第五話② 目立ってなんぼ、討伐のおしごと
同時に振り返ると、そこに黒髪の青年が佇んでいた。
身体の要所のみを守る軽装鎧姿で、腰には片手剣。
背後に目をやると、同じような武装姿があと四人もいる。手前の青年と同じ年頃が男女二人ずつ。いわゆる冒険者パーティというやつか。
青年はクシャナとナタリーとに視線を送り、
「はじめまして。僕はハリスといいます。そこの四人と冒険者パーティを組んでいて、旅の道中幼魔獣の討伐もしているんです」
にこやかでそつのない挨拶。ハリスはさらに滑らかに続けた。
「実はここでまとまった旅費を一稼ぎしようと思っていまして。そこにある、十名以上が条件の討伐を受注しようと仲間を募っているんですけど──」
「えっ、もしかして、この依頼?」
ナタリーがぱっと掲示板からひっぱり出したのは、「二等ランク・十名以上」さらに全員が討伐経験者であることが条件の高額報酬依頼だった。
「実はあと二人いれば十人になるんです。お二人が経験者であればぜひ」
「やる!」
ナタリーはずずいと前に踏みだして即答した。
「一番手強い幼魔獣を討伐したかったんだ。うれしい! ぜひ!」
ここまで前のめりに引き受けてくれるとはと、ハリスは目を丸くしている。
「返事はや……いや、ありがとう! これなら今日中に討伐に向かえますよ」
おーい、とさっそくハリスは四人の仲間に声をかけ、クシャナたちの前に呼び寄せた。
「あとは昨日誘った別パーティの三名も参加します。自己紹介は──後ほどまとめてでいいですか?」
この手の討伐は何度か経験しているのか、ハリスの進行は至ってスムーズだった。
「ぜひとも。チームで仲良くやっていきましょう」
この感じなら連携が必要な討伐も問題なさそうだ、とクシャナは安堵する。
「よろしくです!」
相手の敬語に影響され、妙な口調になるナタリー。あどけなさが気になったのか、ハリスの仲間のうち一人、大きな盾を持った大柄の男が低い声を挟んできた。
「二人とも経験者ってことで大丈夫なのか?」
「大丈夫なのですもちろん!」
ナタリーはさっと腕を翻し、一連のやりとりを無言で眺めていたクシャナへと注目を寄せる。
「なんといってもあたしの師匠は剣聖のクシャナなんだから!」
『…………え?』
異口同音に声を漏らしたハリスたちが、一斉に注視する。
クシャナは視線の圧に苦々しい顔で、
「ちょい、ナタリー。自己紹介タイムは後って話だったでしょーが」
「え? 他の三人にも後でまた言えばいいでしょーが」
「そういう問題じゃなくてだね」
思わず呻くが、ナタリーはきょとんとしている。
驚いていたハリスの仲間たちが、ようやく「ふっ」と声を漏らした。
「ええ? 元・剣聖の? 本当に?」
「クシャナって名前で剣聖っていったらそうだろ」
「ええ~、聞いたことある~! びっくり、本当にいたんですか?」
「わははだよなあ! だって〈七聖〉の汚点『三日剣聖』なんデェ⁉」
笑い混じりで盛り上がり出した男女のうち、盾持ちの男の言葉にナタリーが反応する。
──正確には、した。
『三日剣聖』という言葉を引き金に、弾丸のごとく身を弾かせるや片脚を振り上げる。
綺麗な垂直で突き上がった蹴撃。靴底が盾持ち男の顎にヒットした。
「──もっぺん言ってみろっ!」
大きく仰け反り、背中から倒れた男にナタリーが吼えた。
男は手にしていた盾を放り投げ、大の字で倒れて動かない。
「きゃああ⁉ ドミニクぅ⁉」
「な──なにしやがるんだ!」
悲鳴を上げる女性陣。槍持ちの男がナタリーを怒鳴りつける。
「こいつ……いきなり顎蹴り飛ばしやがった! どういうつもりだ!」
「だって鎧付けてる胴体蹴ってもあんま効果ないでしょが!」
「そうじゃねえ、そもそもなんで蹴ったかっつってんだよ!」
「蹴られること言うからだよ!」
ナタリーは女性二人に介抱されているドミニクと呼ばれた盾持ち男をずびしと指さす。
「半笑いで『三日剣聖』呼ばわりするなんて! ばかにしてんだろっ!」
「そ……それの何が悪いんだよ?」
烈火のごとく怒るナタリーに気圧されつつも、槍持ち男は反論する。
「事実だろ! 元・剣聖でクシャナっつったら〈真髄〉どっかでなくしたせいで剣聖剥奪された間抜けな剣客だって──」
「あんたも蹴り飛ばしてやろうかあ!」
かっと吼え、両脚に力を籠めたナタリーを。
「やめなさいて」
ひょい、と背後からクシャナが首根っこ辺りの服を掴み上げ、その動きを無為にした。
「──師匠っ、なんで止めるの⁉」
「止めない理由の方がないぞ」
心外そうに振り返るナタリーを腕一本で持ち上げながら、溜息を吐く。
「そちらのお兄さんが言ってた通り、事実なんだから。
世間じゃ俺の名前はそういう認識で知れ渡ってるんだぞ。お前さん、この先自己紹介のたびに相手全員とケンカする気か?」
「……ぅぐ……っ、最後に勝つからいいもん!」
「そういう思想は感心しないね」
冷たく言い放つと、ナタリーは徐々にしょげて項垂れた。
静かになったところで、クシャナはぶら下がっていたナタリーの脚を着地させる。
「はい、なんか言うことは?」
「………………いきなり蹴りをぶちかましてすみませんでした……」
クシャナに促されたナタリーが、ぺこんと冒険者たちに頭を下げる。
でも自分は怒ってるぞ、という気配を身の裡に籠らせた不穏な声。
ハリスが率いる冒険者たちは困惑した目でナタリーを睨み、仲間同士で相談するかのように視線をリーダー格であるハリスへと集めた。
ハリスは仲間に小さく頷くと、ナタリーとクシャナに向き直った。
「いいえ。こちらこそ、仲間が失礼なことを言いました」
突然の乱闘に唖然としていたものの、徐々に当初の落ち着きを取り戻している。
「あの、あらためて討伐に参加してもらえませんか? クシャナさんがいてくれれば、並みの経験者以上に頼りになると思うので」
ハリスはかなり大人な対応をしてくれた。
「ありがとう。俺でよければ」
クシャナがそう言うと、場が幾分か柔らかくなる。
とはいっても。
「……う、ぐ、クソ……っ、このチビガキ……!」
ナタリーの蹴りを喰らい目を回していたドミニクが起き上がり、怒りに燃えた目で睨みつけてくる。
「ドミニク、落ち着いて」
「ってられっかあ⁉ そのチビガキから先にぶち殺してやるぁ!」
「ちょっ……やめてよ、町中でそんな物騒なこと言うの……っ」
顎をさすりながら起き上がろうとするドミニクを、仲間たちが必死で押さえつける。
掲示板の前で騒然とする冒険者と剣客たち。
気づけば何事かと通行人が輪を作って眺め始めていた。
なんだケンカかトラブルか──ものものしい気配に誘われたように人々が注目している。
「くっそぉ……!」
ケンカは耐えつつも、ナタリーはドミニクに剣呑な視線をやり、低く唸っていた。
「見てろよ……あたしが幼魔獣討ち取ってわからせてやるんだから……!」
観衆まで出来上がった不穏な状況を前に、クシャナは半眼で溜息する。
チームで挑まなきゃならない討伐なのに。
連携とは程遠い雰囲気だ。




