナタリーも敏かったな」
東の森で共闘した時も、クシャナを見失った直後瘴気の気配を察知して見つけたと言っていたし、なにより──覚悟が早い。
巨大な幼魔獣相手に、瞬時に臨戦態勢になり初撃を見舞わせた。
ナタリーは幼魔獣の頭頂部に銃剣を喰い込ませたままで、果敢にも粘っている。
加勢が必要だ。
クシャナは剣の柄に手を置いたまま硬直しているハリスの腕を軽く掴んだ。
「無理には戦おうとしなくていい。幼魔獣は動くものに反応する。生き物は手近なものから本能的に喰らおうとするから、距離をとることを優先するんだ」
「……でも……」
ハリスの目が惑いであちこちに揺れる。ここまで来て戦わないなんて。まるで──
「言っておくけど、今自分が逃げてるとは思うなよ。筋違いだからな」
ハリスの内心を読んだように、クシャナは断言した。
「何事も経験ってやつだ。今できなくてもいいし、今後に活かせば充分だ。
それは全部、生き残ってできることなんだぞ」
慰めにはならないかもしれないが、相手の反応を待たずクシャナは前に進んだ。
恐怖で目を剥いたままの一同の視線を背中に受けつつ──
次の一歩で、クシャナは幼魔獣までの距離を裂き破る。




